第二章 学生期 アーチェ・アンティマスクと芋洗いの日々

 ■ 46 ■ 炎の入学生現る Ⅰ




 さて、そんなわけでいよいよ私も今年で十三歳。学院に入学する年齢だ。

 十三歳から十五歳までの貴族子女を集めて教育を施す王立貴族大学院は貴族街の内側、つまり王城の敷地内にある教育施設である。


「姉さん、忘れ物とかありませんか? ありますよね?」

「信用無いわねー、私が忘れてもメイが忘れないわよ」


 北は王城及び議事堂を十二時として時計盤に当てはめると、象牙の塔魔術研究室が四時の方向、王立貴族大学院が八時の方向だ。

 貴族街は北に行けばいく程有力貴族が集う形になっているので、だから実は下位貴族の方が通学は楽だったりする。


「では行きましょうか。準備はいいかしら? メイ、ケイル」


 ちょっとおめかしした服装の上から黒のオーバーコートを纏い、その胸元には一年生の色である緑の石に校章が刻まれたブローチが光る。

 うん、準備は万端ね。見える範囲では。


「はい、お嬢様」

「問題ございません」


 もっとも上位貴族でも東側に位置していると当然西寄りの学院は遠くになっちゃうんだけどね。要するに四時の方向にあるウチとか。

 土地の東西と、貴族街の東西もある程度比例するように割り当てられてるからなぁ。まあ象牙の塔魔術研究室側入口から入って突っ切ればそんな時間はかからないけどね。


「いざ鎌倉! 行くわよアイズ!」

「いやそれどこですか姉さん」

「いざの枕言葉! 出発進行!」

『行ってらっしゃいませ、アイズ様、アーチェ様』


 今日は入学初日ということで、アンティマスク家冬の館に残る全使用人が総出で見送る中を、アイズと二人並んで登校だ。

 無論この中にお父様はいないよ。というかもう夏の館に帰ってるし。仮にいても出てこないだろうけど。


 なお、通学にはどれだけ上位の貴族でも馬車の使用は禁止されている。

 というのも学園卒業後には徴兵期間が待ち受けているからで、馬車でしか移動できない連中なんざ徴兵しても役に立たないからだね。


 そんなわけで象牙の塔魔術研究室側入口から王城の敷地内へ入り、ここからは黄色い煉瓦の道なりに歩けば学院へ辿り着く。

 というか煉瓦の道を外れると私たち学生すら不審人物と見なされかねないからね。王城の敷地内、ということは常に念頭に置いておかないと。


「私たちは歩き慣れてるからいいけど、これ東側領地の子供たちは大変そうね」


 一応視界の先に学園の時計塔は見えているのだけど――距離はやっぱり結構あるわ。まあ三十分はかからないだろうけど。


「令息なら皆多少なりとも鍛錬はしているでしょうが、令嬢は内心不満かもしれませんね」


 入学するのはほぼ大半が貴族なので、全員が貴族街は冬の館からの通いだ。

 王城敷地内に居住できるのは王に認められた者だけだから、この学園は学園寮を備えることができない。貴族街に寮を作る意味が無い。

 だから数少ない例外庶民は下町に家を借りてそこから通う。要するに皆徒歩通学が必須というわけだ。


 そんなこともあって、贅沢三昧の貴族家でも子供にピザ体型は殆どいない。

 舐められたら負けの貴族社会だ。学園に登校するだけでフウフウ言いながら汗まみれになってるなんざ、致命的な屈辱だからね。汗かき体質の人はまあ、あれだ。諦めてくりゃれ。


 そんなわけで王立貴族大学院、しかし何故か通称は学園と呼ばれる、今後三年間を過ごす学舎正面の学園正門大通りに到達。

 今日は流石に初日ということもあってみんな制服の黒いオーバーコートを着てるから代わり映えがしないわね。


「アーチェ、こっち」

「あ、おはようございますお姉様。今日もお美しいですね」


 と、相変らず陽光を照り返して輝く御髪のお姉様は相変らず目立つ――いや、今はそんなに目立たないか。制服のオーバーコートに可愛い帽子まで被ってるし。

 異様な美人ではあるけどお姉様、身長だけは平均的だからごった返す学院前通りではノッポのほうがよっぽど目立つのよね。

 今日は式典ということもあって皆侍従を連れてきているから、そのおかげで割と目立たずにすんでいるみたいね、僥倖僥倖。


 なお、今日はお姉様はルイセントと別行動だ。あっちは王族とあって式典の時は色々忙しいらしいから仕方ないね。

 そんなわけで虫除けも兼ねて、今日はアイズとケイルに同行して貰っているのである。

 ……王子の婚約者に手を出す輩はいないだろうけど、キール・クランツみたいな調子こいた馬鹿が出てくるかもしれん。油断は禁物だ。


「そちらがアーチェご自慢の弟さんね」


 なお、お姉様とモブBには若干辟易されるほど写真と共に弟語りしてたので、口調が完全に断言である。


「ええ、姉より優秀な自慢の弟ですわお姉様――アイズ」


 私の紹介を待っていたアイズがスッと一歩前に歩み出てお姉様の前にて膝を折って屈み、


「お初にお目にかかりますエミネンシア侯爵令嬢。アンティマスク伯爵グリシアスが長男、アイズ・アンティマスクと申します。以後お見知りおきを」


 片膝が石畳につくギリギリをキープしてお姉様の手を取り、その甲に額を付ける。これが男子から女子への最敬礼ね。

 手にキスが出来るのは親しい者と婚約者とだけよ。あと屋外だと膝が付けないから慣れてないとこの挨拶、プルプル震えて非常にみっともなくなる。

 ま、ウチのアイズは鍛えてるから余裕だけど。

 同じくモブBにも挨拶を済ませて、皆で学園の門をくぐろうとしたところで――なんだ?


「ケイル、姉さんと令嬢の安全を」

「心得ております」


 スッと門扉の側に屹立していた人影が躊躇いなき足取りで一直線にお姉様目指して――じゃない、私?

 アイズとケイルが油断なく身構える前で、私たちと同様学園指定のオーバーコートを纏った赤毛の青年が膝を折って、あ、こいつ!


「お初にお目にかかりますアンティマスク伯爵令嬢。レティセント侯爵ウィリアが長男、フレイン・レティセントと申します。以後御身に対し忠誠を誓うことをここにお約束致します」


 三人目のプレイアブル、剣の勇者候補の一人。

 長い赤髪を風に靡かせながらフレイン・レティセントが私の手に額を付けてアイズに負けず劣らず立派な最敬礼を――何で私に?

 お姉様もモブBも完全に呆気にとられていて、一体なにが起こったんだという顔を私に向けてくるが私だって分からんわい。


「ええと、その……忠誠?」

「は、本日は学徒たる身分故剣なき身ではございますが、我が剣と忠誠を天使たる御身へ捧げたくこの場に罷り越しました」


 立ち上がったフレインの、至極真面目な緑の瞳に冗談めかした色はなくて。ええと、一体何なのこれ? 聖女プレシアじゃなくて私? なんで?

 左右を見回してみてもモブBとお姉様は、


(天使!? 言うに事欠いてアンティマスクを天使!)

(アーチェが天使ですって! きゃあ!)


 どこか呆れ、囃すような雰囲気になってるし、アイズはアイズで――こらぁ! 氷の剃刀漏れ出てんぞ! 鎮まれ、鎮まりたまえぇ!


「ええと、レティセント侯爵令息も私たちの陣営に加わりたい、と言うことでいいのかしら?」


 ススッとアイズの側に身を寄せながら――おい早く鎮まれマイブラザー――フレインに真意を問うも、


「いえ、あなた方ではなく――このフレインは貴方一人のために、我が未来を切り開いて下さった貴方様に不滅の忠誠を誓うためにこの場にはせ参じたのです、アーチェ様」


 ごめんマジ分かんない。

 私に忠誠を誓うってなに? あんた侯爵令息の惣領息子でしょ、私いずれお嫁に行く伯爵令嬢ぞ?




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る