■ 46 ■ 炎の入学生現る Ⅱ




「ええと、聞き間違いかしら。私の配下になる、といっているように聞こえるのだけど」

「左様、配下にございます」


 警戒するアイズとケイルなど涼風同然とばかりに一度微笑んだフレインが瞬時に表情を引き締める。


「御命令とあらばこの身を壁と為すこと一片の悔いなく、戦えと命じられれば神々だろうと剣を向ける。アーチェ様の手足とお使い頂ければ幸い」


 いや全然幸いじゃないから。お前なに言ってんの?

 お前の忠誠は聖女に向けてればいいんだよ、それがはぁ? 私に頭下げてどーすんだ。

 ってか何で私なんだよ。おかしいだろ?


「……その、つかぬ事をお聞きしますがレティセント侯爵令息」

「フレインとお呼び捨て下さい、アーチェ様」


 言えるかボケェ! そっちの方が家格が上なんじゃい!


「私、貴方に何かしたかしら? 忠誠を向けられる覚えが全くないのですが」

「なんと、姉へのご厚情など広大無辺の海原に消える白波の一つに過ぎぬとは。このフレイン、感佩の至りにございます」


 姉へのって、あ、そうか。こいつ救うためにリタさんは【暴魔】の治療薬を作ってたんだっけ。

 私がそんな過去を思い出すと同時、フレインがフッと春風のような微笑を浮かべる。こいつ、作り笑顔の裏にある私の内心を読みやがった。侮れないわね。


「私がリテラさんと交わしたのは正統な取引ですので、感謝される謂れがないのですが――」

「姉が試行錯誤を繰り返せるだけの金銭的余裕を持てたのは偏にアーチェ様の温情故と」


 あ、あの大幅値下げか! そっかー、確かに私が伝えたのレシピだけだから、薬が完成するまでの試行錯誤で材料が無駄に消費されるわけだ。

 それを踏まえるとリテラさんには更なる出費があの時点で予定されていたわけで――だから私の値引きがめっちゃありがたかったってワケね。理解は出来たわ。


 でも納得できるかとはまた別の話だからねこれ!


「ええとですね、私は貴方の未来が無限に開かれることを願ってリテラさんと交渉したわけで――それをわざわざ閉ざすような真似はどうかと思うのですよ」


 せっかく拾った未来だろうが、それを伯爵令嬢ごときのために使い捨ててどーすんだ。

 いや、プレシアの家格は伯爵家より低いかもしれないけどさ、あっちは聖女だからいいじゃん、別枠で。


「天使たる御身にお仕えすることこそ無上の喜びとご理解頂ければ、何卒」


 うるせー何卒じゃねーやい! 空気読めや! いやお前がそういう性格なのは知ってるけどさぁ!

 そもそもこのフレイン、忠義者なのだが基本的にキャラが自己完結してるせいで微妙に話が通じないんだよなぁ。


 選択肢で「いいえ」を選んでも再びループして「はい」か「いいえ」を聞いてくる無限ループに陥ってる事もしばしばだし。

 その一方で炎属性にありがちな熱血馬鹿とは無縁、普通に頭がいいのだ。くぅ、言葉にして並べてみると面倒極まりないな! なんなんだこいつ。


(姉さん、何なら僕とケイルが叩き出すけど)


 アイズが小声で「さあ命じろ」とばかりに囁いてくるけど、珍しく「僕とケイル」と言っている辺り、アイズは正確にこいつの実力を読み取っているようだ。

 うん、分かるわ。だって見た目にこいつ、めっちゃ鍛えられてる! 


 私も乗馬及び流鏑馬の練習は七歳からずっと続けてきた。だから多少は分かる。

 筋肉を無駄に肥大化させず、馬の重荷とならない限界ギリギリを見極めた、その精悍な体つき。騎士としての最適解。肉体の完成度だけならアイズを軽く上回るもの。


 とすると……ここでこいつを門前払いしてよいものか? 一応私の命に従う、ってんなら対魔王戦には参加させられるわけで。

 とはいえ侯爵令息を伯爵令嬢が配下にするってどうなのよ、外聞悪すぎるわ。

 身の程を弁えない女っていうふうに周囲から見られるのは――いや、もう今更の話か。

 ならば。


「レティセント侯爵令息」

「フレインとお呼び捨て下さい、アーチェ様」

「……フレイン様。私の譲れない矜持として配下には給与を支払わねばならない、と考えているのですが、学徒たる私は未だ無給の身。故に配下を持つことは私自身が許しません。ひとまず志を同じくする同志、という形でご満足頂けないでしょうか」


 え、ケイル? あいつぁいいんだよ。お父様が給金支払ってるし。

 でもフレインにはお父様が金払う理由がないし、私も侯爵令息に十分な給料を与える余裕はないもの。ですのではい、フレインの雇用は無理。諦めてくれんかね。


「御身の御心こそ無上の報酬と心得ます。金子はこの際不要どころか害悪と愚考致しますが」

「私の心の問題と申し上げました。私の配下たるを望むフレイン様ですのに、私の望みには配慮して頂けないのですね」


 詭弁だぞ。だって私の配下じゃないなら私に気を使う必要はないからね。

 はてさてそれに気づいたか、いや気づいても気づかぬふりをしたか、


「失礼致しました。然らばこの身は同志として天使たる御身を御護り致しましょう」


 一応配下云々は取り下げてくれたようで、やれやれ。頭のいい熱血キャラって厄介だわ。


「と言うわけでお姉様、シーラ。レティセント侯爵令息「フレインとお呼び捨てください」……フレイン様が陣営に加わりました」

「そ、そう……よかったわ、多分」


 最後に多分がついてるのがお姉様らしいっちゃらしいけど……気持ちは分かる。私だってこれでよかったか分からないもん。

 ただこれでミスティ陣営にダートを除く全てのプレイアブルが揃ったわけだから、戦力としては申し分ない筈だよ。


 なお、フレイン参画のインパクトが強すぎて入学式の内容は全く頭に入ってこなかった。

 新入生代表挨拶でルイセントがなんか言ってたと思うけどまったく記憶にございません。

 ついでにお姉様が私とフレインの関係を根掘り葉掘り聞いてくるもので、フレインの盛大に盛られた解説を都度修正しながらトドメに、


「私の結婚相手はお父様がお決めになるのでお姉様が今抱いている感情の全ては無意味です」


 と伝えてやるとお姉様はともかくモブBまで「枯れてんなこいつ」みたいな視線を向けてくるのはちょっと納得いかなかったよ。

 だってどうせ自分で決められないなら恋するだけ無駄じゃん? 私としてはそんな無駄なことしても仕方ないと思うのだけど。


「無駄だからしないって、それでよくあんたアンティマスクの娘って言われるの嫌がれるわね


 なんてモブBにツッコまれたのに上手く返答できなかったのはちょっと悔しかったぜ、へっ。相変らず優秀だなモブBよええ?

 まーだからってここで「なにをー!」って奮起して恋愛できるなら私前世でパリピ嫌いのクソ腐女子になってないんですわ。

 そんなこともあって今日の私は完全にキャパオーバー。聖女を探すどころの話じゃなかったわよ。


 しゃーねー、聖女はまた明日探すしかないね。

 可能な限り周囲の会話にも耳を傾けてたけど、誰の話題にも聖女の話は俎上に上がってなかったし、まだ大丈夫でしょ。




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