■ 51 ■ 水面下に秘めたる Ⅰ
「私が教育を餌に身分の低い貴族を集めて陣営を強化してることになってるけど、どうしたものかしらね」
学園の食堂でお姉様が食後の紅茶を手に語るには、世間の噂はそういうことらしい。
まあ、放課後に集団下校してる連中がアンティマスクの館に入っていけばそう見えなくもないだろう。
というか、他にどう見ろというのだ。
「で、実際の所はどうなの?」
モブBが聞いてくるけど、他人の耳がある食堂なんぞで陣営会議などできるはずもない。
そんなことはモブBもお姉様もよく分かっているので、ここでの会話は単なるおまけだ。
要は単に「あとで本当のこと教えろよ」というお姉様たちからの前振り、ただの打診である。
「ええ、まあ何人かは教育後も残ってくれることを期待してますが。主目的は王国貴族の質の底上げ、我らが陣営による国への貢献ですよ」
嘘は言ってはいないのでここまでは語っていい。実際、貴族が優秀であって国としては困ることはないだろう。出世競争することになる他の貴族は嬉しくないだろうけど。
私の目的は単純明快、これはあくまで我らの派閥による国への貢献であると周囲の聞き耳に吹き込んで言質を取らせることだ。
そうやって種を撒いておけば後は勝手に芽吹いてくれるだろうからね。いやはや私もやることえげつなくなったもんだよ。
そんなわけで今日も放課後に避雷針の皆さんを集めて今日もアンティマスク家で指導の毎日である。
さて、効果が出るのはどれくらい後かな?
それから三日後。最初にプレシアの避雷針から脱落したのはこれまた最初にプレシアが連れてきたゼイニ男爵令嬢である。
翌日、授業の合間に幸運にもすれ違う機会があったので(当然私の意図的だ)尋ねてみると、
「オウラン公爵令嬢からありがたくもお声掛け頂いて、よりすぐれた教育と未来を用意してくれるとのことで……」
流石にゼイニ男爵令嬢も子供とはいえ恥を知る年頃である。ちょっと言いづらそうにしていたけど、成程。
プレシアのような怪しい輩の誘いに真っ先に乗ったあたり、彼女はとにかく学べるなら学びたい系の学徒だったか。ティーチ先生好みの人材だね。学習意欲が強いのはいいことだと思うよ。
ただ私が彼女を呼び止めるとほぼ同時に動き出した人影、
「あら、お久しぶりねアンティマスク伯爵令嬢」
どうやら向こうも意図的に狙っていたようで、学院三年生。オウラン公爵令嬢ウィンティが
「お久しぶりですオウラン公爵令嬢。このような泡沫陣営から公爵家自ら引き抜きとはあまりにご無体な振る舞いですこと」
「引き抜きだなどととんでもない。私、貴方の貴族を育て国へと貢献したいという賢明さに心底感服いたしましたの」
そうオウラン公爵令嬢ウィンティが私への敬意と感謝を表情に浮かべてみせる。
貴族会話は先ずは相手を上げる。その後に下げる。私程度の中堅貴族に対してまで一方的に馬鹿にしない、基本に忠実で奇を衒わない堅実さ。
これだけでウィンティがどれだけ優秀かが分かるってもんよ。基礎工事が完璧な要塞みたいな人だよね。
「本来であればそういった行いは第一王子ヴィンセント殿下の御名の元に率先せねばならぬというのに――我が身の不徳を恥じた次第でしてよ」
ほうほう、だからウィンティも同じ事を始めたってわけね。
そりゃーオウラン公爵家の方が伯爵家のウチよりいい教師を揃えられるわな。
幾らお父様が優秀と言っても伯爵家と公爵家では用意できる教師に差があって当たり前だ。
だって自由にできる
「国への貢献ですもの。より優れた教師の下で学ぶ方が誰にとっても幸せになりましょう?」
ニッコリ笑うウィンティに私もまたニッコリと微笑んで
「オウラン公爵令嬢の仰せの通りにございます」
私としては他に言いようがないわな。だって公共の場で王国貴族の質の底上げが目的って言っちゃったわけだし。
そんなわけで深々と感佩つかまつったかのように面従するよ。ただし内心の感情と表情は別、これ貴族の嗜みね。
「
はいごきげんようさようなら。ゼイニ男爵令嬢もさようなら。
終始私の視線から
やっぱウィンティ、無茶苦茶に優秀だわ。公爵家の名に胡座かいてないでこういう小細工まで徹底してるの、お姉様ではこうはいかないもの。
あと意図的に私だけを褒めてお姉様の名を一切出さないの、優秀なのは私であってお姉様ではないと周囲に知らしめる手管ね。
いやほんと、その細かい会話の一つ一つにも気を抜かないその完璧さは凄い。流石は王国最高の令嬢だわ。
――胆力以外は、だけど。
それからぽつらぽつらと我が家の補講受講者は櫛の歯が欠けるように一人、また一人と脱落者が増え始め、最終的に残ったのはフロックス男爵令嬢とプレシアのみである。
「虎子の間、まこと広うなり申した」
「なんですか虎子の間って」
「ん? 広くなったの枕詞」
「……アーチェ様は時々私たちの与り知らぬことを仰いますね」
はっはー、多い時は十人以上いた我が家の談話室もすっかり落ち着いたもので、残った二人にお姉様から頂いたフレーバードティーを振る舞う。
「さーて、なんの茶葉だか分かるかしら?」
「サウロン、でしょうか?」
真面目に勉強に取り組んでいたフロックス男爵令嬢アレジアは流石、当りだけど、
「サウロンは農場多いからそれだけでは正解にしてあげられないわね。ラヴァ、カフル、サンティ、ランブラ、バンドヌワラ、さてどれでしょう」
もうこの時点でプレシアには期待してないわよ。だって宇宙猫みたいな顔になってるもん。
しばし唇の下に拳を当てて黙考していたフロックス男爵令嬢が意を決して、
「カフル、ですか?」
予想を口にするけど残念。
「サンティね。ああ落ち込まなくていいわよ、着香してあるとどうにも香りと味の判断が鈍るし」
少しだけフロックス男爵令嬢が気を落としてるけど、それよりはお茶の味を楽しんで欲しいわね。お姉様から分けて貰った希少な茶葉だし。
「で、フロックス男爵令嬢はいいの? ここであっち行っとかないと多分この先苦労するわよ?」
からかう振りしてそう尋ねてみるけど、フロックス男爵令嬢はスッと真顔になって私の視線を真っ正面から受け止める。
「彼方には達筆かつ多才な方がいくらでもいるでしょうし。フロックス男爵が長女アレジア・フロックス、微力ながらアンティマスク伯爵令嬢アーチェ様に忠誠を尽したく」
「私じゃなくてお姉様に忠誠を尽してくれるとありがたいんだけど。では今後とも宜しくね、アレジア」
「刻苦勉励致します。私のことはどうかアリーとお呼び下さい」
「分かったわアリー、私のこともアーチェと呼んでね。頼りにさせて貰うわ」
さて、そんなこんなで一人残った男爵令嬢との形式的なお話は以上かな。
彼女がスパイの可能性とか――考え出すとキリが無いけど、あの時彼女が流した屈辱と怒りの涙が芝居だったというなら騙されてやってもいいさ。
少なくともあの涙は、前世の私と同じだけの熱と重さを持っていたと、そう感じたから。
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