■ 60 ■ フェリトリー家の内情・後編 Ⅱ
「前男爵は、なぜ身罷られたのですか?」
「一家そろって狩りに出たら護衛ごと魔獣の餌だ。全く、次兄ぐらいは留守番させておけば良かったものを全滅とは間抜けにも程がある」
うーん、この人単純に戦術的欠点を馬鹿にしてるだけで、家族の情とかはなさそうね。それぐらい冷遇されていたのか。
「母方の親族には頼れなかったのですか?」
思わずそう尋ねてしまうと、フェリトリー男爵が力なく首を左右に振った。
「私は庶子なのだよ、アンティマスク伯爵令嬢。母は平民だ、義母の親族が私を支える理由など何処にもない」
庶子かよ……つ、詰んでる。
どうしようもない程に詰んでるわこの人。
庶子だから家を継げないように教育を制限されていて、だから恐らく騎士になるべく学園で単位を取得していったのだろう。
その後騎士団入りしたかしないかぐらいで多分フェリトリー男爵とその跡継ぎが根こそぎいなくなって、そこからの領主生活に後ろ盾なしとか。
フェリトリー男爵に初めてアイズが哀れむような視線を向けた。
元が庶民であるアイズには他人事には見えなかったのだろう。
アイズが今立派に惣領息子をやれているのはお父様がアイズに教師をつけた上で、さらに後ろ盾としてお父様が領主として君臨しているからだ。
それらの過程を全部すっ飛ばしていきなり領主をやれと言われた例が目の前にいるフェリトリー男爵なのだ。
プレシアの扱いがあまりに酷い、馬鹿なんじゃないかと思ってたら、本当に知識の無い人が背後に控えていたとか。シャレにならないわ。
「この通り恥を忍んでお頼み申し上げる。私とプレシアはどうすればフェリトリー男爵領の未来を切り開いてゆけるのか、どうかご教授願えないだろうか」
男爵にそう頭を下げられて、思わずアイズと顔を見合わせてしまう。
ぶっちゃけ私がフェリトリー男爵の力になってやることのメリットはない。
が、それはそれとしてこの人があまりに哀れな人生を送っているのは事実だ。
「フェリトリー領は田舎領地だ。税収は少なく新たな入植者は期待できず、成長どころか現状維持さえ危うい。最早プレシアの聖属性に頼るより他にはないのだ。御身の慈悲をわずかでもいい、私にも与えてはくれないだろうか」
知識はない、後ろ盾はない、配下は横領してる。金の卵を産む雌鶏を運良く手に入れたはいいものの、初期費用払っただけでいっぱいいっぱい。
結果、運用費が残ってないせいで餌も貰えない雌鶏からはそっぽ向かれているっぽい始末。
なにこの手詰まり感。完全に八方塞がりじゃない。
「……フェリトリー男爵、頭をお上げ下さい」
だけど、請われたからとて私もホイホイ男爵の味方になってやることはできない。
可哀相だけど、この領地内においてはプレシアの安寧が私にとっては第一なのだ。そのプレシアがもしフェリトリー男爵を恨んでいるなら、問答無用で私はプレシアの味方をする。
小さな自分の領地一つ治められない領主の信頼と聖女の信頼なら、どう考えたって後者の方が価値があるからだ。
魔王との決戦を前提としている私にとって、どっちを優先するかなんて言うまでもない。
「フェリトリー男爵、
一度目の勧めでは決して姿勢を楽にしない。それは最大限の敬意の証でもある。貴族としての作法を全く知らないというわけではないみたいね。
私みたいな小娘にそれをやれる、という時点でこの人は多分、性根は立派な人ではあるのだろうけど……
「その前に質問をさせて下さい。先の春に男爵はプレシア様に何一つ慈悲を与えず貴族街へ放置しました。この意図は那辺にあられるのでしょう」
あのプレシアぼっち放置がある限り、私は無条件でこの人の味方にはなり得ない。
「その、何かおかしかったと?」
「私からすればおかしさしかないのですが、男爵にとっては違うのでしょうか」
あれはどう考えたって只の虐めだ。家庭内暴力だ。それを正当化するならやはり男爵はまともな人間ではない。
そう思ったのだが、
「あれは騎士団における伝統的な矯正方法で――立場を弁えず己の要求のみを喧伝し、全く命令を聞かない新人に己の実力と立場を理解させるのに効果的なのだが……」
失敗を指摘された生徒のように段々声をすぼめる男爵には、どうやら無知故の羞恥はあっても悪意や嘘を語る様子はなさそうで、
「あー……」
「騎士の新人教育ですか……」
思わず呻き声と共にアイズと姉弟揃って額を抑えてしまった。
要するにあれね、「私を誰だと思っているのだ! ○○家の××なんだぞ!」みたいにふんぞり返ってる御曹司とかの鼻っぱしをへし折って矯正するあれなのね。
それをそのまま庶民から貴族にされて先行き不安で情緒不安定になってる娘の教育に流用したのね。あたまがいたい。
「まず最初に男爵に申し上げたいことは、心身ともに成長した成人男性と同じ扱いを新入生の女子、しかも心を鎧う強さが全くない庶民にやると十中八九折れます。使い物にならなくなります。絶対にやってはいけません」
「う……まずかったのだな」
令嬢である私がその思考に思い至れなかったのと同じ、いや真逆でフェリトリー男爵にはそれ以外の教育方法を知らなかったのだろう。
責めたいけど、責められなくなっちゃったなあ。
知るべきを知ろうともしないことは罪だけど、この人はちゃんと分からないことを知ろうとしている。
これまでの環境がこの人に知ることを許さなかっただけで、分かる範囲でこの人は最善を尽くそうとはしているんだ。
「教育の基本は飴と鞭です。厳しくすべき点は厳しく、しかし成功したら褒める。褒美なくして人は動きません。褒めてあげて下さい。無論、物質的充足を含めてです」
「褒める……とは、その、どうやって?」
「どうやって、って褒め方くらい……あ……」
そうか、この人予備ですらない庶子の三男だったんだっけ。要するにフェリトリー男爵、令息だった時に親から褒められたことが一度もないんだ。
だから褒め方が全く分からない。騎士団で体験した鬼軍曹的威圧からの命令で技術を身体に叩き込んでいくやり方しか知らないのか。
「……男爵閣下は苦労されておいでなのですね」
「……ありがとう、アンティマスク伯爵令嬢。そう言って貰えるだけでも救われる気分だ」
しかし――フェリトリー男爵がもし褒め方が本当に分からないというなら、恐らく侍従シーバーはまだ男爵を完璧に籠絡できていないに違いない。
もし籠絡が終わってるならどう褒めればいいかはわかってる筈だもんね。
……いや、褒め言葉を当然のことを言われてるだけと考えてるだけ、って可能性もあるわな。油断は禁物だ。
「男爵閣下がプレシア様とうまく付き合っていきたいこと、知識を渇望していることは承知しました。ですが男爵閣下はまず足元を固めるのが最優先と愚考する次第です」
「足元、と言うと?」
アイズと顔を見合わせ、背後に視線を流し、アイコンタクトで了承を得る。
「領主としての揺るがぬ地盤固め、ということにございます」
アイズとケイルが検算してくれた結果という最大の武器を、ならばここで切るとしよう。詳細はボカすけどね。
「軽く、ここまでの道程と村の規模からフェリトリー領の全体像を想像で計算しました。村数十五、六。領民数はおよそ九千と計算致しましたが如何でしょう」
ハッと顔を上げたフェリトリー男爵が尊敬の眼差しを向けてくるけど……
「アンティマスク伯爵令嬢の仰るとおりだ。真、麒麟児であらせられるのだな。概ね間違いはない、見事なものだ」
うん、敬意が痛い。だってこれジバンニが書き写した数字を諳んじてるだけだからね。最初から正解知ってるんだから。
ぶっちゃけ殆ど詐欺だよ。でも男爵の心を私に寄せるには効果的だから恥を忍んで使わせて貰おう。
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