アーチェ・アンティマスクと一年生の夏

 ■ 56 ■ 最初の夏休み Ⅰ




 さてそんなわけで三日後の為に荷造りである。

 夏休みの過ごし方についてはお父様に手紙で連絡済み、許可も貰っている。

 ただし『問題は起こさないように』と釘は刺されているけど、それはフェリトリー男爵次第としか言いようが無いね。私の一存でどうにかなる話じゃないよ。


「まるで引越しでもするみたいですね……」


 館内を歩き回る使用人たちを目にしてプレシアがポツリと呟くが、まぁ似たようなものだ。


「食器に毒を塗ることも出来るからね。食料まで含めて、基本全ては持ち込みになるわ。水だけは現地調達になるけど」


 例えば接待で招かれた、とかなら自前で何もかも用意する必要はないが、今回の私たちは私的な旅行である。

 単純にプレシアのお友達と称してフェリトリー領に遊びに行くわけだから、フェリトリー男爵に負担をかけてはいけない。滞在中に必要なものは持ち込むのが通例だ。

 であれば、ほぼほぼ小規模の引越しと称しても大差ない荷物になる。


 それらを家の前に停めた荷馬車にガンガン積み込んでいけば、小さめな荷馬車では人の乗るスペースなど残されてはいない。

 そんなわけで私たちは全員乗騎で移動することになる。


「万が一を考えると姉さんには馬車で移動して欲しかったのですが」

「息が詰まるし未舗装路で車輪が跳ねるからいや」

「そういう問題じゃありません」


 まあ、荷馬車は幌だけど貴人用の馬車はちゃんと木製で、万が一襲撃があっても初撃ぐらいは防いでくれるからね。

 安全を考えればアイズの言う通り馬車の方がいいわけだけど、


「それにプレシアの乗馬練習も兼ねてるからね」

「やっぱり……」


 だいたい分かってた、みたいな顔でプレシアが項垂れる。

 なお使用人の一人も居ないフェリトリー家夏の館に当然馬など居るはずもなく、プレシアの馬はレンタルである。

 自前で馬や馬車のメンテナンスコストを捻出できない零細貴族も少なくないので、こういった馬や馬車のレンタルも王都では普通に商売として成立しているのだ。

 ちなみに私は入学に伴い愛馬シバルバーを連れてきているのでレンタルは不要だ。


「授業ではまだ歩かせる、走らせる、止めるしか習ってないんですけど……」

「それだけできれば今は十分でしょ。ガタガタ言わないの」


 レンタル料は私が立て替えるプレシアの借金なので、こいつは若干渋っているがそこは気にしない。

 ちゃんと聖属性薬剤師免許さえ取れればこんなのは端金になるんだけどね。プレシアの金銭感覚はまだ庶民のままだ。仕方ないね。

 なおプレシアが馬を二頭借りるのを渋ったのとルナさんは乗馬の経験が無いとのことで、ルナさんもプレシアの馬に相乗りすることになる。


「下手な手綱捌きでルナさんが落馬するようなことがあれば怖いお兄ちゃんが黙ってないわよ。気をつける事ね」

「ひぃ! ばんがります!」


 そうそう、最初からそう言えばいいのよ。いや、微妙に言い間違ってるけど。


「一応、護衛の騎士がつくから戦場馬術は考えなくていいわ。野良魔獣や野盗ぐらいなら返り討ちよ」


 主要幹線から外れた土地へ貴族家が赴く場合、何らかの理由で領属騎士を伴えないなら、お金を払って国家騎士団から団員を借り受けるのが通例となっている。

 プレシアにはフェリトリー領属騎士団が一人も付いてないから、国家騎士団の護衛を付けなきゃいけないわけだね。私? お父様が領属騎士団を貸してくれるわけないからプレシアと同じだよ。


 これは純粋な護衛であると同時に、何かしら目に見えた仕事をしないと長らく戦争をやってない国家騎士の存在意義が危ぶまれるといった悲しい理由もあったりする。

 いや、実際に野盗に落ちた難民や魔獣が出る可能性はあるんで、建前だけじゃないんだけどね。


「お嬢様、不肖私めにアイズ様、フレイン様にあの無法者と揃えば護衛など不要に思えますが」


 とは言え戦力だけで換算すれば十分に足りてるのに、どうして無駄金払っての護衛が必要なのかがケイルには不思議なようだ。

 実際、無駄遣いだしね。だけどこれにも理由がある。


「通例だから仕方ないわ。それに実際の戦闘能力より肩書きが優先されるのが貴族社会よ。令嬢令息は守られるのが仕事、侍従はその補佐、戦うのは騎士の役目。面子の問題って奴」


 幾らケイルが強いって言っても本来の役目は侍従だ。アイズは伯爵令息だ。

 それが出しゃばりすぎて正規軍人である国家騎士の面子を潰すのもよくない、と伝えると納得したようにケイルが頷いた。


「成程、了解いたしました。差し出口をお許し下さい」

「無論、最終防衛線として私が頼りにするのは依然として貴方たち二人よ。任せたわね、アイズ、ケイル」

「はい、姉さん」「お任せあれ、お嬢様」


 ま、そういった騎士団側の理由もあるので護衛費用もそこまで高額ではない。

 それでも土地持ちじゃない騎士爵にとっては貴重な収入源でもあるので、ここをケチる世襲貴族は徹底的に騎士団から嫌われることになる。


「それにしても騎士団に護衛されるとかお貴族様みたいですね!」

「……貴方もフェリトリー男爵令嬢っていう立派なお貴族様なんだけどね」


 それに私は仮にもそこそこ名門であるアンティマスク伯爵家の一員だからね。

 その私が騎士団に護衛の派遣を打診せず国内を移動すれば、噂は風に乗って社交界に広まってしまう。そういうのはノーサンキューだ。


 私たちの人数なら三~四人程度が相場らしいので、三人程貸して貰うように騎士団には依頼してある。出発当日には我が家の前に現れるだろう。

 なおこれは必要経費なので、最終的にはお父様に支払いをお願いできるのがありがたいね。私費はなるべく節約したいし。





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