■ 52 ■ 順調な学園生活 Ⅰ




 さて、そんなこんなで一ヶ月が経過すると学生生活も少しばかり落ち着きを見せ始める。


「一ヶ月の間に仕込める限りは仕込みました。名残惜しいですがここまでですわ、アーチェ様」

「本当にありがとうございました。大助かりですよ」

「はい! 次の職場で頑張ってくださいねぇえ!」


 プレシアの輝かんばかりの笑顔に見送られてマナーズ先生とティーチ先生は次の職場に向かってしまい、我が家は再び静かに――ならないんだなぁ。


「お二方がいなくなったからって羽を伸ばせると思ったら大間違いよ」

「ふぇえ……」


 幾ら二人が優秀といっても一ヶ月でやれることには限度があるからね。

 私と、あと時にアリーにも手伝って貰ってプレシアの教育は続くわけである。


 ま、それでもある程度は見られるようになってきているけどね。

 お姉様、モブBとの顔合わせも済ませて新入り二人もミスティ陣営となり、ウィンティ陣営と水面下での争いが始まり始まりだ。


「それはそれとして講義はちゃんと受けるように」

「ふぇえ……」


 学園生活もまぁ順調だ。

 三年後の卒業までに取得する単位の目星は派閥全体で検討して付け終わった。

 同陣営内で政治、軍事、経済、法律、農業、畜産、工業、インフラ整備、そういった各種分野の知識を浅くでも拾っておかないといけないから少人数陣営は大変だ。


「あとうちの派閥は全員乗馬の実習は必修科目です。お姉様も欠かさず出席して下さい」

「乗馬……本当にお姉様にも必要なの? アーチェ」

「ええシーラ、絶対に受けてもらうわ。当然貴方にも」


 本来なら后には全く必要はない。が、万が一魔族に国内深くまで攻め込まれた場合、単独で馬に乗れるか乗れないかで生存率が大幅に変わってくる。

 生き延びるためにも乗馬は必須スキルだ。これを落とすわけにはいかないでしょう。


「お姉様だってルイセント殿下とくつわを並べて乗馬デートやりたいでしょ? 恋人との遠乗りは楽しいと思いますよ」

「そ、そうね。情けないところは見せられないものね……!」


 チョロいもんである。でも本当に必要だからチョロいのはありがたい話だ。


 こんな感じで必要な講義を選んでいくわけだけど、派閥のことばかりも考えていられない。己の故郷、己の家ごとに求められる教育ってのもあるからね。

 ウチのアンティマスク家は元々武家で、今は流通がメインだからアイズはそっちを強化する講義を受講するようお父様に指示されてるし。


 私は――まあ「お前の判断で好きに単位を取っていい」とお父様には言われている。

 信頼されているやら、それとも放置されているやら。


 そんなこんなで一人が受ける講義数が嵩むと社交に割く時間が短くなって陣営の強化が難しくなるし――いやぁ、困ったもんだよ。


「全然困ってるふうに見えないわね」

「まぁね。内容分かってる講義は受講届けだけ出して試験に受かればいいんだし、積極的に中抜きすれば余裕余裕」

「この割り切り方がアーチェよね。私たちにはとても真似できません」


 講義に出席することが重要なのではない。知識があって単位が取れればそれでいいのだ。

 私の場合はティーチ先生に可能な限りを教えて貰ってるし、七歳から十二歳までの間にエミネンシア家とミーニアル家にある本はだいたい読ませて貰ったし。


 あと私の場合は前世の記憶もあるから(卑怯だね!)正直基礎教育が多い一年と二年の講義は概ねすっ飛ばせる。

 三年からは知識が細分化してくるしこの世界の常識との摺り合わせもあるから、普通に出席を考えてるけど。


「アーチェ様は自分を基準に考えないで下さいよ!」

「とんでもない知識量ですね……一体何冊の本を読破したのでしょう」


 まあそんなわけで私の一年生時の仕事は新たに陣営に加わったプレシアとアリーの教育ってとこかな。

 あと講義を無視して自由に動けるのが私だけだから陣営拡大にも私が手を伸ばさないといけないわけで、いやはや忙しい話だよ。


「シーラもあんた、一年の講義内容はもう学習終わってるでしょ? 予習進めておいてね」

「……お姉様との学園生活、憧れてたんだけどなぁ」


 阿呆、貴族の学園生活が優雅であるものかよ。

 ゲーム内でもプレシアは医師、もしくは薬剤師資格の講義だけ取って後はパラメータアップと金策がメインだったし。


 あ、でもゲームではプレイアブルとの好感度上げも何より重要だったけど、ここがどうなるかは――プレシアが好きにすればいいや。

 生身の人間の恋愛事情など、私の関与するところではないからね。


「お姉様も積極的に予習を済ませて自習時間の確保を目指して下さいね?」

「わ、私もルイセント様との学園生活に憧れて――はい、頑張ります」


 お姉様が戯言を抜かそうとしたので一睨みで黙らせる。実際ルイセントも知識的に講義はほぼ受ける必要ないはずだけど、どうなんだろうね?

 令息と令嬢は完全に求められる知識と技術が違ってくるから教室は完全に別だし(要するに共学だけどクラス分けは男女別なのだ)、向こうの様子がちょっと気になるわ。


 ルイセントとフレインにアイズ、ケイルの関係は結構複雑だ。

 一応フレインは私の配下を名乗っているからルイセント陣営なのだけど、アイズはお父様の指示でまだ旗色を明確にしていない。


 ミスティ陣営に付くように言われているのはあくまで私だけで、アンティマスク家としてはまだ第二王子についているわけではないのだ。

 私自身、お父様が定めた婚約者如何によっては強制的に陣営を変えられる可能性もあるわけで――それはお姉様とモブBにも周知してある。


 こう考えると第二王子陣営、新たな人材獲得が急務とも言えるのよね。

 ある程度派閥として大きくなれば、お父様も第二王子ルイセントを掲げる未来も候補に入れ始めるだろうし。


 最悪、私の陣営ってのは要らないから私が抜ける場合にはフレインとアリーに命令してお姉様の下について貰おうと思ってるけど。

 それだと忠誠心の方向的に大活躍は難しそうだし、お姉様たちも安心して二人を重用できないだろうし、悩みどころよね。




 そんなわけで入学から二ヶ月もすると、私は受講科目数が多いのに講義には殆ど出席しない幽霊学生として生徒の間で噂に――は、なっていない。

 だってその場にいない人は目に入らない人だから、噂にしようがないからね。学生が一人の生徒を探すには生徒数が多すぎるし。噂になっているのは先生がたの間である。


 受講登録だけして一回も講義に出ない私に先生たちも苛立っているようで、ついに教師の一人に呼び出されて説教が始まったのだけど、


「ところで先生、ここの神歴1156年から十年間で収穫高が随分と伸びているようですが、何があったんでしょう」

「おお、いいところに目を付けたなアンティマスク君。この年から土魔術による土壌改良技術が発展を遂げて、具体的には――」

「ほほう。魔術の農業活用って割と近代なんですね。例えば各領土毎の土魔術師と収穫高の一覧とかってありませんか?」

「勿論あるぞ、ほれ」


 なんて怒りの矛先をずらして後は質問攻めにすると気をよくしていろんな事を教えてくれたので、これは望外の幸運ってやつね。

 その上、


「アーチェ・アンティマスクには一年生の講義では物足りないのだろうよ。呼びつけて話をしてみよ。あれは学習意欲の高い良い生徒だぞ」


 と最初に私を呼び出した歴史学の先生が広めてくれたみたいで、先生方が手すぐね引いて待ち構えてくれているの、ホントありがたい話だわ。

 結果として私は先生たちにボッコボコにさせられるわけなんだけどさ。

 どの先生も質問を重ねるとそれがどれだけつたなくてもちゃんと真摯に応えてくれるし、せっかくなので質問を重ねていくとなんか満足して態度が軟化するし。


 最終的に講義に出なくてもよい許可を貰ったばかりか、先生たちの研究室(教師も象牙の塔魔術研究室職員であるようだ)に入る許可までくれたため至れり尽くせりである。

 おかげで私もようやく学生らしい毎日を送れるようになってきたよ。


「学生らしい……? 教室じゃなくて教師の研究室で講義受けるのが……?」


 予定が空いている時は私に同行させているモブBが首を捻っているけど、教師に教えを請うてるんだから学生らしいじゃん。

 いや、私が大学っていう前世の知識を引き摺っているだけかもしれないけれどさ。


 そんなこんなで実質三年生並かそれ以上の講義を教師からマンツーマンで受けられるのは本当にありがたい。

 ルール上飛び級だけはそういう制度がないからさせて貰えないけど、そこはまぁ仕方ないね。


 あとは、普通に講義を受けていると出てこないような話は私とモブBでまとめて全部お姉様に送りつける。

 最近はお姉様も泣言を言わなくなってきて、渡されたものは全て目を通し理解を深めるようになってきたけれど、


「おかしいわ……私はルイセント様と机を並べて仲良くお勉強をする筈だった、のに……」


 時折お姉様が夢の世界へ旅立ってしまうのは大目に見てやりたいが、そんな余裕はないので即座に現実に引きずり戻すわけである。


「鬼! 悪魔! 効率狂いのアンティマスク!」


 ハハハ、なんとでも言うがいい。

 でもどうせウィンティの学生生活だって別にヴィンセント第一王子とイチャイチャしてるもんじゃなかったろうし、お姉様一人が辛いわけじゃないからね。




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