■ 54 ■ 方針修正と夏休みの過ごし方 Ⅰ
さて、ナビリティ子爵令嬢から始まった一連の混乱だけど、ようやく収拾の目処がついてきた。
「生徒のブロマイド作成は学園主管、すなわち王家に権限が移管されることになりました」
そんなわけでミスティ派閥のお茶会を開いて、お姉様以下我らが軍勢の前で騒動の決着についてを報告する。
「主に問題とされたのは以下の三点ですね。
一つ、学びの場である学園で学生が色恋沙汰にうつつを抜かすことの愚。
二つ、ブロマイドほしさに親から様々な理由を付けて金子を工面しようとする、経済感覚と家族関係への悪影響。
三つ、一人の学生が学園内の対人関係を一括掌握することの危険性です」
ウィンティとヴィンセントが槍玉に挙げたのはここら辺だとルイセントを介して間接的に聞いている。
一つ目は、まぁこれは仕方ないわな。その通りだから何とかして沈静化を計るのは当然だ。
二つ目は、あれだよ。元々ナビリティ子爵令嬢にはガラス乾板代+αで価格設定してたわけで。つまり学生が小遣いで払う額としてはそこそこ高額になっているのだ。
ここまで噂になると数十人の令嬢からの依頼を一回の撮影で賄えるから、本当は大幅値下げをすることは可能だった。
ただナビリティ子爵令嬢たちだけに大金を払わせるのは不公平だし、あととにかく依頼の量が多すぎるためその抑止として高額設定を維持していたからね。
ここへ更に他の女の子が持ってるのに自分だけ持ってないのは悔しいみたいな心理が働くみたいで。前世でもあったなぁ、親のクレカでガチャ引く子供問題。
ここら辺が絡まって比較的予算が厳しい男爵家とかでは結構な問題になってたみたい。うん、害悪だね。
そして多分三つ目がウィンティたちが一番不安に思ったことじゃないかな。
恋愛感情、思慕という政治的にあまり価値がない情報とは言え、だ。
令嬢たちの好意の矛先が丸々私、ひいてはお姉様の掌に転がり込むのは極めて危険だと考えたようだ。
まあ、分からないでもないね。
この情報があれば家々の結びつきに対して多少なりとも口出しができるようになる可能性があるわけで。
いくらこの王国が長男優位のダンディズム社会と言えど、娘の要望を叶えてやろうとする親がいないわけでもないのだから。
愛情は時に人を狂わせる。それを闇属性を任意に解禁できるお姉様の手札にしたくないと考えるのはウィンティとしては当然の自衛だ。
「でも三つ目って新たな流行を作り出した者の正当な権限じゃない?」
モブBがいや、そのりくつはおかしいと指摘してくるけど、残念ながらその為の前二つだ。
「社交界ではね。でも学園内での話だから先二つの理由が優先されるってわけ」
実際、ルイセントの方は権限を奪われてはいない。ルイセントは学園を卒業した面々、社交界の方を担当しているからね。
今回は学園内で生徒にあるまじき行いをしている私だけを狙い撃った形だ。教育の邪魔だから排除する。学園の方針としては至極妥当だろう。
逆に言うとウィンティたちも妥当な範囲の妨害が精一杯だったってことでもある。
「なんか面倒くさいですね、そういうの」
どうでも良さそうにケーキとお茶に舌鼓を打っていたプレシアがぼやくけど、そこは完全に同意だ。
「面倒くささと手間暇無駄で構成されているのが貴族社会よ、プレシア」
ただこれで学園の方が私に替わってブロマイドのあれこれを管理してくれるから、ようやく私は再び自由を取り戻せたって話だ。
「それに学園の管理になってもウィンティ様に製造技術が漏れるわけじゃないし、ガラス乾板と感光紙一枚当りのロイヤリティは相変らず私とルジェに入るからね。こちらとしては落とし所として不満はないわ、自由も取り戻せたしね」
というか、打つならもっと早く手を打ってくれよとウィンティに文句を言いたいレベルだったしね。
これでようやく私も勉強の時間が取れるって話だよ。
「以上の理由により私は学生の間ブロマイド作成依頼の受注を禁止されてこの話は終わりです。いやぁ、ちょっとした小銭稼ぎのつもりがえらい苦労しましたよ」
「大混乱だったものね。お疲れ様、アーチェ」
「どもです。で、ですね。期末試験が終われば夏休みでしょう? そろそろ派閥内のメンバーの予定を把握しておこうと思うんですけど」
気づけば前期末試験まであと数日。それが終われば学園は夏期休暇に入り、生徒たちはめいめいに自己の裁量に応じて休暇を過ごすことになる。
新たな友人の領地、夏の館にホームステイしたりとか、旅行したりとか。単位が足りなかったりする生徒は当然補講だよ。
ちなみにプレシアが補講になっては私の夏の予定が全て崩れるので、最近はほぼ付きっ切りでプレシアが受講している講義の詰め込み教育を行なっている。
そのせいでプレシアからは恨みがましい目で見られる毎日だけど、はっはっは。視線じゃ人は殺せないのよ。いや、冥属性の浄眼なら呪殺できたりもするけどね。
「私はルイセント殿下の補佐かしら。アーチェは解放されたけどルイセント殿下の忙しさは変わらないもの」
うむ、お姉様はそれだよね。まあそれは予想していた。
「私も残ってお姉様の補佐ね。人手は多ければ多い程いいだろうし。あんたは?」
そしてモブBはお姉様の補佐と。まあこれも予想通りだね。
だからこの件を切り出したのは私の予定を早めに伝えておくためでもある。
「私はプレシアと一緒にフェリトリー領へ行ってフェリトリー男爵ベティーズの野郎を締め上げてくるわ」
「…………はい?」
その場にいる全員が固まってしまったけど、そこは気にしないでおこう。
フェリトリー男爵は既に私の血祭りリストに名を連ねてしまっているのだ。叩き潰すなら早ければ早い程いい。
その方が対お父様戦線の時間を多く確保できるしね。というか本来なら無視しておきたかったのだけど、
「夏の間、冬の館にたった一人の使用人も残せないというのが事実であればフェリトリー男爵領の財政は破綻していると見るべきです。なのでそれを質そうかと」
プレシアが我が傘下にいる以上、プレシアの生活が安定するよう心掛けるのは上に立つものとして当然の役割だ。
そうでなければ派閥に与する意味というものがなくなってしまうのだからね。
傘を広げて庇護するのが上の仕事、その傘の中で働くのが下の仕事だ。
それは派閥における常識的観念であるのでお姉様もモブBも成程と納得したようだった。
ただまあ、いきなりそれをこの場で伝えられたプレシアは完全に腰が退けている。
「も、もうやるんですかアーチェ様。せめてもうちょっと私が貴族らしく振る舞えるようになってからの方が……」
馬鹿ね。貴族らしさから逃げ回っている貴方がどの面下げてそれを言うの?
「貴方は崖から突き落とさないと徹底して逃げ回る、と徹底的に私に刻み込んだのは貴方でしょう、プレシア」
「それは誤解ですアーチェ様! 手加減と優しさをたっぷり注いで大事に見守るのが私が最も伸びる育て方ですよぅ! 私が保障します!」
「そう、それはよかったわね。で、寝言はそれで終わり? なら覚悟を決めておきなさい。この夏フェリトリー領を貴方が正常化するのよ。いいわね」
「嫌です! 無理です!」
「快諾ね、いい返事よプレシア。その元気があればどうとでもなるわ」
「何この全く噛み合ってない会話……」
私に聞くなよモブB。というかプレシアには説得なんて無意味だからね。
こいつは課題のど真ん中に投げ込んで解決するまでそこから出られないよう徹底的に鞭で叩かないと成長しないのだ、とこの三ヶ月ちょいでよく分かったし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます