■ 44 ■ 未来への布石 Ⅰ




 ひとまず計画が順調に滑り出した旨をダートに報告するべく三度目の密会を打診すると、


「来たな」


 どういうわけかジョイスではなくダートが直々に私たちをスラム外周まで迎えに来てくれて、ちょっと身構えてしまう。


「ジョイスはどうしたの?」

「召集に加えて送り出した。上手くいけば今頃水夫になっているだろう」


 マジかよ。私が確約を保証する前に懐刀であるジョイスを送り出したっての?

 ドンだけ思い切りが良いのよ、と呆れる私を前に、ダートがせせら笑ってみせる。


「やるなら早いほうが、そして信頼を置ける奴に経験を積ませた方がいい。だろう?」

「……ええ、ジョイスならこの上ない人選だわ。でもそこまで私を信じて貰えるとは思わなかった、っていうのが正直な心情ね」


 まさか初手で懐刀であるジョイスを放つとは思わなかったけど、ダートはダートで己の未来がかかってるから手は抜けないのかもね。


「毒を食らわば皿まで、だ。ジョイスが戻るまではコイツが繋ぎをやる。ナンス、挨拶しろ」


 そうダートが私たちの前に押し出したのは、見た目には私よりちょっと年上の、ふむ。

 耳と尻尾からして多分虎の獣人ね。


「ナンスだ、です。ダート様の名にかけてお前たち――いや、てめぇらの敵をぶっ殺して、あー、助けます」

「……口はアレだが実力と性根は信頼できる。気にしないで貰えると嬉しい」


 そっかー、あれかー。

 今思うとジョイスはアレでめっちゃ外交的にも優秀だったのね。

 で、それを除外して腕力と性格だけで選んだのがこのナンスってわけね。ま、文句を言える立場ではないから頷いておくよ。


「分かったわ。よろしくね、ナンス」

「押忍!」

「ジョイスが戻ったら俺も行く予定だからよろしく頼むぞ」


 おぅ、ジョイスのみならず自らも水夫やってみるとか真面目ね、ダートってば。


「ルナさんは?」

「その間は預かっておいてくれると助かる。こっちはゴタゴタしそうだしな」

「了解、信頼には応えるわ。あとこれが今のルナさんの状態ね」


 歩み出たメイが手渡したる厚紙、それを手に取ったダートがホゥと感心したような声をあげる。


「ずいぶんいい絵師がいるんだな。本物そっくりじゃないか」


 そう、その紙に写し出されているのは椅子に腰掛けたルナさんの写し絵である。

 残念なことに微笑んではいないのだけど、これはしかたがないもので、


「これは模写じゃないわ、写真よ」

「しゃしん?」

「そう、風景をそのまま写し取る技術よ。だからそれは二日前のルナさんそのままの姿って奴ね」


 そう伝えるとダートもナンスも驚いたように目を丸くする。


「なんだそりゃ、お貴族様の秘蔵の技術か?」

「いいえ、アルジェが新規開発したこの世で初めての技術よ」


 そう、アルジェに私が依頼していたのがこれ、銀塩モノクロ写真ってやつよ。

 ただまだ感光材の性能が低くって、ネガガラスへ露光するのにけっこう時間がかかるから、人物撮影には着席が推奨。

 ルナさんが無表情なのもそのせいね。微笑を長々と維持して、って強いるのも可哀想だったし。


「そうか……ずいぶん回復したんだな」


 写真の中のルナさんは抜け毛もなく肌の炎症もほぼ収まって、かつ私のお古とは言え貴族の装束を纏っているもので、


「はぁー、お貴族様顔負けじゃねぇっすか、お頭」


 うん。まだ髪がベリーショートなのは残念だけど、これが伸びたら貴族令嬢顔負けよ。というか私が負ける。お姉様なら余裕で圧勝できるけど。


「ナンス、惚れたら殺すぞ」

「は、八歳児相手にねぇっすよ! それに俺はお頭一筋っすから!」

「えっと、それは器の、話よね?」


 思わず私の記憶のなかにいるショタチン食む太郎クサレ親友の思い出が反応してしまったけど、


「当たり前だろ、いや、です。そうじゃなきゃ何の話だってんだ、やがりますか」


 だよねー。腐海思い出へお帰り食む太郎。お前の出番ねぇから。

 さておき、ここにいないダートにとって大事な二人の情報交換は終えたから、今度はダートの仕事ぶりだ。


「あとお願いした植物だけど、あった?」

「ああ、どちらの種類もあった。現在空き地の所々に植えている。枯れる様子もなさそうだから増やせるだろう」

「俺の故郷の植物っす! よく知ってんな、いや、やがりますね!」


 そっかー、あったかー。温帯植物だったから心配だったけどギリ王都なら育つかー。

 これも一安心だけど、


「……ナンスが知ってるなら大丈夫だろうけど、際限なく増えるから扱いには気をつけてね。成長、本当に早いから」

「一応は管理するが、俺たちからすればいずれ離れる土地だ。最悪そっちでなんとかしてくれ」


 だよねー。まあいい、最悪賦役による人海戦術で王家が何とかするでしょ。

 細かいことは未来に丸投げ。緑が増えるだけで別に死にゃあしない問題だ。何とかなるなる。


「今アルジェが家畜不足の弊害に関する論文書いてるから、それを足掛かりにして家畜は戻せるようになると思う。そうしたら下準備は完璧よ」


 幸いというか何というか、豆食を続けたアルジェ本人で再現試験ができたので(ホントよくやったわよねアルジェ……)、一旦はここで論文にするつもりである。

 アルジェは原因となる物質(つまり亜鉛だ)をどう証明するか、そっちを先に調べたそうだったけどね。

 まずは家畜を戻すのが優先さぁ。獣人だけじゃなくて王都の貧民にも亜鉛欠乏症患者、そこそこ出てるみたいだし。


「飼うのは鶏優先で、だったな。可能な限り量産しておく」

「最初に試行錯誤して使いやすい大きさと形状が分かったら、以後はそれをマスターにして全て同じ物、同じ長さに揃えるのを忘れないでね。誰がどれを使っても同じ結果を出せるように」

「ああ、面倒だがそれの必要性は俺も理解している。ガキどもは手先が器用だ、任せておけ」


 オッケー、これでダート関連の下拵えはほぼ終了だ。あとは期を見てどれだけ迅速に動けるかが全て。

 そこから先はダート次第ね。


「そう簡単には此方の意図は読めないだろうけど……私たち以外の貴族に露見しないよう気をつけてね」

「ああ、分かってる」


 ジョイスが戻ってきて今度はダートが王都を離れるとしても、ジョイスが代わりにアヤリスの対応をしてくれるそうで。

 ならばダートの方はこれで大丈夫そうね。


「海に向かう日が決まったら事前に知らせなさいな。最新のルナさんを撮影して届けてあげるから」

「……」


 シスコン入ってるダートが嫌そうな顔をしているのは照れ隠しだってのは分かってるからね。

 多くは語らないでおいてあげるわ。




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