■ 53 ■ 乙女の暗躍 Ⅱ




「と、いうわけでこちらがご希望の写真となります。ご確認を」


 リージェンス研究室にて、イディリス・ナビリティ子爵令嬢とその友人二人に写真を入れた封筒を手渡す――前に一応封筒の名前を確認。

 それぞれの封筒には別の人物の写真が入っているからね。間違って手渡すと面倒なことになる。


 クルーシャル侯爵令息の写真を欲しがったのがナビリティ子爵令嬢とバレないための小細工の一つだ。

 ナビリティ子爵令嬢には同様に憧れの相手の写真を欲しがるお友達を用意して貰って、だから私は今回クルーシャル侯爵令息の他にも二人の殿方の撮影を行なっている。


 その上でナビリティ子爵令嬢には郵便での手紙を送り、彼女たちには指定した日に象牙の塔魔術研究室へ論文閲覧の申請を出して貰った。

 そうして閲覧に来た彼女らをリージェンス研に呼び込んでの手渡しだ。


 学生の身分で象牙の塔魔術研究室に近寄る人は殆どいないし、研究者はそんなこと話題にすらしないからね。

 ここまでやれば学園の他の生徒に誰が誰の写真を欲しがったかはまず分かるまい。


 ……フレインだけはあいつ、全部分かってそうだけどね。気づくとなんか近くにいたし。

 まああいつは私の陣営だし気にしないことにするよ。


 封筒を開き、中の写真を確かめたナビリティ子爵令嬢が大事そうに頬を朱く染めてそれをそっと胸にかき抱く。

 うーん、やっぱり私にはそこら辺の感覚がよく分からないわね。恋に恋する年頃っての? 私にとっては前世を含めて二十年以上前に過ぎ去った古の幻像よな。


「あらかじめ申し上げておきますが、それら写真の撮影には一切魔術は行使されておりません。ですのでそれを枕の下に敷いても憧れの殿方の夢とかは見られませんよ?」

「そ、そんな子供じみたことは致しませんわ!」


 令嬢の一人がなんか過剰に反応してきたけど、ほーん。

 こっちにもやっぱあるのね、そういう可愛らしいおまじないというか都市伝説。


 なお撮影したクルーシャル侯爵令息だけど、息巻いていただけあって確かにセンスのある男だった。


 納刀した刀を立てて、両手を柄尻においての仁王立ちポーズ。剣士キャラの一枚絵とかでよくある奴ね。

 実際イケメンがやるとこれが本当に格好いいんだってのがよく分かって、こっちもカメラマンとしてつい本気を出しちゃったわ。いや、素人撮影だけどさ。


 しかし写真うつりのためにさわやか微笑を執念で維持したクルーシャル侯爵令息、そこまでイケ顔を後世に残したかったのか。

 いや、結果として確かにいい写真になったしクルーシャル侯爵令息も喜んでくれたから別に構わないんだけど。


「ご納得頂けましたでしょうか?」

「無理な要望にお応え頂きましてありがとうございます。こちら、お礼となります」


 三人がススッと報酬の入った箱を机の上に置いて、


「越後屋、お主も悪よのう」

「エ、エチゴヤ、でございますか?」

「ああごめんなさい、一度言ってみたかったのよ」


 なお、この国には肖像権という概念はないので私たちのやっていることは何一つ法には触れていない。

 要するに悪はこの部屋にはいないってことさ。実際大金を要求してるわけでもないしね。ガラス乾板代と私の時給+α程度のちょっとした小銭稼ぎよ。


 撮影を依頼した方も、依頼された方も、撮影された側も全員が満足した。

 三方良しとはこのことじゃない?




 ……程度に思ってたんだけど。




「アンティマスク伯爵令嬢が来たぞ!」

「本当か? 次は誰だ!?」

「問うまでもない。当然私に決まっているだろう!」

「お前……鏡、見たことあるか?」

「なにおぅ!?」


 ザワザワと、道行く先にいる総ての学生の視線を一身に浴びながら、三階三年生の間を泳ぐように、いや、人垣に自動的に穿たれてゆく道を全身全霊の微笑で突き進む。

 私の行く手を阻む者は最早誰一人としていない。むしろ、私の行き着く先はどこかと固唾を呑んで見守っている有様である。


 私が通過してしまったクラスの生徒はその誰もが落胆を示し、落胆が進む先はにわかに期待に満ちる。その期待もまた落胆の色に染まる。

 そうして私が足を止めたクラスでは期待が緊張へと成り代わり、教室の空気は一触即発の様相を示しつつも我が声を天命が如く待ちわびて、


「ゲインリー伯爵令息、少しよろしいでしょうか?」

「お、おおっ!? 勿論だとも!」


 たった一人のみが満面の笑みを浮かべ、他の残る全員が嫉妬と落胆と屈辱に塗れた手を握り――ゲインリー伯爵令息を忌々しげに睨め付ける。

 対するゲインリー伯爵令息たるやまるで天下を平らげし英雄のように肩で風を切って私の元へ。


「いやぁ、モテる男は辛いなぁ!? 写真の撮影か?」

「左様に御座います。お受け頂けますでしょうか?」

「無論だとも、いたいけな女子のささやかな願いを袖にするなど男に非ず! いつでも時を空けようぞ!」

「それでは明日の放課後、学園付属第三サロンにてお待ちしております」

「うむっ!」


 感情を覗かせない微笑を維持し、言うべきことは伝えて足早に三階を去る。私が去った後のフロアは完全に阿鼻叫喚だ。

 今やモテ度のヒエラルキーがどんどん可視化されつつある地獄がここである。こんなことになるなんて私も全く予想しちゃいなかったよ。





 ……うん。写真、むっちゃ流行った。

 正直私がドン引きするレベルで流行った。





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