■ 58 ■ 晩餐会 Ⅰ
さて、何にせよ生活の安定である。
プレシアが評したように貴族の小旅行は半ば引越しにも等しいため、到着当日、並びに翌日は生活環境を整えることが第一優先となる。
借り受けた客間を私たちが生活しやすいよう動くのはメイとケイル、そして雇ったダートたちで私とアイズはすることないんだけどね。
ただ部屋にいてもただのお邪魔虫だったりするのでプレシアに案内して貰って、同じく暇なフレインを伴いフェリトリー家夏の館の中を見回ったりする。
「まあ、フェリトリーになってすぐ冬の館へ移動したので私もよく知らないんですけどね」
要するにほぼプレシアも含めてほぼ初めての館内探検隊になってるんだけどね。
フェリトリー家夏の館は丘の上にある石造りの伝統的な二階建て建築だ。ただ建造から年数が経過しているせいか――いや。
補修のためのお金がないからと言うべきかね。所々の石細工は風化したまま放置されていて、どこかしら寂しい印象を受けるのは気のせいじゃないだろう。
「景観の維持も易くはございませんしね」
ふっ、とフレインがどこか悲しげな笑みを浮かべて前庭中央にある、本来の姿を失いつつある天使の石像を見やる。
この文化レベルであれば公害としての酸性雨はまだないだろうけど、この世界の雨の
私たちが今いるフェリトリー家の前庭だけど、今は庭師を常駐させておらず必要な時だけ下町から呼ぶ形になっているそうで必要最低限以下の手入れしかされていない。
そのせいで雑草の背も高く見晴らしは悪い。まあ流石に人が潜んでたら揺れるから盗み聞きはされてないと思うけど。
「ルナさん、ここの館の人たちから優しくして貰えてる?」
周囲に人が居ないと分かれば、小声でこういったかなり際どい話もできるからね。
「私は、その、あまり歓迎されていないようです」
私を見、プレシアを見、そして念のため周囲を見回したルナさんの表情はあまり明るいものとは言えず、ふむ。
ぱっと見でルナさんを獣人だと判別できる要素はない。であれば阻害される要因としては、
「幼くして自分たちより優雅に振る舞う少女への妬み嫉みか、はたまたプレシアに侍従がいること自体が好ましくない。プレシア、どっちだと思う?」
当初いなかった侍従を連れている件について男爵に尋ねられた場合は、令嬢としての振る舞いを学ぶ一環として上位令嬢(つまり私だ)から付けるよう言われた、とプレシアは説明した筈だが。
「後者ですよどうせ。使用人の一人も残されなかった私が借金までして侍従を雇っているのを当て付けと見たか、もしくは純粋に贅沢と思ってたりするんじゃないですか」
プレシアが素っ気なく言い捨てるけど、そっか。無駄遣いって観点はなかったわ。自分の金じゃないとアンテナの感度が下がるものなのね。
聖属性医師免許を取ればあっさり返せる程度の借金とはいえ、私が金銭でプレシアの首根っこを掴んでるのは事実だし。
……あー、
「プレシアの借金を増やすために私がわざと侍従を付けたって、そういう観点もあるわけか」
優良アーチェ銀行は利子0%なのだけど、普通は金貸したら利子を取るもんね。
「邪推ならいくらでもできますからね。姉さんにプレシア様を奪われる、と焦っている可能性もあるかと」
だったら最初っからプレシアの生活環境を整えろよ、と言いたかったけど無い袖はどうやっても振りようもないか。
向こうからすりゃなけなしの大枚を叩いて(庶民を養子にするには王家にお布施がいるからね)手に入れた聖属性を、伯爵家が財力で横から奪おうとしているように見えるわけだね。
まあ、実際その一面があることは否めないけどさ、初期費用しか見てなくて
何にせよ、現時点では私はフェリトリー男爵からすれば仮想敵ってわけだ。
実際にほら、館の入口がそっと押し開かれて。
私に向かって真っ直ぐ歩いてきた壮年の、黒髪に白髪が交じった頭髪を油で後ろに寝かせた男性が、
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません、私フェリトリー男爵ベティーズ様の侍従を務めるシーバーと申します。我が主よりアーチェ・アンティマスク様への文をお届けに上がりました」
恭しく頭を下げて、両手で文を差し出してくる。
フレインじゃなくて私に手渡してくる、ということは一度既にプレシアと話をしてこちらの事情と正しいマナーを諭されたってことか。
メイが部屋を整えていて不在の現状、これは私が直接受け取るしかあるまいよ。封筒に毒を塗ったり剃刀入ってたりはまぁ、流石にないとは思うけど。
「拝見致します」
受け取って、封蝋を千切り折り畳まれた便箋を取り出し、内容を一瞥する。
つらつらと文面を追っていくに、謁見の間での手違いに対する謝罪と、晩餐会のお誘いだね。一日置いた明日の夜に、私たちを夕食に招待したい旨の記載だ。
貴族的な言い回しが殆どないから裏の意味はないだろうし、だから額面通りに受け取ればいいだろう。
「今日中に文を認めてお届け致しますわ」
「この場でご回答を頂ければ私が主へと
「正式に文を頂いておきながら口頭での返答では礼儀に悖りましょう」
侍従シーバーが納得したように恭しく一礼して踵を返し、屋敷の中へと消えていく。
特に搦め手はなし、普通に夕食を共にして腹の探り合いか。初手から奇を衒うつもりはない、と。
「晩餐会だそうよ? 私はお招きに預かるつもりだけどアイズとフレインはどうする?」
「「勿論」」
同時に同じ言葉を発したフレインとアイズが一度お互いを見やって、
「姉さん一人を敵地に送れませんし」「お供致します、我が主よ」
タイミングをずらして言い直すの、仲いいわねこの二人。もう既に目だけで会話できてるみたいだし。
さてさて、肝心の晩餐会はどうなるかな? 前世で流行だったドアマットヒロイン的扱いを受ければその時点で私の勝利確定になるわけだけど……まあ、さすがにそれはないか。
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