■ 59 ■ フェリトリー家の内情・前編 Ⅰ




 さて、改めて行動開始である。

 プレシアを私たちの部屋へと呼び、最近音神の魔術が上達してきているメイに【沈黙】の魔術を念のため使って貰って悪巧みの始まりだ。

 ケイルの風の結界も防音効果は高いのだけど、検証の結果やはり本職である音神魔術の方が効果が上と分かったので音漏れ防止は最近メイの専門になりつつある。


「まずシアだけど、ベティーズ男爵に掛け合ってこの領地の税収を手に入れてきて頂戴」


 何はともあれ金の流れを掴むことが必要だ。

 この領地の人口と耕地面積、そして税収が如何程か、現在ベティーズ男爵の一人娘であるプレシアがそれを聞くことはさして問題ではないだろう。


「……もと庶民の私がいきなりそんなこと切り出すの、怪しまれません?」

「私が聞く方がもっとおかしいわ。いい? 頭を使うのよシア。夏期休暇の宿題になったとか、授業で習ったことのおさらいがしたいとか適当に尤もらしい理由をこさえるの」

「わー嘘八百だー」

「嘘も方便よ。多分見せて貰えても写字や持ち出しの禁止ぐらいは課されるでしょうから貴方が覚えてくるのよ、いいわね」


 うぇーと泣きそうな顔で退室するプレシアを送り出してはい、一晩が経過。

 翌日に再び私たちの部屋にやってきたプレシアはこれから怒られる子供みたいな顔になってしまっている……別に怒ったりしないわよ。


「侍従が口を挟んできて見せて貰えませんでした。養子にしたとはいえまだ半年、領内の政治に関わるのは早いって」

「なるほど、まあそんなこったろうと思ったわ」


 プレシアにチラッと視線を向けておざなりな返事をしながらも、私の目は再び書類の束へと釘付けである。

 うーん、なかなかの量があるわね。全部目を通すだけでも一日はかかりそうなのに、どうやってこれだけ書き写したんだ。


「あの、アーチェ様、さっきから何見てるんです?」

「ん? フェリトリー領におけるここ数年の人口と耕地面積、そして税収の推移」

「…………はい?」


 プレシアがアホ顔になってしまうけど、まあプレシアには説明してなかったからね。

 最初からプレシアには期待していない。と言うかどう頑張っても正攻法では無理だろうと諦めている。

 だからプレシアにやって貰ったのは、男爵とその侍従にプレシアがそれを知りたがっていると知って貰うことだ。


「……最初からアーチェ様、その情報持ってたんですか? 学園の教師たち周りから手に入れたんですか?」


 ああ、確かに私は先生方に気に入られて研究室に入り浸っていたけど、先生方とて各領の情報までは持ってはいない。

 いや、仮に持っていたとしても生徒にそれを公表する程秘密情報の管理が甘いわけではない。


「いいえ、ここに来てから手に入れたものよ」


 各地の税収や人口、耕地面積の正確な値を知りうるのは領主とそのお抱え、そして王家と王家の配下である財務官ぐらいだろう。

 前世と違ってこの世界は領主の権限は王家に保障されていて、領内の情報のどこまでを公開するかは領主の判断に委ねられている。


 要するに、王立貴族大学院の学生といえど、前世みたいに各地の詳細な情報を教えて貰えるわけではないのだ。

 故に私が先生たち経由でそう言った情報を入手するのは不可能ではないけどかなり難しい。


 だったら、現地で回収したほうがよっぽど楽だからね。

 そんなわけでプレシアを利用して彼らの危機感を煽るのが第一段階。

 この段階を踏まえることで、彼らのうち、後ろめたい一物を腹に抱えている方は不安に駆られて確認を行なうだろう。


「ならばその後を付ければどこにそれが保存されているかは分かるでしょ? 場所が分かれば探す手間が省けるし、ならば後は書き写すだけよ」


 なお、当然貴族令嬢である私には追跡、侵入及び隠密行動なんて技術はない。

 そんな技術を持っているのは、


「……だからスラムの住人を人足として連れてきたんですか」

「そういうこと、ダート配下のジバンニが一晩で書き写してくれたわ」


 元々そういうのが得意な人を一人入れてくれってダートには伝えてあるからね。

 これまで大して警戒してこなかった辺境男爵領のセキュリティぐらい、王都の闇で動いていた連中なら簡単にかいくぐれる。


 平たく言えばプレシアには撒き餌をやって貰ったってわけさ。ダートが私とルナさんを餌に反乱分子をつり上げた例の応用だよ。


「それって犯罪です、よね?」

「蛇の道は蛇、バレれば犯罪隠し通せば計略よ」

「……オキゾクサマ、汚いなぁ」


 プレシアがうわぁって顔になってるけどルナさんは成程と納得している当り、流石は幼くて可愛くてもスラム育ちだよ。全く気にしてないもの。


「ザッとしか見てませんがこれ、ほぼ確実に中抜きされてると考えていいでしょう」


 ジバンニによる税収の写しをパラパラと見ていたアイズが呆れたように溜息を吐いた。

 詳細に数字を追うまでもなく、徴税官の息子だったアイズには一目瞭然であったようだった。


「早いわね、どうして分かるの?」

「税の種類が多くて、かつ軽減税率が導入されているからです」


 アイズがさくっと説明してくれるけど、いまいち私にはピンとこない。

 前世の記憶を持ち出してもなお、軽減税率が即座に中抜きに繋がるとは思えないのだけど。

 アイズ以外の誰もが理解していないことに気がついたのだろう、ある年の税収が記された紙を手に取って、アイズが説明を初めてくれた。


「まず税金の基本ですが、税率が単純明快であればある程不正が起きにくくなります。計算が容易だからですね」


 その基本が一割税よね。収入、及び収穫物の一割を税として納める。極めて分かりやすいから徴税官も納税側も誤魔化すのが大変だ。

 だって畑の広さが分かってればまともな人間なら頭の中で数字がはじき出せる算数のレベルだもの。これを誤魔化すには森の奥とかに隠し畑とかが必要になるけど――


「基本的に一割税で貧する民ってのはまずいませんから、リスクを背負って不正を働こうという思考自体が働きません。これがもっとも領地を安定させる良手になります」

「え、じゃあ何でそれやらないんですか?」


 きょとん、とした顔でプレシアが尋ねると、アイズがフッと浮かびかけた皮肉げな表情を消しさって、プレシアに優しげな視線を向ける。


「当然、一割税では税収が少ないからですね。領主の収入は税収ですから、誰だって可能な限り増やしたいでしょう」

「え? でも一割税がもっとも領地を安定させるんです――よね?」

「長期的にはそうですね。しかし実際には二割程度は取っても住民は生きていけますし。なら取らない理由がないでしょう?」


 当たり前だけど豊かな生活ってのは貴族のステータスだからね。取れるなら取ろうとするのは当たり前だ。

 誰だって農民が死なないレベルまでなら税取っていいよ、っていう立場になったら取れるだけ取ろうとする。当然だよなぁ。

 ただ主穀物である小麦を領主が取り過ぎて住民が餓死しても困るため、王命により二割以上の小麦を税として徴収するのは禁じられている。王権によるセーフティだね。


「と、いうわけで領主は小麦以外の副作物にも税を課すわけです。少しでもお金を懐に入れたいですからね」


 そんなわけで少しずつ税は種類が増えて複雑になっていく。

 塩税、酒税、砂糖税、家畜税、綿花税、食肉税、ジャガイモ税、馬車税、たばこ税、暖炉税、遊戯用カード税。

 狂った例ではガラス税、窓税なんてのもあるそうだ。


「窓税ってなに? 私も初めて聞いたわ」

「僕も産みの父から冗談めかして聞いただけで現代では流石に絶えたそうですが、窓は隠せないので昔は格好の徴税材料だったそうです」


 外から数えて窓が幾つあれば幾ら、という形で税を取るのだそうで、あまりに馬鹿げてると思ったら、


「窓を板で打ち付けて塞いでしまう人が多発した結果、湿っぽく澱んだ空気で病気が蔓延。人口低下から更なる税収減を招いて窓税は歴史から消えたそうです」

「私ですらバカだと思うようなことやる貴族がいたんですねぇ」

「あ、アホくさ過ぎるわ……」


 プレシアのみならず思わず私も唸っちまったよ。そりゃそうなるっての。前世のコロナ禍でも換気の大切さは語られてたしね。

 それを動物油を燃やして灯りを付けるようなこの世界で窓を全部潰すとか、健康状態が悪化するに決まってる。日光浴びなければビタミンDだって作れないし。

 とはいえ、人は取れるものになら何でも税をかけるという好例だね、窓税。




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