■ EX14 ■ 閑話:ダート Ⅲ




 そうして、王都のスラムで寄る辺のない獣人たちを食わしていくためのダートの生活が幕を開ける。

 幸いなことに、サイの少年――手帳裏にあったサインで、彼が『エーゼル』という名前だと初めて知った――が残した手記がある為、多少の問題こそ発生したものの滑り出しは順調だ。

 だが究極的な問題として、


「……このスラムにもルナと同じ症状の獣人がいるのか」


 それだけは解決しがたい枷となってダートを苦しめた。

 理由が分からない。病気にしてはかかるものとかからないものがいるし、スラムの子供たちが作った手工業品を王都の商人に納めに行った際に、


「ああ、それはこっちにもいるな。治療法がわからねぇってんで皆困ってんだ」


 人間にも同じ症状の者がいることを知ってダートは天を仰いだ。

 さらに病気の疑いがある、ということもあって王都の庶民が生活のために飼っていた家畜が全て処分されたことには、人間たちも困っていたようだ。

 なるほど、道理でスラムでも家畜を見ないわけだ、とダートは納得したが、納得はダートの苦労を僅かにも埋めてはくれない。


「以前はそっちが豚皮の靴を安価で作ってくれてたんだがよ、今じゃ王都の外から仕入れにゃいかん」


 こっそり豚飼って靴作らねぇか? と商人に打診されたダートは丁重にお断りした。金は欲しいが騎士団に目を付けられたらお終いだ。




「お前がエーゼルの後継か。いいか俺たちも子供は殺したくない、後味が悪いからな。だから上手くやるんだ、心得ておけ」

「ああ、分かったよ」


 見回りに来た国家騎士に袖の下を握らせながらダートは頷いた。

 単なる小銭欲しさだけでなく、自分でそう言ったように子供を切るのは心苦しいから、騎士たちはダートらを見て見ぬふりをしているようだ。その点は、純粋に有り難い。


 現実問題としても、王都の獣人は王都内における生活雑貨の製造などを安価で請け負っている――というか買いたたかれている。

 だから一斉に排除されると王都の庶民が困るのだ、という現実があることもダートは理解した。


 食事には、今のところ困ってはいない。

 豚や鶏を一斉に処分したせいで、飼料だった豆類などが大量に余っているらしく、安価で手に入るからだ。


 もっとも肉が手に入らないのは力で周囲を従えているダートにとっては懸念で、仕方なく蛇などをとっ捕まえては「蛇の養殖ってできるか?」みたいなことを考えつつ串焼きにしている。

 妹には、流石に食べさせられないが。


 ダートの稼ぎなら王都に運び込まれてくる加工肉を買うこともできたが、ポーション代を捻出するためには無駄遣いはしてられない。


 そんなふうに仕事は上手く回しつつ、しかしルナーシアの容態が日を置く毎に少しずつ悪化していく現実を恨んでいたある日に、


「お頭、人間のガキがちょっかい出してきてます」


 かつてエーゼルにフィクサーを殺され、その後に殴り合いを経てダートの腹心に収まったジョイスがそう報告してくる。


「何人だ」

「男二人、女二人。服を汚していますが多分貴族です。ガキが少し年上の使用人を連れてるように見えますが」

「貴族か……」


 貴族と聞いてダートは軽く顔をしかめた。

 ダートが知っているのはサイド子爵家の貴族だけだが、鉱山管理官たちにデカい顔で現実にそぐわない命令をしていたのを覚えている。


 正直あれが上司なのに、よく鉱山管理官は自分たちへ当たり散らさないものだ、と少しだけ管理官たちを尊敬したものだ。

 もっとも部下に当たり散らすと業務効率が著しく低下する、という現実も最近のダートは分かってきたのだが。


 部下に軽く仕掛けさせながら、ダートは遠巻きに侵入者たちを観察する。

 長身の男が風で三人を守りながら、近づく兵隊を風弾で易々と返り討ちにしていく様には余裕がある。

 魔術師、しかも荒事に慣れた相手だ。ダートは舌打ちして土魔術を発動、小娘の身柄を抑えようとするが、


「!?」


 察知されたか瞬時に地面が凍り付いて、ダートの魔術を阻害する。青い髪の少年、こちらも魔術師だ。しかもダートの魔術を完封出来るほどの手練。

 正面から相手取れば被害は免れないだろう。


「お貴族様が俺たちの縄張りに踏み込んできていったい何の用だ」


 故にダートがまず折衝に出ると、


「……いや王都はあんたたちの縄張りじゃないで――」


 灰色の髪の、地味だけど整った容姿の少女が幽霊でも見たかのようにポカンと口を大きく開いた。

 あり得ない者がそこにいる、そんな顔でダートを二度見してきた上に、


「そこの貴方、偉い人?」


 なんて聞いてくる。思わずダートは笑いそうになってしまった。

 あとにも先にも、アルヴィオスに来てから獣人であるダートを偉い人扱いした人間はこの少女だけだ。


 この国において獣人は虐げられる存在だと、その程度も分からない箱入り娘かと思ったが、


「獣人では強ければ強い程偉いんでしょ? そういう意味の話よ」


 どうやら獣人、というかワルトラント文化は頭に入っているらしい。

 その上、


「うんまあ、その、ここの偉い人とちょっと話ができたらな、っていうのが目的だけど」


 語り口は理知的で、明確な目的を持ってスラムに入ってきたことが伺える。


「はぁ? 脳みそウジ湧いてんのか。それとも世の中舐めきったクソのメスガキかよ」


 そんな挑発にも全く反応せず、


「分からないのよ。どうすれば貴方たちと話ができるのか。お金を積むべきなのか、それともそういうのは矜持を傷つけるだけなのか、そういうノウハウがさっぱりないから」

「……話を聞いてどうしようってんだ?」

「仮に私が難民の環境を改善しようとしてる、って言ったら貴方信じる?」


 しかし語られる内容はやはり世の中舐めきったクソのメスガキのそれだ。

 難民の環境を改善? まだ肝試しに来たと言われた方が納得できる。一銭の特にもならないことを貴族がやるはずは無いではないか。


「なら利益の話をしましょ? 貴方たちはどうしたら私――まあここは私というかアルヴィオス王国貴族としましょう――から利益を引き出せるか。ここで私たちを引かせればまずイーブンよね。次に貴方たちがどうにかして私たちを無力化して切り刻むなり輪姦まわすなりの玩具にする。大した利益にはならないだろうけど一時的なガス抜きにはなりそうね」


 その一方で自分がスラムでどういう扱いをされるかという認識、危険意識は現実的に捉えていて、その温度差にダートはますますこの娘が何を企んでいるのかが読めなくなる。


「後はあれね、話をしたいなんて馬鹿なメスガキを言葉巧みに操って、そうね。同情を引いたり人質を取るなりしてもいい。自分の手札は可能な限り伏せたまま相手から好条件を引き出すの」


 これは挑発されているのか、しかしそれにしても何故この少女がダートにそんなことを――いや、


「お前みたいなガキから利益が得られるとは思えないがな」

「ごもっとも。でも貴族がどういうやり口で話を進めるか、その練習にはなるのではなくて? それとも貴方、誰とも交渉せず暴力だけで欲しいもの全て得られる算段があるのかしら」


 この少女は最初に言ったように、ここの偉い人と話がしたいのだ、ということだけはダートにも理解できた。


――確かに、貴族の力がないと現時点ではどうしようもないんだよな。


 ダートは現実を正しく理解している。

 人間の側にもルナーシアと同様の症例が出ていて、それを解決する手段を持っていない。

 スラムでも駄目、庶民でも駄目ならもう、さらに枠を広げて貴族を巻き込むしかダートには手が残されていない。


「ジョイス、こいつらをテーブル・・・・に連れてけ」


 であれば、この少女と話をするしかない。この少女が自分で言ったように、「馬鹿なメスガキを言葉巧みに操り同情を引いたり人質を取るなりして、自分の手札は可能な限り伏せたまま相手から好条件を引き出す」しかないのだ。


「帰れねぇ覚悟はできてんだろうな」

「汝虎穴に入らずんば虎児を得ず、ってね」


 話術による交渉は苦手で、男二人はどちらも単独でダートに抗しうる程の魔術師だから暴力で従えるのも厳しい。

 だが、せっかくお貴族様が自ら接触してきてくれたのだ。この機を何としてもものにするしかない。





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