■ 53 ■ 乙女の暗躍 Ⅲ
……うん。写真、むっちゃ流行った。
正直私がドン引きするレベルで流行った。
いやね? クルーシャル侯爵令息の写真がね、マージで格好良かったんだわ。
だから残る二人にも私は好きなポーズをどうぞ、とお勧めしたんだけど……ほら、女子に写真欲しいって言われるくらいだからさ、この二人もなかなかのイケメンなのよ。
で、其奴らがわざわざ一張羅を着て写真撮影するわけで――いやぁ、カメラマンが私みたいなへぼでも被写体が避ければいい写真になるわけでね?
自慢するわけだ。撮影に応じてくれた三人が。めっちゃ。
えれぇ格好よく撮れてる写真を手にね、そりゃあもうガンガンに自慢するわけだ。侯爵令息を筆頭とした連中がだぞ。
発端となったナビリティ子爵令嬢が顔を真っ赤にしながら自分が手に入れた写真をひた隠していても、その話は女子のクラスにも届く。
男子生徒の写真を欲しがったどこか女子生徒がアンティマスクに依頼して、既に写真を手に入れているはずだ、という話が届く。
今や女子たちは私を介せば憧れの男子の写真を手に入れられるのだと知ってしまったわけで――
そうするとどうなる? こうなるワケよ。
はい、凄い量の手紙がアンティマスク家冬の館に届くわ届くわ。
然して話題は雪だるま式に膨れあがり、もう私ですら歯止めがかけられない状況である。
「……悪いわねアリー、早速面倒な仕事押しつけちゃって」
「いえ……しかし皆さん凄い熱意ですね…………」
依頼してきた貴族令嬢の一覧と、希望する撮影相手の一覧。その作成を文字の練習も兼ねて依頼したアリーの指はペンだこができるぐらいにまで休む暇が無い。
よい訓練になるとアリーは笑ってくれたが、こちとら申し訳なさでいっぱいである。
メイとルナさんまで動員しても手が足りない。プレシアはまだ勉強以外はさせられん。私の忙しさを好機と全力でサボろうとする聖女が今は憎い。
手紙を捌くより先に次の手紙が舞い込んでくる。正直漏れがあるような気はするけど、それすら気にしている余裕がない。
ついでに最近は女子の写真も撮れないかと男子からのお手紙が届くようになってカオスが更に増大している。
とても手が足りないから、と女子の撮影は遠慮しているんだけど、うん。
実際一日一人撮影したって365人が限界なのに、学生数はこの学園、一万人を超えるんだよ?
単純計算で半分が男子としたって五千人、そのうち対象を三年生に絞っても千五百を越えるってのに、ここで女子の撮影まで始める余裕は建前を抜きにしても一切無い! 無理だ!
「アーチェが本当に恋の天使になっちゃったわね……」
「こいつほど愛のクピドからほど遠い令嬢もいないと思いますけどね……」
この騒ぎはもうお姉様やモブBすら私に近寄りたくないレベルで――ほら、お姉様は私のボスだし。私に打診するよりお姉様にお願いさせた方が強制力があるからさ。
お姉様にすり寄って優先度を上げようなんて連中が現れるわけよ。すげぇな、乙女の執念。
とりあえずお姉様を介した紹介は全部無視するって公言して二人の学園生活は何とか守っているけど、私の学園生活がすっかり汚染されてしまっている。
ふへぇ、これマジで教師陣に授業の出席免除して貰ってなけりゃどうしようもなかったわよ。
とにかく写真を欲しがる人が多い男子生徒から優先して捌きつつ、時に希望者が少なめな人も織り交ぜイケメンヒエラルキーに楔を穿ち。
撮影者を顔面偏差値一辺倒に染まらないよう選んでいってるんだけど、おかしいな。小銭稼ぎのつもりが完全に失敗だ。いや、小銭どころか金貨がじゃんじゃん入ってきてるけどさ。
終いには依頼が来たかのように見せかけるために俺の写真を撮って欲しい、なんて嘆願の文まで届いて、流石にこれは哀れなのでアリーやルナさんの目に留まる前にメイと二人渋い顔で燃やした。
手紙を燃やすメイの目は死んでいた。私の目も死んでいただろう。そういう手紙を一枚燃やす度に私たちの心には隙間風が吹き荒れていく。
頼む、私にそんなことを依頼するくらいならモテるためにまず自分磨きを頑張って欲しい。全力でお頼み申し上げる。はぁ……空虚だ。
さらにこの騒ぎが学生を通して大人にまで伝わったようで、そうなると社交界でも似たようなことが始まってしまっているらしい。
当初はさほど話題にもならなかった写真の、ここに来て一大ブームにルイセントは最早息つく暇も無い、とお姉様から軽い苦言を呈されてしまってもいる。
ルイセント、社交界が忙しすぎて私と同じ幽霊生徒になっちゃってるんだってさ。
最早これ、ルジェやルナさんが手作業でガラス乾板を作ってる場合じゃねぇ、ってことで、ルジェに許可取って王子の側近に製法を教えて量産体制に入って貰った。
それでも人手が足りないので私たちにも部下を出して欲しいと言われているが、これは全力で拒否している。
と、いうのもガラス乾板や感光紙の製法を秘匿して論文として出してないから、王子の側近以外だとオウラン公爵家、並びにヴィンセント殿下から圧力をかけられた場合にゲロる可能性が極めて高い。
だけど王子の側近であればその上位は国王陛下しかいないから圧力に屈する心配がないのだ。
そんなわけで量産体制はそこまで広まらず、しかし社交界と学園双方からガラス乾板の納入を求められてるルイセントの側近は今やブラック企業顔負けの忙しさだそうだ。
なおガラス乾板と感光紙一枚に対して私とルジェにロイヤリティが入る契約になってるので、そんな大金ではないけどガンガン貯金が増えていくのは結構なことだよ。
「嬉しい悲鳴、を、ちょっと越えつつあるかな……」
久々にお姉様とのお茶会に参加したルイセントは陣営強化を喜びつつも、少々おやつれでいらっしゃるようだ。
目の下にクマができてやんの。これは下手したらルイセントまでガラス乾板作って――いや、薬物使うからそれは流石にそれはないにしても、茶会と書類整理だけでも寝る暇がないって所か。
「無論、アンティマスク伯爵令嬢には感謝こそすれ、恨むつもりなど更々無いよ。今後ともミスティのために尽してくれると嬉しい」
しかしお姉様から私が非難されないよう先手を打ってくれるあたり、やっぱりルイセントも有能なんだなって分かってちょっと悔しいわ。
「殿下、何より殿下のお体を第一にして下さいね」
お姉様がルイセントの手を取りそっと握りしめると、ルイセントが柔和な笑みでそれに応える。
「勿論さ。ただチャンスを生かせぬような無能ではミスティに見限られてしまうからね」
ケッ、ハートマーク散らしやがってよ、と舌打ちしたい所だけど、マジで最近お姉様がルイセントの癒やしになってるっぽいので馬鹿にするのも可哀相だろう。
どうしてこうなったんだろうなぁ……最初はルイセントがお姉様の癒やしだったはずなのに。
「だいたいあんたのせいでしょ」
お茶会の後に愚痴るとモブBがそう呆れたように呟くのが実に腹立たしい。
「仕方ないじゃない! こんなに流行るなんて私だって思わないわよ!」
「あんたがキレ気味とか、本当に予想できてなかったんだ……乙女心だけは完全に読み外すとか、悪いけどやっぱりあんたアンティマスクの娘よ」
「ぬがぁ!」
反論できねぇ! そして何も解決しねぇ!
今や私は学園で最も顔が知れた一年生になってしまっている。私が廊下を歩けば男女問わずしてこれを退くという有様だ。
なんだ、なんなんだこれ、どうしてこうなったんだろうなぁ。
「愛だの恋だのといった不合理な感情に支配されるとは、人類は実に愚かしい」
帰宅後、諸処の作業を済ませてメイにお風呂で身体を洗って貰いながら、自然とそんな言葉が唇から転げ出てくる。
「お嬢様、その物言いは旦那様そっくりですね」
「うん、お父様の真似。でも少しだけ今は心がお父様に寄ってるわ……」
「そうですね。私も永久に旦那様のお心など理解できぬだろうと思っていたのですが、昨今で少し分かってしまいました」
一つ一つは小さな温もりの筈なのですが、と少し困ったように笑うメイまでお父様寄りにさせる程だもの。しんどいわ、この毎日。
「早くウィンティ様が何か手を打ってくれないかなぁ……」
「……ツッコんだ方がよろしいでしょうか」
「どっちでもいいわぁ。私の本心だもん」
バスタブに身体を沈めて、頭皮マッサージを受けながら天井を眺めているとこのまま意識を手放してしまいそうだわ。
いやほんと、マジでウィンティ頑張って。でもガラス乾板や感光紙の作成方法と定着液、除去液の情報はこっちの金蔓だから渡さないけどそれ以外で頑張って。
私やルナさんに危害を加えて情報を引き出すのはルジェが怒るからやってくれるなよ?
まあ基本に忠実で冷静なウィンティならそんな悪手は打たないだろうけどさ。
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