■ 58 ■ 晩餐会 Ⅲ
さておき、男爵閣下はもう私がプレシアを籠絡していると思っているみたいだし、先ずはその誤解は解いておこうか。
「それにこう申し上げるのも何ですが、私は男爵閣下が想像する程にはプレシア様に好かれてはおりません。むしろ疎まれていると言っても過言ではないでしょう。故に男爵閣下におかれましては今一度御息女への接し方をご一考頂ければと思う所存にございます」
そう告げると、対面にある全員が例外なくギョッとしたように私に視線を向けてきた。私の正気を計りかねているのだろうね。
気持ちは分かる。だけど私にとってプレシアはあくまで国と民を守る気概を持ってくれればいいのであって、私の手駒になって欲しいわけじゃない。
「家族が余人の隙入る余地もなくお互いを敬し、慈しみ、支えとなるならば卑賤私のような利巧者が身銭を忍ばせようと割って入るのも難しい、と愚考する次第です」
プレシアが男爵閣下に大切に扱われ、幸福に充たされ。そして世界を愛し、剣の勇者を選定して魔王に挑んでくれるというならばそれはそれで構わない。
私はプレシアに好かれたいわけではない。ただプレシアに生きることの幸せを実感して貰い、その上でこの国の存続を願って欲しいだけなのだから。
「アンティマスク伯爵令嬢は――娘を派閥に取り込むために接近したのではないのですか」
フェリトリー男爵の問いは、あまりにも直接的すぎて貴族のそれとしてはあまりに未熟だったけど、真摯であったから私もまた真摯で以てそれに応えよう。
「正直なところ、希少な聖属性持ちは王位継承争いには巻き込みたくなかったと、今でもそう思っております」
次の王がヴィンセントだろうとルイセントだろうと正直私には関係ない。
本当に最悪の場合、国が滅びようと推しが生きられるならば私としてはそれを許容する。
「それでもなお私がプレシア様を抱き込んだのは、プレシア様がお一人では学園生を続けるのが難しいと判断したからです」
プレシアは聖属性を隠せば只の貧民。踏みつぶされて終わり。
聖属性を披露すれば私のようなハゲタカが寄ってたかって甘い汁を吸おうとする。
であればプレシアを操り人形にする気がなく、きちんと教育を受けさせ自立と自尊を促そうとする私がプレシアの後ろ盾になるほうがまだマシな筈だ。
……行き着く先が対魔王戦という修羅場であることを除けば、だけど。
それでも魔族に手も足もでず蹂躙されて滅ぼされるよりはずっとマシだろうさ。
アルヴィオス王国の存続はその次、お父様を救国の英雄にしないのが第三位。
推しが生き延び、かつ推しと大多数の人が幸せに生きられる環境が整うならその結果として私の未来なんてどうでもいいのだ。
「それが、アンティマスク伯爵令嬢が我が娘に近づいた理由だと?」
「無論、私の愛しい人々が怪我や病に倒れた場合に優先的に力を借りられれば、程度の欲は私にもございますよ」
私に向けられる愛など最初から求めてはいない。平穏も安寧も私が破滅しない未来も要らない。
私は前世を精一杯に生きた。拙いながらも全力で生きて死んだ。
そりゃあ未練も後悔も沢山あるよ。
だけど、私の前世は今世のための踏台じゃない。今世の為の経験値貯金じゃない。
「私からプレシア様に多くを望むつもりはありません。なにせ私は学園一年生、十三年しか生きていない私の意見がはたして如何程フェリトリー様方の助けになり得るでしょう。私が申し上げました女性からの視点に男爵閣下がもし見るべき点有り、と判断下さったとしても、まずはこれまで御身の支えであった家臣や侍従の方々とよくご検討頂ければ、と存じます」
そしてまた今世は前世の無念を晴らす為の復讐の場ではない。
記憶が連続しているからその面があるのは否めないけど、前世の私の欲望で今世の人々を玩具にしていいってものでもなかろう。
「レティセント侯爵令息の仰る通り、アンティマスク伯爵令嬢は広大無辺な慈悲の心をお持ちなのですな」
からかう、というより何を信じればよいか分からず狐に摘ままれたような顔で男爵が呟くけど、私としては苦笑せざるを得ない。
「というより、そうならざるを得ないのですよ」
「何故?」
「平和な統治の基本は『侮られず、しかし無駄に敵を作らない』ことではありませんか。武力を持たない小娘にできることはこれだけだからです」
私だってチート無双できるならこんな面倒くさい会話なんてしてないさ。
他に打つ手がない私にできるのがこれだけなんだからそれをする。ハッハー、悲しいね。手札が少ないってのはさ。
その後は男爵が多分思考に忙しくなってしまったせいかめぼしい会話もなく、デザートの野苺タルト(砂糖未使用、果実の甘さ頼りで少々すっぱい)を最後に晩餐会は閉会となった。
結局相手の望みは分からなかったけど、いいからプレシアの立場補強せいや、って反論しにくい基本を積み重ねられたらからそこまで悪くはなかっただろうよ。
なお、この日のオチだけど、
「お願いしますどうか捨てないで下さい! この通りです!!」
晩餐会後、私たちの部屋を一人訪ねてきたプレシアが後ろ手に扉を閉めるなりそれは見事な土下座を披露してくれた。
どうやらフェリトリー男爵との談話で私がプレシアに好かれているどころか疎まれている、と指摘したことでこれまでの行いを振り返り、内心ですっかり青くなっていたらしい。
「アーチェ様に見捨てられたら私この先絶対に生きていけません! それだけは自信あるんです!」
「持つならもっとマシな自信を持って欲しかったわ……」
まあ、こいつ私のすることなすこと全てから逃げようとしてたもんね。
私が聖女に愛想を尽かすことはまずないけど、こいつ自身はまだ自分がいずれ聖女になるとは知らないからなぁ。
「心配しなくとも一度拾ったからには最後まで面倒見るから、ほら、立ちなさいな」
「ほ、本当ですか!? 約束ですよ!」
ガバッとプレシアが伏せた顔を上げて笑顔を花開かせる裏で「犬や猫じゃないんだから……」ってアイズが呟いたのは幸いプレシアには聞こえなかったらしい。
「そ、それでは今後は私のこともシアとお呼び下さい! 是非、何卒!」
なお後から来たフロックス男爵令嬢アレジアが
私としてはアリーの参入はプレシアに同格の友人ができて良かったな、って感じだったのだが。
プレシアからすればアリーが拾われた結果自分は捨てられるのかと漠然とした不安を抱いていたそうだ。
……避雷針集めたの私じゃなくてあんたじゃん。何その無茶苦茶な理屈は。筋が通ってないじゃないのよ。
まあなんにせよ今後はプレシアの抵抗も――うん、分かってるわ。どうせ変わんないわよねこいつの態度。
でもまあ本気で拒絶されているんじゃないことが分かっただけ少しはマシでしょ。そう思うしかないわよ。
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