■ Ln04 ■ 枝話:高無彰子
「す、スラムが突破できない……」
モザイクがかかったアーチェの死体を前にしてヘッドフォンを外し、ベチャリとディスプレイの前に頭を垂れる。
ちくせう、この主人公分かってたけど本当に弱いな! クソの役にも立ちやしねぇ!
冗談じゃないぞ。これじゃどんなにアイズやケイルが強くても話にならないじゃないか。
愉悦部め、どういうゲームバランス考えてんだよ。強制挟み撃ちにされるとどうやってもアーチェに攻撃が飛ぶし、回復アイテムはこの時点ではナシ。
雑魚はアイズとケイルで全滅させても次のターンになると補填されるし、ボスのダートはアイズたちの攻撃を単体集中しても倒しきれずアーチェが死ぬ。
しかもそのアーチェは単体攻撃しかできないくせにどう育成しても火力不足で、雑魚をアイズとケイルに任せてアーチェでダート削ろうにもMP尽きるのが先とか……
「使えないにも程があるわよ。作者馬鹿なの? こんな火力もない口先だけのキャラが愛されると思ってんの?」
おーい、ダートよぉう私の推し様よぅ……君が来てくれて嬉しかった。しかもケモ耳と尻尾まで生えていると知った時には興奮して手が震えて夫に病気を疑われるまでしたよ。
今だってこうやって戦闘でボコる度に私のHN、ショタチン食む太郎の名が軋むような苦しみを覚える、こいつを早く
「うぉああああっダァーートォーーぅ! お前いつになったらパーティー淫してくれるんだよぉう!」
「そこはかとなく卑猥な言葉が聞こえた気がするけど」
「錯覚! あとマコちゃんお酒!」
「はいはい、ほ○酔いでいいよね」
夫がよく冷えた缶チューハイを冷蔵庫から持ってきてくれて、うん、この人と結婚して正解だったと思う。
マコちゃんじゃなきゃゲームして暴れた挙げ句に突っ伏す変態にここまで優しくしてくれないだろうし。あー、幸せだ。
カシュッと缶を開けて中身をグイッと胃の腑へ流し込むとキンキンに冷えたチューハイを喉に流し込む。あー、幸せだ。
これでよー、ダートのイベントスチルが解禁されれば私もっと幸せになれるんだけどさ、毎回毎回このクソザコアーチェが勝てないせいでよぉう。
耐久型にしても駄目、火力特化にしても回避特化にしても駄目。どの才能もアーチェにはないみたいで、五ターン目には絶対に落ちてゲームオーバー。
今更だけど、このゲームの主人公が聖女プレシアじゃなきゃいけない理由がよく分かったよ。回復なしの戦闘とか無茶苦茶辛い。
本編ではプレシア主人公だからホイホイ回復できたけど、この世界の住人、ぜんっぜん怪我治せない環境で生きてるのな。なのに聖属性持ちは希少とか、そりゃ人も死にまくるわ。
順調にアーチェの死にスチルだけが増えていく。もう三ページ目まで全部アーチェの死にスチルだよ?
最近じゃ幼女の様々な死に方がそそる! なんて変な方向で話題になって男性プレイヤーが増えてきてるとかいう話も聞くし。
……頼むからこのゲームやって実犯罪起こさないでよ? 私たちまで巻き添え食って犯罪者予備軍にされたくないからね。
「そんなわけでマコ先生、ヒントを、ヒントを下さい……」
ソシャゲやってた夫の前に頭を垂れると、「ちょっと待って今総力戦だから」とさっくりボスを倒したらしい夫がスマホの画面を消して、
「どれどれ?」
とディスプレイを覗き込んでくる。
「今回はプレイアブルになるキャラが敵だからさ、育成度チェックのバトルだと思うんだけどさ。主人公をどう育てても推しに勝てないのよ」
「彰ちゃんが推しだから手を抜いてるとかじゃなくて?」
「ないない。今すぐダートのイベントスチル拝みたくて無茶苦茶バリタチでダートを攻めまくってる!」
「ふむ……」
夫が顎に手を当てて考え始めたので椅子を譲ろうとしたところ、
「じゃあもう一回、ボスに挑むところ――いや、章の最初から初めてみてくれる? 後ろで見てるから」
「はいよー」
夫が椅子代わりのバランスボールを準備している間にセーブデータを呼び出して、バトル前じゃなくて「第八章 アーチェ・アンティマスクと荒野の餓狼」から再スタート。
さてさて、この章はワルトラントが今どうなっているのかを獣人に接触して情報を得よう、というストーリーなわけだけど、
「このアーチェちゃん、随分と活動的だね」
「まー、行動がかなり男性向け小説の貴族よりではあるよねー」
一般的にこういう異世界ファンタジーものだと、女性向けは何故か現代社会をそのまま移植して服だけ替えたような異世界が普通だ。商品や食事は全部現代そのまま。喫茶店もあるし学生が学校帰りに個人でお茶するし貴族は毒殺なんて恐れない、当然料理は全部現代レベルね。クリームソーダだって出てきちゃう。
逆に男性向けだと、貴族令嬢だろうが何だろうが武器持って冒険者やったり魔獣殺したりしに行くのが多いのよね。伯爵家だろうと侯爵家だろうと公爵家だろうと関係なし。単独で下町に向かい、単独で魔獣を殺しに行く。
どっちもお付きの人無しで行動するのは当たり前。まぁお付きを付けるとどうやっても主人公の活動の幅が減るからね。
だってお付きがいると、貴族を活躍させるにしてもなんでお付きの人は止めないの? って話になるし、窮地に陥るにはお付きの人が盾になって死んだり無能になったりしないと話が進まないし。
要するに異世界ファンタジー貴族にとって侍従や配下ってのはテンポを悪くする足枷にしかならないってことだ。
ただこのアーチェは伯爵令嬢なんで必ずお付きのメイが付いてくるのよね。下級貴族のプレシアは単独行動だったけどさ。
さて、弓を持っていくかどうかの選択肢が出てきたので、ここでYESにカーソルを動かすと、
「ちょっと待って彰ちゃん、そこで武器持ってくから戦闘になるんじゃない?」
「と、思うじゃん? 持ってかないとどうなると思う?」
「……戦闘無しでゲームオーバー?」
「正解、流石は真弓美の弟よ。会話が進んだあとに画面が暗転して、アーチェの死体はスラムの溝に捨てられましたでバッドエンド」
なお、この死に方にはスチルが存在しない。というのもあれだよ、普通に考えれば、ね?
高貴な女性が(まだ少女だけど)スラムで襲われたらどうなるかはね? ほらCER○レーティング的に完全アウトだから。
そんなわけで現在最も勝率が高いのではと言われている、確率クリティカルの弓魔術をアーチェに覚えさせて戦闘に突入するんだけど、
「とまあ、こんな感じで負ける」
ぶっちゃけアーチェってば
理論値でクリティカルが四回連続で出て数値が上振れすればダートを倒せるんじゃないかって試算があるんだけど……その為に必要な
とまあ、完全なお祈りゲーになっちゃってる横で我が旦那様は渋い顔だ。
「……ねぇ彰ちゃん、このゲームって確かプレーヤーの裏を徹底的にかいてくるのが常道だったよね。だから多分それ突破は無理だよ」
「えー、じゃあどうやって勝つの? 現時点で判明してるアーチェとアイズとケイルの魔術はこれだけど」
汚部屋で共有しているパラメータと魔術習得を表にしたエクセルを開いてみせるけど、夫はそれを一瞥しただけで、
「彰ちゃん、また章の最初からプレイしてさっきの分岐で武器を持っていかない方選んで」
「いいけど、ゲームオーバーよ?」
「それでいいよ。ゲームオーバーが見たい」
何か夫が幼女アーチェの死を見たい、とか言い出し始めて不安になるけど――とりあえず言われたとおりにゲームを進めて、うーむ。
『馬鹿な奴だ。そんな出鱈目で俺たちを操れると思っていたとはな』
というおきまりのダートの台詞の後に、画面が暗転。会議部屋でお話ししていた最中に突如としてアーチェは殺されてしまうのでした。
というわけでゲームオーバー画面を見ていた夫が、真面目な顔で私のほうを見つめてくる。ウホッ、いい男ね。
「彰ちゃんこれどういうシーンなの?」
「あー、えーっとね。本編シナリオだとね、このまま話が進むと王都クリティシャスで暴動が起きるのよ。それで真弓美の推しが死ぬんだけどさ、DLC版だとその暴動をこいつらが起こすんじゃないか? っていうストーリー」
私もこれでダートを説得できればワンチャン真弓美の推しが死ななくてすむんじゃないの? とストーリー読んだ時は少しだけウルッとしちまったんだよ。
まあその後に相変わらずアーチェが死にまくるんでその感動なんてどっか行っちまったけどね。ヘッ、しょせん時報は時報かよ。
「……彰ちゃん、これニューゲームから始めても大丈夫?」
「最初から? まあ、既読全部飛ばせば二時間ぐらいでここまでこれるから大丈夫だけど」
どうやら夫はアーチェを最初から育成したいみたいだけど……
「育成パートもマコちゃんやる?」
「流石に乙女ゲーはやる気起きないよ」
あーはい、わかってます。これは私のプレイだからね。マコちゃんには押しつけないって。
「で、どのパラメータ伸ばす?」
「えっと――」
――――――――――――――――
「……ぬけた、こんなのあり?」
ゲームパッドを持つ手が完全に固まっちまったよ。いくら何でもこれはナイって、というかここは抜けられたけど……ここから先、どうするの? 本当にこの育成で先に進めるの?
「いくら何でもおかしいでしょ? アーチェ、弓兵ぞ? それがどうして
このゲーム世界、貴族は皆魔術師なわけで、そう言われると全員INTが大事に聞こえてくるけど実際は違う。プレイアブルが皆魔術師なのが前提なので、擁するに戦士タイプだろうとタンクだろうと魔術師枠に入るだけで、伸ばすべきパラメータはご加護によって大きく異なる。
自然現象を操って投射するタイプならINT上げで火力は上がる、よくある魔術師型だからね。
でも闘神系である剣神、槍神、盾神、弓神などの魔術師はINT以外を上げた方が強くなる。たとえば剣神や槍神は
他の魔術と違って武器がないと発動しない影響もあって、戦士系パラメータを上げないと逆に戦力にならないのよ。アーチェも弓神なのでそれは然りだ。
だってのにこのアーチェ、INTを上げて、マコちゃんが気になった選択肢であえて武器無しでスラムに行く方を選ぶと、そこから話が別展開にそれて戦闘無しで会話が纏まるの。
どうしてマコちゃんはそんなことに気づけたのやら。
「変だと思ったんだよね。武器を持ってくと戦闘になる、武器無しだとゲームオーバーなら分岐させる意味がないでしょ?」
「え、でも間違って死ぬ系の選択肢ってよくあるじゃない?」
「うん、だからそれを逆手にとって、武器ありだと戦闘が始まるようにすれば、こっちを正道だと皆が思って逆の選択肢選ばなくなるでしょ?」
た、確かに。戦闘が始まって、それで敗北してゲームオーバーになれば、普通の人はそれが負けイベントじゃなくて勝たなきゃいけない、勝てる戦闘だって思うよ。思うけどさ……
「……性格が悪すぎる……」
普通そんなこと考えてもやらないって! どんだけ制作者たちはプレーヤーのこと嫌いなの!? もしくはどんな難易度でもプレイしてもらえると無謬に信じてるの?
ただ、ここでアーチェのINTが高いとどうやら賢いアーチェ主人公様がダートをその知識で説き伏せられるとか――おぉい! テキスト部分でパラメータ参照させて分岐とかアリなんです!?
「抜けた、抜けたはいいよ。でもこの先の戦闘でアーチェ、完全に戦力外よこれ」
どこの世の中にINTのパラメータが一番高い弓兵がいるってのよ! とことんまでお荷物じゃないのそれ!
「案外ラスボス戦はコマンダーバトルだったりしてね」
「何それ?」
「ん? 主人公が後方で指揮して戦闘に加わらない代わりに毎ターンアイテム一個使えたり陣形技が使えたりするんだ」
「へー」
要するに主人公が指揮官をやって戦場に立たないバトルか。
「と見せかけてバリバリ主人公対魔王のタイマンとかやらせそうだよね、このゲーム」
「マコちゃんホントそれ。先が思いやられるわ」
とにかくこのゲーム作った奴はプレーヤーの裏を延々とかきたがってるってことはこれでよく分かったからね。
まったく、ふざけてるにも程があるわ。
「とりあえず汚部屋に展開してやるかぁ。ホント、マコちゃんこのゲームのトッププレーヤーだわ」
「彰ちゃんがやってなきゃこんなゲーム絶対ごめんだって……ゲームでストレス溜めるのは程々にね」
「いやいや、SNSでガチャ結果晒して嫉妬心を煽るソシャゲよりはマシってね」
「ごもっとも」
夫と顔を見合わせて苦笑い。
ま、どっちもどっちって奴さぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます