アーチェ・アンティマスクと一夏の終わり

 ■ 76 ■ さて完走した感想ですが(※注 まだ完走してません) Ⅰ




 一先ず説教チェインから解放されたため、


「ようやく敵がいなくなったわけだし、今日は難しいこと考えるのは止めにしましょう」


 そう宣言して一同を解散、自室にアンティマスク家のみが残った状態でメイに目配せして遮音する。

 その上で、


「ケイル、風の結界をお願い」

「メイ姉さんが遮音してるのに俺もか? 厳重だな」


 その外側にケイル風操作による遮音を重ねて、ダートと向かい合う。


「これは単なる興味本位の答え合わせだから、答えたくなければ無視していいわ。ルナさん、かつてワルトラント獣王国を統一した狂獣王フィアの血縁なのね」


 そうダートに問いかけると、流石にダート以外の全員がギョッと目を剥いて私たちを見やる。

 そんな三人に目もくれず私だけを見つめていたダートはしばしの葛藤の後、カマ掛けではなく私が既に確信していることを見抜いたのだろう。


「そうだと両親は書き残していた。命に代えても守れ、とな」


 そう真面目な顔で答えてくれた。

 だと思ったよ。【魂の世界ヴェルト・デア・ゼーレ】、設計思想はさておき魔術としての性能は大陸最高クラスの奇跡だし。


「それを知ってどうする?」

「どうするかはそっちがどうしたいか、によるわよ。例えば貴方が彼女を王にしてアルヴィオス王国を併呑しワルトラントの国土を倍に、とか企んでるなら私たちは王国貴族としてそれを阻止しなきゃならないし」


 自分で言ってて馬鹿げた質問だなぁ、と失笑してしまうと、ダートも可笑しそうに微笑を零す。


「お前、ルナに王がやれると思うか?」

「思わない。じゃあ貴方の望みはルナさんが一市井として幸福な一生を終える、ってことでいいのね」

「ああ。最近の俺はあいつが王国貴族になりたいとか言いだしませんように、って心底本気で祈ってるよ」


 「ルナはお前に懐いているからな」と若干、いやダートとしては割と真剣にそれだけが不安らしい。

 まあアルヴィオス王国貴族は獣人を嫁どころか妾にすら取らないし養子にもしないからね。ルナさんがどれだけ望んでもそれはちょっと叶えてあげられないわ。


「ルナには獣人に必須の覇気と、何より器が決定的に欠けている。だが狂獣王の血族というだけでルナに妙な期待――だけならいいが次の狂獣王の母にしようとする奴が出てくるだろう。お前たちがもしルナについて他人に喋った場合――」

「心配しなくても他人に告げるつもりは更々無いわ。ただ拷問とかされたらちょっと自信ないけど」

「……まあ、ルナの正体を吐かせるためにお前を拷問するようなやつはいないだろうよ」


 まあ、どういう流れでルナさんの正体を知るために私を拷問にかけるのかって話よね。

 可能性として皆無ではないけど事実上起こりえない杞憂の話をしても仕方が無い無い。


「で、そっちでこの事実を知っているのは?」

「誰もいない」

「嘘吐けや」

「お嬢様、お口が悪いです」


 いかん、思わず前世のノリが出てきてしまったが、ダートが出鱈目ぶっこいてるのが悪い。

 真面目にそう信じてるんなら貴様の脳天お花畑だ、と睨み付けると、ダートは僅かに肩をすくめるのみで私の視線を受け流す。


「獣人は器で相手を見るからな。ルナの器を図った奴がそこから狂獣王に繋げることそれ自体があり得ない思考なんだよ」

「いや、いくらなんでもそれは――あー、根本的に考え方自体が違うのね、私たち人間と」


 そっか、人種と民族が違えば主軸となる考え方も全く異なるんだ。

 だからダートの周りの連中は器が大きくないっぽいルナさんのことを「ダートの義妹」としか見做さないのね。

 私たちには到底信じられないけどそういう考え方をするのが獣人であり、逆にルナさんの獣形態を見た人間の方こそが連想する危険がある、ってことか。


「そうだ。だから俺としてはお前たちを警戒しているが――そっちの反応を見るに、ルナが狂獣王の血縁って気がついたのはお前だけなんだな」

「あー、そういやワルトラント獣王国の建国記、読んだの私だけかも」


 リタさんから買ったワルトラント建国記、話としては面白かったけどお姉様の后教育に役立つかと言われればうーんだったしね。

 それにティーチ先生の授業でも建国の雄たる狂獣王フィアについては名前と業績だけしか触れられなかったし。

 ティーチ先生が知らない、ってことはこれ知ってる王国貴族、余程の本好きぐらいのものってことだろう。


 だってワルトラント建国記、アルヴィオス王国の言葉で書かれてなかったし。

 狂獣王フィアの見た目は金髪金毛の狼系美人で、一人で戦場を駆け抜け数千数万の兵を叩き潰したっていう、あの今では納得しかない話。

 あれウチの陣営で知ってるの要するに私しかいなかったってことよ。


 そもそも隣国の建国者の顔なんて、前世ほど情報がワールドワイドで飛び交ってた世界ですら知らない人が大半だろうし。

 それをこんな、情報の伝わる速さが口伝なんて世界で知ってる人なんて殆どいないって話さ。


「で、ルナは今後どうするんだ?」

「シアがビビってて話にならなかったらルジェの侍従待遇に戻って貰うけど、シアが受け入れるならそのままね……今回みたいな事、そうそう起こらないのよね?」

「ああ。実際王都の中で暮らしてても一回も獣化しなかっただろ?」


 ダート曰く、月が半分以上出ている夜に余程情動的な切っ掛けがないと獣化することはないのだそうだ。

 要するに毎日が幸せだと獣化する引金そのものが存在し得ないということね。

 クライバーも馬鹿なことをしたもんだわ、眠れる獅子を起こすとはまさにこのことだね。


 あ、そういやクライバーの死体、一応回収して埋めてやらないとだね。

 一応お父様に踊らされたっぽい被害者でもあるし、何より死んじまったらソレはもう仏様だ。わざわざ死体に石を投げて恨む理由もあるまいよ。


「じゃ、ま。ルナさんのことはどうあれこれまで通りの生活を続けていくって事で」

「それで済んでありがたい話だが……青い血に拘る王国貴族にしちゃ淡泊な反応だな」


 おっとそうだ。貴族の血は代替可能でも王家の血は貴いものと考えるのが普通の王国貴族だからね。


 前世の記憶のせいで王家に対する敬意が私、殆ど無いからなぁ。モブBにもしょっちゅう不敬を指摘されてるし。

 ダートからの忠告だと思ってこれは気をつけておかないとだね。剣呑剣呑。




 今日の残りの時間はクライバーと奴が放った魔獣のせいで亡くなったフェリトリー家の騎士団員及び使用人の埋葬に費やされる。

 全体的に寒冷な国家とは言えフェリトリー領は南部、夏の今は昼間だとそこそこ温度も上がるしね、死体は速めに処理しないと疫病の原因になってしまう。

 もっともそういう作業は下々の連中がやることだから、私たち王国貴族は精々弔文をしたためるのが精々さ。


 そんなわけで、


「頭脳労働は今日はやらないんじゃなかったんですかぁ……」

「なら貴方一人で弔文書きなさい。私は部屋に帰るから」

「お願いします教えて下さいアーチェ様、この通り!」


 プレシアに貴族令嬢に相応しい騎士団員への労い&追悼の弔文指導を行なって本日のお仕事は終了である。久々に悩むことが少ない平和な一日だったよ。

 ようやく夏休みっぽくなってきたわね。プレシアが宿題に追われる小学生みたいだってのも含めてね。


 なおルナさんが所用で離れた際にダートから聞いた獣化理由の部分のみを説明し、今後どうするかを尋ねてみたところ、


「こう、その、下世話な話ではあるんですが、お世話してもらえる生活があまりに快適で……」


 ぶっちゃけ楽なので手放したくない、という回答が出てくる辺り、この芋娘の楽な方楽な方へと逃げていく性格は筋金入りだなと納得してしまったよ。

 そしてルナさんはルナさんであの子、基本的に尽くすタイプなのよねぇ。ルナさん(の器)を見て王器が連想できないのもある意味当然なのかもしれないね。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る