■ 44 ■ 未来への布石 Ⅱ
さて、お姉様とルイセントが手に手を取って生きていくと形だけでも決まった今、二人の二度目のお茶会で私が作り上げた武器を展開である。
「と言うわけでこの写真の扱いについてはお二方に任せようと思います」
そう説明すると、ルイセントとお姉様がテーブルの上にある写真――先んじて撮影しておいた二人の肖像である――を手に取ってしげしげと眺める。
「確かに、極めて精巧ではあるけれど……」
ルイセントもお姉様もこれの価値が分からないようで、いまいち私の意図がわからないとばかりに首を捻っている。
「これ、そこまで役に立つのかしらアーチェ。画家に描かせた精巧な絵画と何が違うの?」
「こう違います」
というわけで同じ写真を二枚三枚四枚とティーテーブルに投じていくと、二人が代わる代わるそれを手に取って、次第に息を呑み始める。
そう、精巧な模写より写真が優れている点の一つがこれだ。
「これ、全部同じ?」
「……複製が、可能なのか」
「はい殿下の仰るとおり、写真は一度撮ってしまえば後からいくらでも複製できるんですよ。これ、絵師に頼んだらどれくらいのお金と時間がかかります?」
そう説明するとルイセントがゴクリと唾を飲んで、どれも同じ写真に視線を落とす。
「……情報伝達の速度が、格段に変わるぞ。これは」
おおう、流石は一流の教育を受けた王子だ。ルイセントとしてはまずそっちに目が行ったか。
それよねー。ぶっちゃけ活版印刷機より先に世に出しちゃったけどさ、写真も複製が可能な印刷の一つだからね。
情報を保存する速度、複製する速度。そのどちらも従来の筆とは一線を画す。しかもそれを行なうのに技術は要らない。絵心も要らない。文字が書けなくとも一切問題はない。
「ですが、まだそこまでの量産は不可能です殿下。これ作れるのは現時点でアルジェ・リージェンス研究室長ただ一人ですからね」
まだ露光時間が分単位でかかる。ガラス乾板も一つ一つがアルジェのお手製だ。
しかもガラス乾板は割れやすいから携行性も低い。現像にも当然時間がかかる。その為の薬品も全てアルジェの手作りで量産体制は整っていない。
そう説明すると僅かにルイセントが胸をなで下ろしたようだった。
これがスマフォカメラ並のお手軽さ――までは行かなくても写ルン○すレベルまで行けば世界の在り方が完全に変わるからね。
そんな怒濤のような変化は統治者としても嬉しくないだろうし。制御の効かない変化ってのは暴走と同じだ。できれば避けたいって気持ちはよく分かるさ。
「なら現状、絵画以上の価値を作り出すのは難しいのよね? それをどう使えば良いのかしら?」
「簡単なことですよ。絵画と違ってこの写真は足したり引いたりが出来ないんです」
そう説明されてルイセントもお姉様も首を傾げていたけど、
「――あ。そういうことか」
モブBが一人、納得したようにポンと手を叩く。
「シーラ、何が分かったの?」
「簡単なことですお姉様。この写真の場合『容姿の改ざんができない』んです」
そう。写真の何より有効な特性はそれに尽きる。
「素で顔がよいお姉様には分からないでしょうけど、肖像画を描いて貰う場合ってだいたいどっか『盛られてる』んですよ」
誰だって肖像を残すなら素顔より良い顔を残したいじゃん? 禿げてきたら髪の毛盛ったり、シワやシミは消して貰ったり。
デジタル画像ならそれもできるけど、残念なことに銀板写真はアナログな手段だ。現時点でこれを改ざんする術はない。
「肖像画を見て美しいと思っていた相手が違う顔だったりなんてのは当たり前、ありのままに書いたら『自分はもっと美形だ』ってあわや斬り捨てられそうになった絵師だっていると聞いたことがあります」
「それぐらい肖像画ってのは情報の確度が低いんですよ。でもこの写真ならそれは無理ってわけです、お姉様」
無論、改ざんができないことを嫌がる人たちもいるだろう。
だけど上流階級の、素で顔が良い人たちにとっては話は別だ。
「写真を使えば、今の美しかった姿を誇張無しに未来に残せるんです。欲しがる人――いっぱいいると思いません?」
女だけじゃない。男だってそうだ。年を取ってくれば身体はどうしても衰える。
全盛期の自分の姿を誇張為しに残しておきたいと考える人は少なくはない。
上流階級にとっては、逆に改竄できないことが価値になるのだ。
写真を使えば盛ってない確証として姿を残せるのだから。
昔は美しかった、昔は
「それ以外にも、会いたい人に会えない者。たとえば出兵や遠地勤務が決まった騎士とか、絶対家族写真を撮りたいと思うようになりますよ」
遠地で妻の写真を取り出すのは死亡フラグだ、というのはこの際置いておくよ。
そういうふざけた冗談を抜きにしたって、家族の写真一枚がどれだけ救いになるか――これはお姉様やルイセントにはすぐには分からないだろう。
だけど、
「それにお姉様だって夏の間はルイセント殿下の肖像、枕元に飾っておきたいでしょ?」
「ア、アーチェ!」
お姉様が顔を真っ赤にして私を睨み、隣を見て、微笑み返されて更に真っ赤かつ小さくなるけどそういうことだよ。
「それにこの写真は真っ暗闇のカメラに光を入れてガラス乾板を感光させることで像を定着させる仕組みですからね。光と闇のマリアージュだの何だのストーリー付けて話題にすればお二人のご加護的にもよい話題になると思います」
絵師に長時間の模写を頼まずとも、誇張の入らない愛しい人の画像が手元に残せるんだ。
「先ずは近しい人の撮影を。それをお茶会の話題にして興味を持った者を少しずつルイセント殿下の派閥に取り込んでいきます。複製元となるガラス乾板はいっそこっちで一括管理しても良いでしょう。複製する元本は確保しておく方が派閥への拘束力になりますからね」
「出たわね、アーチェの本領発揮」
「なるほど、直に相対すると確かにアンティマスクの娘だとよく分かるね」
はいそこのバカップルは黙りなさい。私が必死に派閥のために考えを巡らせてるのにその態度はどうなのさ。
「献策がご不快だというのであればこれは全て私とルジェの金蔓にしますけど」
「……相変らずあんた、殿下相手にすら自然体を越えて不敬ね」
隣のモブBのジト目にももう慣れたもんだよ。
「既に同陣営だからね。それに私としては本当なら感光材の改善と改良を頑張ってくれたリージェンス男爵に最も利益を還元したいのよ?」
ちなみにアルジェからはこれを派閥の利に使うことの許可は取ってある。
ただし使用する度にアルジェに多少なりとも利益が転がり込むことを前提として、ではあるけれど。
「派閥争いに興味はないけど、これはボクとアーチェの共同研究だからね。アーチェの一存も考慮に入れる必要がある。ま、ボクとしては研究資金になるならそれでいいかな」
というのがアルジェのスタンスだった。
研究費に飢えているアルジェがお優しくも纏まったお金になるならそうしてくれて構わない、というので此度お姉様たちに提案したのだ。
文句があるならこっちで勝手にやって金に換えるさ。推しの命を救いお父様を嵌めるのにお金は幾らあったって困らないからね。
「で、どうします?」
「無論ありがたく使わせて貰うとも。献策に感謝を、アンティマスク伯爵令嬢」
ふん、だったら最初からそう言ってりゃいいんだよクソ王子。人をお父様の娘だとか論っていないでさ。
「ではこっちもお納め下さい」
ひとまず苛立ちは封じてテーブルに新たな書類の写しを提示する。ルイセントとお姉様の分、二枚ね。
「これは?」
「この写真撮影と現像に魔術が一切行使されておらず、魔力も含んでいないという証明書です。
「アーチェ、これはどうすればいいの?」
お姉様が首をコテンと傾げるけど、あーた、長らく魔封環つけてるせいで自分の特性忘れてやがりますわね。
「平たく言えば写真撮影に闇魔術を一切用いていないことの証明です。お姉様と殿下がこれを広げようとした瞬間、絶対に第一王子派が噛みついてきますよ。『写真だなど、こんなもの闇魔術が魂を切り取って紙面に落としている邪法に違いない』とかね。『見ろ、このカメラとか言う箱の中を! 真っ暗闇ではないか!』なんて鬼の首を獲ったように」
「……」「……」
お姉様がポカンと口を開けてしまうけど、ルイセントは僅かな動揺の後にすぐさま納得したようだった。
そりゃあね、当初日本ですら最初は「魂を抜かれる」なんて忌避されたぐらいだ。お姉様が広めようとする時点でそういう妨害が入ることは予想するまでもない。
だから先手を打っての
「本当に……」
「アンティマスクの娘、というのが褒め言葉になるとお考えでしたら、殿下にはどうかご再考頂きたく」
物申そうとしたルイセントに先手を打つと、周囲からの視線が厳しくなるけど私は気にしないよ。
「私はマーシャ・エストラティの娘にございますれば。どうかその点をご理解頂けますよう、お願い申し上げます」
私の前でアンティマスクを褒めるな。それが褒め言葉になると口を開くな。
王子にそんなことを言える立場ではないけど、これだけ献策をしているんだ。それを無下にすることはできないだろう。
「私は私の愛する人の姿を長らくこの世に残したいと思ったからこそ、これをリージェンス男爵と共に作り上げたのです」
当然嘘八百だよ。
私がこれを作り上げたのは、「権力のない小娘ですら真実を証拠として残すことができるように」だ。
銀塩写真は捏造が極めて難しいから、証拠として極めて高い確度を有する。
この権利がウィンティに奪われても痛手にならない、というのは、「写真が捏造できない証拠としての価値を持つようにする」ことが私の最大の狙いだからだ。
口では偉そうなことを言いつつ、私は私が望むように未来を誘導している。
それはまさしくアンティマスクの、お父様の娘としての手管でしかない。
だけどそんな私でも、自分の私利私欲のために本来庇護すべき者たちの命を消費して何ら恥じることがないお父様と同一扱いはむかっ腹が立つってものさ。
何にせよ、これでお父様に立ち向かう武器がこの世に生まれ落ちた。
ルイセントたちで写真を流行らせられないならウィンティに流してでも、「写真とは真実を切り取る道具である」という認識をこの世に定着させる。
その上で決定的にお父様がアルヴィオスを害しているシーンを切り取れれば、そこで初めて私はお父様の上に立てるようになる。
お父様が私に隙を見せる可能性は極めて低いけどね。それでも金、コネ、権力といったあらゆるものを駆使して、何とかお父様の「分を弁えない」姿を写真に収めるしかないさ。
私の勝ち筋は、そこにしかないんだからね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます