■ 47 ■ 聖女を探せ




 さて、そんなわけで学園に通学するようになって一週間。そろそろ学園生活を日常と呼ぶようになってきた頃である。

 なお学園のクラス分けだけど、能力別に割り振られたりとかはない。クラス分けはあくまで一人の教師が複数の学生を指導できるようにするため、つまりタイムスケジュール調整以上の意味は無い。


 一年目は授業の半分は全員同じものを受けつつ、残り半分が選択科目。二年生以降は全てが選択科目になって、取得した単位によって卒業後に就ける職が決まる形だ。

 つまり学園がランクを決めるんじゃなくて、生徒が自分のランクを決める形になってるわけだ。


 一年生から中々気が抜けない話だよ。単位数足りてれば卒業だけはできるけど、選んだ講義でランク分けされるって事だからね。

 卒業後要職に就きたいなら自分から難しい講義を受けにいく必要がある。嫌なら簡単な講義で単位を稼げばいい。


 だけど卒業だけを目指して楽な講義だけを受けていくと、卒業はできても出世は難しい。食っていくぐらいは何とかなるけどね。

 異世界学園によくある上からの目線じゃなくて、学生の主体で将来が決まるっての、悪くはないんじゃないかな。


 文系か武系かもこの選択で決まることになるし、ある意味ここで未来が決まると言ってもいい。三年間で自分の未来すら決められない奴には貴族として民を率いることはできないってことさ。厳しいね。

 私からすれば異世界学園にありがちな「あらあらまあまあ、無能の弓神のご加護は最下級のFクラスですのね?」みたいな茶番劇に巻き込まれずにすむこのシステムは正直ありがたいけど。


 何にせよ、この学園でキチンと受業を選択して単位を取得していけば貴族として必要な知識は概ね身につけられる。

 私は一度社会人やってるから、教育の重要性は多分他の学生より理解できていると思う。


 WEB小説とかだと学校って「習うことなんて何一つない、主人公に箔を付ける場所」だけど、それはチートがある奴だけができる振る舞いだ。

 テラフォーミングに興味がない私からすれば、この世界で生きるのに必要な知識を学べるここは軽んじるべきではないけど、


「やることいっぱいあるからなぁ……」


 授業中、流石に一年の授業はだいたい知っていることしかないので、ノートを取るまでもなく溜息を吐く。

 軽んじたくはないけど、授業の優先度はこれから国が魔族と戦争に入ることが前提な私としては下げざるを得ない。


 多少ケイルやダートに年齢差はあったけど、ルイセント、アイズ、フレインが同い年ということはプレシアも今年入学してきている可能性が高い。

 早めにプレシアと接触したいところだけど――学生、多いんだよなぁ。どこかですれ違ってはいるかもしれないけど。



 このアルヴィオス王国には現在二百ほどの世襲貴族家が存在する。

 その貴族家が正副予備とだいたい三人くらいの子を産むわけで、さらに騎士爵家や大店からも入学する子供はいる。


 騎士爵は土地持ちがおおよそ二千、領地無しが六千人ほど。ただしこれは王家直轄の国家騎士だけの数で、各貴族家の土地に住まう領属騎士まで含めると八万人近くにも上る。

 ここら辺の家から学生たちがやってくるわけで、そりゃー学園生も多くなる。学院の生徒は前世の大学ぐらい、即ち一万人ぐらいはいるってことだ。


 そんなわけで未だにプレシアの姿を確認することができず、もしかして聖女までゲーム開始時に死亡人員に含まれてるんじゃないか。

 そうやきもきしていた最中にようやく私は聖女を見つけることができたわけだけど――




「お待たせしました、お姉様」

「いいえ、今来た所よ」


 昼休み、お姉様及びシーラと合流して食堂へ向かう。

 学園の昼休みは長めに二時間を取られていて、というのも四つある学食を以てすら一万を越える学生を捌ききれないというのが最大の理由だ。

 前世みたいに高度にシステム化された厨房とか無いからね。火は薪で熾すし、トレー持って並べば機械的に料理は出てくるとか夢のまた夢だよ。


 二時間あればいったん家に帰って食事をすることも可能だし、時間をばらけさせることもできる。

 弁当を持ってきて中庭で食べるという手段もあるし、何よりアフタヌーンティーを楽しむ余裕はまぁ、大事だよね。


「今日はどちらに行きます?」


 基本的にお金のない騎士爵令息とかは弁当で、上位貴族や西側貴族は家食、それ以外が家格に応じた学食を選ぶ感じかな。

 私たちは今のところ間二つの食堂のどちらかセカンダスかターシャスを利用する流れに自然となってるね。一番下クォータスは品質がちょっと、という感じだし、プリムスは上で気軽に使うには気後れするしね。


「近場でいいのではないかしら? 二人は何か意見ある?」


 まだどの学生も距離感を掴もうとしている範疇らしく、私たち三人と同席しようとする学生はいない。

 ただ如何なる監視網を使っているのか、若干離れた席に必ずアイズかフレインが位置取っているの、心強いけどちょっと心配にもなるわ。

 彼らには彼らで自分の一生を楽しんで貰いたいものだし。作れるなら友達の一人でも……ってこんな事考えるからケイルに「姉というか母親みたい」なんて言われるのよね。


「いえ、じゃあターシャス第三食堂にしましょう」


 そんなわけで三人揃って――無論、後ろにそれぞれの侍従が控えてるから正確には六人だけど――食堂へ向かう最中に、


「何かしら、妙に中庭が騒がしいような……」


 確かにザワザワとしか言いようのない声がさっきから耳を汚していて、正直無視したかったのだけどお姉様は興味を惹かれたようだった。

 詳細な話の内容は分からないけど、何が話されているかは空気のささくれ具合で分かる。こういうのは異世界だろうと何だろうと変わらないものだ。


「嫌だわ、ここは王城の敷地でしょう? 何であんな娘がいるのかしら」

「衛兵は何をやっているのでしょう。こういうのは彼らの仕事でしょうに」

「男子学生も頼りないこと。こういうときは自ら率先して動くべきではなくて」


 ……ああ、やっぱりだ。

 クスクス笑いと本気の嫌悪。甘く、甘く、とろかすように人の心を蚕食する害意。イジメというオブラートに包んだ言葉で語られる暴虐な私刑リンチ

 本来許されざる暴行であるにも拘わらず何故か日本では死ぬまで助けて貰えない、被害者が死んでなお更生の機会を名目に加害者のみが救われる社会の病巣。


 人がどんな外見であろうと、どんな育ちであろうと、それを理由に攻撃することは許されない。

 で、ある、筈なのだが。


 うん。なんて言うか、これは仕方が無い。

 騒動の渦中、中心にいる人物の背中を目にして、人の悪意が大嫌いなパワハラで折れたマンたる私ですら少し納得してしまった。


 薄汚れたワンピースは所々継ぎ接ぎがしてあって、しかしそれですら補修が間に合っておらず実に風通しの良さそうな有様。

 素足で履かれた革靴もズタボロで、木靴じゃないだけまだマシと言った様相。

 それらの衣服に包まれたる身体も随分とやせ細っていて、これはどう見ても貴族令嬢と言うよりは貧民としか言えまい。

 実際弁当運搬用のバスケットすら持ってないようで、やはり継ぎ接ぎの風呂敷上にあるのは正直スープ無しでは歯が立たないと謳われる堅パンである。


 ……ここ、学園ぞ? 王城の敷地内ぞ?

 令嬢たちが嫌悪と、そして薄い恐怖から拒絶の言葉を吐き出すのも貴族令嬢である今の私には理解できてしまう。

 虐められる側にも責任がある、というのはこの世で最も賤しい台詞の一つではあるが、虐められる側にも原因がある、というのは事実の一つでもある。


 当然、その原因というのは虐められる側が悪いという意味ではない。

 攻めやすいとか、侮りやすいとか、殴りつけるのに丁度よさそう、とかそういうような意味合いである。ろくな意味じゃないけどね。


 そういう意味ではこの渦中の、多分少女。この場所においては原因となる要素をありったけ固めて転がしたかのようなある意味挑発的・・・な存在でしかないだろう。

 だって、王家の威信にかけて『このような輩がこの場所にいることなど本来許されるべきではない』のだから。


 流石のお姉様とシーラもこれを前にしてはただただ絶句するしかないようで――ただ、お姉様は自分が王家の婚約者であることを思い出したらしい。


「あの、もし?」


 ここは王家の威信にかけて自分が動くべきと判断したか、その人影に声をかけて――

 私たちのほうを振り向いた、今にも零れだしそうな涙を堪えた瞳に、一瞬にして私の思考は真っ白に漂白される。


 輝いてはいないけど汚れてもいない、しかしろくに梳ってもいないであろう金髪に、怒りと涙を湛えた銀色の虹彩。

 本来なら誰にも見向きもされない、自己を主張する要素が徹底的にそぎ落とされながらも整った顔立ち。

 極めて目立ちにくいステルス美少女。


――お前ぇ! よりにもよってベリーハード以上の貧困っぷりだな聖女プレシアァ!


 基本、聖女としての才能を買われて貧乏貴族に買い上げられ学園に放り込まれたとこからゲームスタートとはいえ、ここまでの貧乏っぷりは流石に予想外だ。

 いやちょっと待って、プレシア養子にしたの貴族だよね? そうじゃなきゃここにいられないもんね? だったら最低限の身なりぐらい整えさせるよね?


 ……どこぞのお貴族様だぁクソが。

 私がお姉様の時に散々呆れたように、貴族令嬢が駄目なのは基本親の責任だ。


 聖女がこの様なのは全て親が悪い。どこの貴族だか知らんが後で〆んぞこれぇ。

 これで聖女が貴族社会に怨恨を抱いて魔王と手を組むENDに走ったら貴様のせいだぞまだ見ぬプレシアの義父様よぉ!!


――って、あれ、もしかして今相当ヤバいのでは?


 冷や汗が、背中をじっとりと濡らす。

 そうだ、最近すっかり忘れてたけどミスティはゲームにおける悪役令嬢、プレシアと対立する敵である。

 その切っ掛けとなる台詞って何だったっけ? なんてそんなのアーチェとして生きた八年間があってもまだ思い出せるぞ。


 いかん、言うなお姉様。

 でもああ、背後から口を塞ぐわけにもいかないだろうし、頼むから言わないで――


「貴方、来るところを間違えているのではなくて? ここは国を治める貴族たちが切磋琢磨する学びの場よ。貴方のような身分の者が入っていい場所ではないの」


 あーあ! やっぱり言っちゃったよお姉様! 私の油断で止める暇もありませんでしたぁ!


 ……うん、わからんでもないのだ。

 この学園の中庭にどう見ても貧乏な庶民姿の少女がいるというありえない状況。

 これに対する解釈は二通りで、


 1.身なりを整えることもできない貧乏貴族がこの少女である。

 2.間違って庶民がこの場に入ってきてしまった。


 のどちらかになる。そしてこのどっちの可能性が高いかは――うん、どっちとも言いがたい。

 憲兵を無視して庶民が貴族街を潜り抜け王城の敷地まで来られる可能性は極めて低いが、貴族の令嬢がここまで貧した姿で学園にいる可能性もまたあり得ない程に低い。


 だからお姉様は純粋に二つ目だと思って、毅然と庶民に優しく・・・忠告をしただけなんだろうが――正解は一つ目の方なんだよなぁ。

 できれば前者の可能性も意識してものを語って欲しかったけど……でもそこで外れの方引いちゃうのが何事にも運の悪いお姉様らしいと言うか。


 とか呑気に考えている場合じゃないって!

 周囲から散々異物扱いされて怒りでパンパンになっていたプレシアはどうやらお姉様の一言で完全にプッツン切れちまったようだった。


「う、あ、アァアアアアアアアアッ!!」


 お姉様などとは比較にならない速度でその場から立ち上がったプレシアが流れるような動きで――


「お姉様!」


 間に割って入り力任せの拳を止めようとするも、私はアンティマスク家お抱えの武芸師範から「接近戦を行なうのは止めた方が良い」と太鼓判を押されている身である。

 慌ててピーカブースタイルを取るも当然のようにガードは間に合わず、


「ぶべっ!」


 プレシアの拳が私の鼻っ面を捉えておぅふ、口の中にちのあじが。

 クロスアームにしときゃよかった。だがこれいじょうはさせんよ。


 向こうも体勢なんて考えず全力でぶん殴ってきたものでバランス崩しているし、こっちもこっちで出血からの脳みそレッドゾーンだ。

 思いっきりローキックをぶち込んでプレシアがよろけた拍子に腕を掴んで引っ張り上げ、逆の腕を股に差し込んでぐいっと――うわ、こいつ軽っ!


「ジーラあどばばがぜだ!」

「え、は? ちょっとどこ行くのよアーチェ!?」


 プレシアをファイヤーマンズキャリーして走り出す。すげー、火事場の馬鹿力ってスゲー、本当に私でも人一人担ぎ上げられてる。

 いや、私も一応は鍛えてるしこれ怪我人の搬送に一番楽な運び方だってのもあるけどね。なんにせよ、


「お嬢様!? どちらへ!?」

「離して、離しなさいよクソ野郎!」


 うるせー、何にせよこれ以上プレシアとお姉様の仲が拗れてたまるか。

 そーだよ、私自身は最終的に魔王を倒してくれる聖女の味方するつもりだったけど、よく考えたら私悪役令嬢の取り巻きじゃん。それを忘れて呑気に聖女対策を怠ってた私の失態だこれは。

 あとプレシア、私は男じゃないから野郎じゃ無くて女郎だ言い直せ。


 首の後ろでプレシアが暴れてるけど、こいつ不安になるほど手足細いな。美人の枠を越えて病人寄りだぞ。

 初撃のグーパンこそ何事にも鈍い私には止められなかったけど、こうやってホールドしている状態では私のほうが腕力は上だ。

 然るに火事場の馬鹿力が発揮されている今は何としてもお姉様とプレシアの距離を取る! 後のことはそれから考えればいい!




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