■ 56 ■ 最初の夏休み Ⅱ




「アルバート・ストラグル、キール・クランツ、レン・ブランド三名、本日より要請に従いアンティマスク伯爵令息御一行の護衛任務に就きます」


 お前らかよ! と内心でツッコミ入れながらアイズとアルバートのやり取りを背後で見守っている。

 三人目は初顔かと思ったけど、よく見たらあの時アルバートに止められていた青アザ野郎で、向こうもこっちに気がついたみたいだ。

 露骨に目を剥いた後にあからさまな動揺が見て取れて、おかわいそうにも許されるなら今すぐ土下座したい位に怯えてしまっている。

 別に恨んでないから気にしなくていいんだけど。


 アルバートたちがアイズと移動中の隊列について話している中で、


「それでは皆さん、よろしくお願いしますね」

「はい。高貴な方々を襲わず、盗まず、騙さず、弛まず働くことを誓います」

「ます!」


 短期の人足として雇ったことにしているダートからサイン済みの雇用証明書を受け取り、確認して冬の館に残る使用人へと預ける。

 ダート以下獣人六名の役目は人足及び滞在中における私たちの馬の世話、及び借り受けた部屋の留守番役など、使用人として働くことまで含まれる。


 故にどこの馬の骨とも分からぬ連中を雇うのには、お父様のみならず私たちにも忠実なアンティマスク家使用人たちが難色を示したものの「安価な中でギリギリ信用できるラインを狙った」という建前でごり押しした。


 実際、淑女嫌いのお父様にはケチな部分もあるからね。その娘である私がそう主張すれば使用人たちも反対は出来まい。

 お父様はさておき、本心から私たちの安全を心配してくれている使用人たちには心労をかけて申し訳ないけどね。そこは許して頂きたい。


 ダートとナンスには荷馬車の管理を任せ、アイズの方も隊列の調整が終わったようで、


「んじゃ、行きますか」

「うう、不安だ、生きて帰りたいよぅ……」


 愚図るプレシアのケツを叩いて、いざ出発進行。

 目指すは馬車で四日程度、ワルトラント獣王国との国境であるリオロンゴ河に面するフェリトリー男爵領だ。




 貴族街を抜け、多種多様な声音が飛び交う東大通りを抜け、東門を抜けるとその先に広がるのは緑に満ち満ちたアルヴィオスの夏の野である。

 もっとも山地が多めのアルヴィオス王国のため、視界が無限に広がっているわけではないのだけど。


 前世の日本だってあれ、見渡す限り山が見当たらないのって精々が関東平野ぐらいで、他の土地はどこかしらに山が見える、ってのが普通だって話だったし。

 純粋コンクリートジャングルで大人になった私である。パワハラで折れた後の休職中に弟のすすめで写ル○です持って慰安旅行に出るまで、そんなことは全く知らなかったけど。


「気持ちのいい季節ね。アルヴィオスはごく短期間しか快適な季節がないのが残念だわ」

「一年の半分は雪に埋もれてますからね」


 轡を並べて隣を行くアイズもまた馬車ではない馬の旅は初めてとあって、少しだけ声音が軽いように聞こえる。


「んふふ、お父様の監視もないし、この旅の間はのびのびと羽を伸ばせそうだわ!」

「あまり気を抜かないで下さいね。父上の目はなくても他人の目はあるんですから」

「なに、令嬢がたが気安く在れるように尽すのが我らの役目でしょう、アイズ様」


 スッと馬を寄せてきて微笑むフレインに、僅かにアイズが反論しようとして、


「仰るとおりですね、フレイン様」


 結局追従したけど多分、「お前姉さんが本気でダレたとこ見たことないからだよ」ってアイズは言いたかったんだろうな。

 それが分かっちゃうのがちょっと悲しいわ。うん。今や私よりアイズの方がよっぽど伯爵家に相応しい立ち居振る舞いだもんなぁ。ま、気にしないことにするよ。


「どう? プレシア。旅立ってみればなんてこと無いでしょ?」

「う、馬の扱いに関しては、ですけどね」


 引きつった笑みを浮かべるプレシアに、その前に座るルナさんが怪訝そうに振り返るけど、あれか。

 プレシアとしては帰った後の惨劇を予想して全くくつろげないって感じかね。私としては他人事だから気安いけど、プレシアからすれば実家だからなぁ。


 むしろ私とプレシアは多分生まれる環境が逆だったら、お互い幸せに成れたような気がする。

 私は監視のいないバカ親の下でやりたい放題出来て、プレシアは恵まれた環境で普通にお嬢様になれてさ。ま、勝手な想像だけどね。




 アンティマスク領は東回りの要所だから、ウチから王都に向かう主要幹線は全て石畳が敷かれた舗装路である。が、そこから外れればどこの領地も道の手入れはおざなり。

 南へ向けて一日駒を進めてそろそろ野宿の場所を探そうか、なんて頃には人の行き来があるから草が生えてない部分が道、というような有様になる。


「道の手入れ、重要なんだけどなぁ」


 二、三回ほどダートとナンスが操る荷馬車が窪みに引っかかり、獣人たちが協力して車輪を窪みから押し出す、みたいなことがあって、初日からこれでは先が思いやられるよ。

 馬での移動一日目って、普通に王都近辺だぞ? その辺でこの整備状況って相当不味いんじゃないの?


「フェリトリー領はへんぴな片田舎ですから。そこへ続く道も人の往来なんてありませんし、行商人も殆ど来ないですし」

「ついでに言えば、王都の南はワルトラントからの侵略を想定しているのでしょう。であれば道が不便な方が好都合かと」


 フレインがそう補足してくれてなるほど一理ある、と納得した。

 いずれ侵略に使われるかもしれない道を懇切丁寧に手入れするなら、港と王都を繋ぐ主要幹線に金をつぎ込んだほうが効率的だ。


 ただその一方で、北国であるアルヴィオス王国は南の方が農作物が良く取れる。だから王都の南は大部分が王家の直轄地ともなっている。

 だけどワルトラントに面する国境沿いだけは別だ。その帯域は男爵家のような世襲の土地持ち貴族に割り振られている。


 要するに、いざという時の緩衝地帯バッファに下級貴族を住まわせているというわけだ。えげつない話だけど、仕方のない面もある。

 獣人の住まう土地はワルトラントの土地という主張を振りかざす獣王国相手では、無人の緩衝地帯バッファは奪われてしまうだけになるから。


 国境地帯だからって大貴族を宛がってしまえば、農作物がよく取れる南部だ。大貴族が更に力を付けちゃって、それは国としては望ましくないからね。世襲の中では最下位の数多の男爵家を国境沿いに並べてるってわけさ。えげつないね。

 リオロンゴ河っていう大河がなければ国境地帯はもっと悲惨なことになってたでしょうね。いやはや、大河様々だよ。


 リオロンゴ河の支流と思しきせせらぎで樽に水を補充して、川から僅かに距離を取ったところで一夜を明かすことにする。

 水を求めて川に来るのは人間だけではないから、水場の側で夜を明かすのは自殺行為だ。


 水場の横で寝泊まりできるのは余程腕の立つ、野生の気配に敏感な人たちぐらいのものだよ。

 火を焚いてれば寄ってこないのは動物までだ。魔獣はお構いなしに襲ってくるからね。


 夕食はプレシアがやりたがったのでプレシアとルナさんに調理を任せつつ、アイズとフレインが野生の猪を仕留めたのでそれも捌いて頂くことになった。

 なおこの場で野生動物の解体が初めてなのは私だけだったらしく、取り出される内臓やらを皆して「獲れたてお肉っ!」ってキラキラした目で見てるのちょっと疎外感強かった。

 いや、元々クソOLだから深窓の令嬢を気取るつもりはないけどさ、やっぱ動物の解体をガン見するのはちょっとノーサンキューだったよ。内臓グロい。


「アーチェ様、本当にお貴族様なんですね」

「姉さんは生粋の伯爵令嬢ですよ、プレシア様」


 アイズが呆れたように返してたけど悪いわね、中身は生粋じゃないんだわ。いずれにせよ、これから戦争が始まることを前提にしている私が内臓や血で騒ぐのはみっともあるまい。

 幸い私もめまいを起こして倒れる程のヤワではなかったようで、ならば後は慣れだろうよ。人はどんな環境にも時間を置けば慣れるように出来ているからね。




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