■ 51 ■ 水面下に秘めたる Ⅱ




「そう言えばアリーのご加護は?」

「私は雷神ですね。アーチェ様は確か弓神ですよね?」

「そうそう役立たずの弓神ね。雷神かぁ、お祖父様と同じね」


 ふむ、雷神は攻撃系だけど令嬢的にも当たりなのよね。

 火や氷では手加減できないけど電気でパチンとやるのは相手を傷付けず拒絶するのにも役立つし、護衛にはもってこいなのだ。

 無論、攻撃力も高いから知り合って間もないのに側を許すのはあまりに危険ではあるけど、


「ではアリーにはしばらくそこの令嬢未満とルナーシアさんのサポートを任せたいのだけど、お願いできる?」

「御下命、承りました」


 信じると決めたら後は疑わない。彼女には未だポンコツな聖女を支えて貰いましょ。

 このままじゃプレシア、女友達が一人もできないもんね。


「しかし、よろしかったのですかアーチェ様。多少は陣営の強化も視野に入れていたのでは? 御身のお考えを配下たるアレジアにもご教授頂きたく」


 アリーが固い口調に対して不思議そうな表情なのは、私が全く悔しそうなそぶりも見せないからだろう。

 ま。最初っからプレシアが集めた避雷針だからね。そんなに期待はしちゃいなかったし。


「ネタバレするとね? 私の私財だとこれ以上マナーズ先生とティーチ先生を雇い続けるの難しいの。だからウィンティ様にもご協力頂いたってワケ」


 協力? と言われて僅かに考え込んだ二人だったが、


「……うっわ、アーチェ様セコすぎませんか」

「さ、左様にございますか」


 意味が理解できてプレシアはあからさまなあきれ顔、アリーは何とか貴族らしく表情を抑えているって感じかな。


 うん、だっていくら写真の使用料が入ってくるって言ったって土地持ち貴族の収入と比較したら微々たるもんだもの。

 そんな財源でお父様レベルの価格帯にいるガヴァネス二人を雇うなんて無理無理。最初から長続きはできなかったのさ。


 無論、お手紙の時点でお二人にはその旨は伝えてあるよ。他の用件を放り出してまで来て貰ってすぐ放り出すとか、大恩ある恩師に非礼だからね。

 それを最初から承知の上で王都にやってきて、かつ短期労働に従事してくれたお二人にはもう、どれだけ感謝してもし足りないわ。

 無論、王都までの旅費は私が持ったと言えどね。


「だから今月はお二人に働いて貰えるけど、来月以降は私の指導になるわ。更にオウラン陣営に比べて教育の質が悪くなるけど、そこは許して頂戴ね」

「ほ、本当ですか! やったあ!」


 ここでぐっと拳を握るプレシアの教育は、うん。先生二人には厳しくするよう言っておこう。残り一ヶ月地獄を見るがいい。

 どれだけ厳しくしてもプレシアはもう逃げないだろうしね。だって逃げた先で公爵家に捕まるなんてこいつからすれば絶対嫌だろうし。


 伯爵家でこの教育なんだから、更に格上である公爵家になんか属したらもっと酷い目・・・に遭うに違いない。

 庶民だったプレシアが考えられる範囲では爵位と能力は正の相関を描くものになる。そういう思考になるだろうからね。


「公爵家なら財源も豊かでしょうし、ウィンティ様が今後も飽きずに続けてくれると国力の底上げになって結構な事よ」


 その分だけ第一王子陣営は強まるでしょうけど、それはそれで構わない。

 影響力の低い男爵家や騎士爵家の御令嬢を味方にするにしては、かかるコストが大きすぎるしね。


 ま、私には高コストなだけでウィンティからすれば端金なんだろうから、精々飽きずに続けて欲しいものだよ。

 最終的に魔族と戦争になった時、優秀な人材は多ければ多い方がいいわけだからね。

 戦争で戦うのは騎士だけじゃない。裏で兵站を支える人材が馬鹿じゃ話にならないもの。


「えっと、じゃああれですか? アーチェ様は自分のお財布のために敵を強化したってワケですよね。いいんですかそんなことして」


 あっはっは、そこに気づくとはプレシアも賢くなってきたじゃない? 仰るとおり、これはお姉様の腹心がやることじゃないわね。モブBなら恐れ多くて絶対できないわ。

 だけどねプレシア、


「他の学生を矢避けに使おうとした貴方にだけは言われたくないわよ」

「うっ……」


 いやあ、本当に低レベルな争いだよ。とてもじゃないけどこの真相、ウィンティにだけは聞かせられないわ。

 騙されたって絶対にキレるもの。公爵家の八つ当たりなんざ私ぁごめんだからね。


「そんなわけで二人ともこの真相は他言無用よ。墓の中まで持っていって頂戴ね」

「心得ました、アーチェ様」

「馬鹿らしくて言う気にもならないです……」




 という真相を後日お姉様とモブBにも語って聞かせると、


「呆れた! 流石はアーチェね、ウィンティ様もアーチェの前では形無しだわ」


 お姉様は鈴を転がすような声で上品に口を押さえてケラケラ笑い、


「公爵家を財布代りに使うとか、あんたらしいわ」


 モブBも溜息を吐くに留まったわけで、そんなミスティ陣営を内側から目にすることになった新入り二人は形容しがたい表情になってしまった。

 ま、慣れて貰うしかないんだけどね。




 そうそう、あとせっかくなので恩師二人と一緒に記念撮影をした(アイズとケイルは敬遠した)のだけど。


「半分は噂になっているこれを見たくてアーチェ様のお誘いに乗ったのですよ。王都まで来た甲斐がありましたわ」


 そう現像した写真を興味深げに眺めているティーチ先生と違って、


「できればあと二十年早くに欲したかったですね」


 ぽつんとマナーズ先生が呟いたのがなんというか、マナーズ先生程の才女でも若さを羨むことがあるんだなと少しだけ印象的だった。

 思わずティーチ先生と顔を見合わせてしまう。


「若さなど誰もが必ずいずれ失うもの。それまでに何を得たかが人生ではないですかマナーズ」

「そうですわ。マナーズ先生とティーチ先生の知見あればこそ今私がここにいられるのですし」


 ティーチ先生と私がそう本心を言い募ると、


「分かっていますよ。ただ単に技術の進歩が、昔を保存できる新たな手段を持つ若人が羨ましかっただけです」


 フッと笑ったマナーズ先生がふと真顔になって、


「こうして話しているとどうにもアーチェお嬢様も我々と同年代のように思えてきますね」


 そう珍しく苦笑しながら呟いたのはちょっといただけなかったけどね。

 私まだ若い、十三歳児。そう言い聞かせておかないとボロ出しそうだわ。




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