■ 52 ■ 順調な学園生活 Ⅱ




 そういう各個が各個に充実した学生生活も三ヶ月が経過したある日、


「少しよろしいでしょうか? アンティマスク伯爵令嬢」


 放課後、今日はルジェの研究室にでも行こうかな、なんて考えながら学園の廊下を歩いていたところで、知らない女学生に呼び止められる。

 学年は……校章が刻まれたブローチの色が赤だから二年生か。服装の格は中位貴族程度。多分一度もお目にかかったことがない人だろうけど。


 さて、困ったな。今は私は一人で行動中だし、つまりメイと私しかこの場にいない。

 彼女がいきなりナイフを取り出して私に斬りかかってきたらどうすることもできないわけで。いや、王城の敷地内たる学園でそれやったら仕掛けた方もほぼ死罪だけどね。忠臣蔵忠臣蔵。


 とまれ、見知らぬ人が話しかけてきたらそれはウィンティの鉄砲玉って可能性は、いつだって私の心の中にある程度の割合を占めて横たわってるのだ。

 いやまあ、お姉様の派閥に入りたい人って可能性もほぼあり得ないけど皆無ではないわけで。いや、皆無かな。


「そうですね、見晴らしのよい場所でなら」

「ありがとうございます。それでは食堂でお茶を頂きながらではどうでしょう」


 ふむ、食堂なら毒が混入される心配もないし他人の目もあるし、問題ないか。

 そんなわけで謎の二年生にお声かけられそのまま第二食堂へ移動し、お茶とケーキを注文。着席してどこかの誰かと向かい合う。


「先ずはここまで失礼を重ねたこと、お詫び申し上げます。私パストラル・ナビリティ子爵が次女イディリス・ナビリティと申します」


 先手は最初に名乗らずここまで来たことに対する謝罪か。自覚的ってことは礼儀作法を知らない人の線は消えて少し安心できたけど。

 しかしナビリティ……確かお姉様が招かれた最初のお茶会でプークスクスに失敗した子の一人だよね。あ、面影が少しあるから彼女のお姉さんかな?

 しかし一歳差の姉妹となると、ナビリティ子爵は相当な愛妻家でいらっしゃるようね。この人次女なわけだから、少なくとも三人姉妹ってことでしょ。


 さておき、年上なのに若干低姿勢なのは私が伯爵家で彼女は子爵家だからか。

 それともこれからのお話のために低姿勢にならざるを得ないか、か。


 危険度の増加に不安を覚え周囲を確認したら、何故か少し離れた席にフレインがいた。何故いる。どこから湧いて出た。

 これで安心な筈なのに不安ばっか増していくこの感情をどう処理すればいい? い、いや、今は目の前の相手に集中しよう。フレインはあれだ、背景だ。そう思え。


「改めまして、グリシアス・アンティマスク伯爵が長女アーチェ・アンティマスクです。本日は如何なる御用向きでしょう?」

「それが……その……」


 なんだろう、この歯切れの悪さ。顔も赤いし指は落ち着き無く交差したり離したりしてるし、あれか、あがり症か?

 現代人だったらここでスマフォ取り出して「早くしてくれませんかー」アピールするとこだったぞ。この社会ではそういうの非礼だからやれないけどさ。


 そんなことを考えながら待つことしばし、意を決したらしいナビリティ子爵令嬢イディリスがおずおずと口を開く。


「あの、アンティマスク伯爵令嬢が管理されているという写真、それを一枚作成して頂きたいのです」

「写真を撮りたい、ということですか?」


 アレの扱いは私が私的に撮る以外はほぼ扱いをお姉様とルイセントに任せてしまっている。

 社交界でそこそこ珍しがられているとは聞いているが、あれだけのために一族ごと陣営を変えてくるまでには至らないって聞いているね。

 ただ個人的なコネみたいなのを作るのにはそこそこ役立っているそうだけど……


「いえ、写真を撮りたいというか、写真が欲しいというか……」

「既に撮影された写真が欲しいということですか? 一体誰の?」

「あ、いえ、まだ撮影されてはいないと思います」


 うーん、話がよく分からない。

 流石にウチの陣営じゃない人に写真撮影の権利、つまりカメラとガラス乾板を渡すつもりはない。

 それが分かっているから写真だけ撮って欲しい、ということ、かな?


「ナビリティ子爵令嬢の写真をお撮りすればよろしいのでしょうか?」

「ち、違います! 私の写真なんてなんの価値もございません」


 慌てたようにナビリティ子爵令嬢が手を振って否定するけど、いや、貴族だけあって普通に可愛らしいお嬢さんだし、そこまで否定しなくてもいいとも思うのだが……


「では、どなたの写真をお撮りすればよいのでしょう?」

「あの……クルーシャル侯爵令息、スニフティ様の写真を……手に入れられないでしょうか」


 誰それ!? また初めて聞く名が出てきたよ!

 わけわからんぞ、ルイセント派の貴族は何人か名前聞いたけど、その中にはそんな奴はいなかった。


 というかナビリティ子爵令嬢とクルーシャル侯爵令息の関係って何? マジで状況がさっぱり分からん! 私は一体何に巻き込まれようとしているんだ!

 子爵令嬢が下を向いたのでこれ幸いと背後を振り返ってみると……あれ? もしかしてメイは分かってるのこれ?


 うーん、メイが分かってて私が分からないパターンでしょ? ということはあれだ、お母様成分って事よね。

 要するに、私には愛が足りないってわけで…………あ!


 ……もしかして、そういうことか?


「あの、違ってても怒らないで欲しい、んですが。私に、貴方のお名前を出さずにクルーシャル侯爵令息の写真を撮ってくることはできないかと、そういうお願いでしょうか」

「…………はい、仰るとおりです」


 ナビリティ子爵令嬢が更に赤くした顔をテーブルに落とし肩をすぼめて所在なさげに縮こまる。


 あー、ようやく私にも理解できたよ。要するにこの子、ブロマイドが欲しいって事ね。

 すまんな、私は乙女ゲー沼でドルオタじゃなかったからそっちには全然気が回らなかったわ。

 そっかー、そりゃそうだ、需要あるかもな。一部の人には。




 ……これ、もしかしたら小銭稼ぎに使えないかな。




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