■ 42 ■ 根回し Ⅲ




 さて、そんなわけでこの冬初めてのルイセント第二王子とお姉様のお茶会当日である。


「久しぶりだね、ミスティ。今冬も君の顔が見られると思うと、この忌まわしい寒さも少しだけ許せる気がしてくるよ」

「私もですわ殿下。この半年間、殿下に再びお目にかかれる日をずっと心待ちにしておりましたから」


 いやはや、王子の甘い囁きリップサービスはさておきお姉様はマジ語りだからね。

 へっ、私だって二十年ぐらい前にはこういった恋に恋していた時期もあった……っけ? ちょっと自信ないわ。


 なんだろう。こう、なんかよく分かんないうちに高校生活は終わっちゃったし、大学入ってからはサークル活動がウザくて異性と会う機会なかったし。

 だいたい家帰って乙女ゲーか、もしくは弟とス○ブラやってた記憶しかないぞ我が青春時代? やっぱ高校で女子校行ったのが不味かったかな。


 ……うん、やっぱ私はお姉様とは違う人種だわ。アーチェとして恋愛しようにも結婚相手はお父様が決めるし。

 ってあれ? お父様を破滅させた市井落ち後ならもしかしてワンチャン私の自由恋愛もあるか?


 が、なんだ。私が誰かと恋愛しているところが我ながら全く想像できんぞ。

 乙女ゲー話題が封じられると……ス○ブラとポ○モンの話なら多少はできるけど、うん。乙女として終わってる。


 あーまー、なんだ。万が一私が命を懸けずにお父様を陥れられて、アンティマスク家がお取潰しになったらそこから考えればいいや。

 それよりルイセントとお姉様の会話に集中しないと。今どこまで話してるっけ?


「オウラン公爵令嬢のことなら気にすることはないよ。彼女の方が年上なんだ。君より先を行っているのは仕方がない」

「お気遣いありがとうございます。ですが格と覚悟の違いを目の当たりにしたのは事実で――殿下」


 背後からも分かる程に、普段から乱れてもいない姿勢をお姉様がさらに正して、


「もし殿下が僅かなりとも至尊をお望みであるならば――荒れ野の徒花など気にかけることなく、その先へと進んで頂きたく存じます」


 ……今お姉様何つった? 徒花を放置して先に行け?

 って、え? 自分から振れって言っちゃうの? 言っちゃったのお姉様、マジで? いや確かに前そんなこと言っていたけどさ。

 ひえー、ガチで覚悟ガン決まりじゃんお姉様。自分から退路断っちゃうなんてさ。


「……ミスティ?」


 一瞬、何を言われたのか分からなくなったか、ティーカップに伸ばされたルイセントの手が宙で静止する。


「私どもでは殿下のお力になる為の知恵と力と地位を、殿下のお手を煩わせることなくは備えられませぬ故」


 あ、もしかして私が命懸けてますって言っちゃったせいでお姉様も去就を懸けちゃった感じ?

 いや確かに王子の腹を見せて貰おうとは言ったけどさ、別にお姉様まで崖っぷちに立つ必要はなかったんだけどなぁ。


 実際王子も普段の微笑みが崩れて割と真顔になってしまってるし。ま、腹黒ルイセントのそれはどうせポーズだろうけど。


「ミスティ。君が乗り越えるべき壁を前にして一時的に自信を失っているのは分かる、しかし――」


 そう言い募る王子に、お姉様が――表情は読めないけど首を左右に振ってみせる。


「違います殿下、これは熟考の上での判断です。私の立ち位置と成長速度、そして力量の及ぶ範囲。それらを加味した未来において、私では高度な教育を受けた令嬢には及ぶことがないと、そう理解できてしまったのです」


 うーん、まあ確かに。お姉様は最初の立ち位置が愛玩系令嬢だったし。

 そこから実際ものすごく頑張ってるのは分かるんだけどウィンティと比べちゃあ――ってあれ? なんだろう。隣からなんとも言えない圧がかかってるような……モブB?

 ちょっとモブB、王子の御前よ? 今この場であからさまに私にってあれ? なに? 一度ルイセントまで私に視線を向けて納得したように頷いた? なんで?


「若くして研究室に立ち入るような英才と比較する必要はないんだよ、ミスティ。君に求められる才能はもっと別のものなのだから」


 いやホントそれよ。ルイセントもっと言ったれや。

 それにウィンティだってアルジェと雑談しに来ているだけで別に研究なんぞしてないぞ、過大評価しすぎってヤツよ。


「……しかし、私の力量不足は明白です」

「優秀な配下を容れる器もまた力量の一つだ。むしろそれこそが上に立つ者に求められる才能とも言える」


 おぉそれなー、いいこと言うじゃんルイセント。私が優秀かどうかはともかくモブBは優秀だし、べたべた手垢な例だけど項羽と劉邦だって結局勝ったのは劉邦だし。

 頭がダメダメでもコイツを王にしたいなって思ってくれる部下がいれば何とかなるのが王座というものだし。


 まあその代表格である劉邦も晩年には粛清、粛正の嵐だったみたいだけどねワハハハ。

 でもお姉様が粛正始めたがる年まで生きられたら私の一生御の字ってヤツ。長生きがすぎるってもんだわ。


「……その、正直に答えて欲しいのだけど、ミスティ」


 とまあ私が私程度でも知ってる陳腐な例なんぞを思い出している間に、ルイセントの奴めが何故か少し不安そうな顔になっている。


「君が退く、というのはあくまで自分の力量に鑑みたからであって、私を見限ったからではないと思って……いいのだろうか」

「とんでもありません! 私は何卒、ルイセント殿下に御心のまま、難少なき道を進んで頂きたく……」


 慌ててお姉様が言葉を被せるとルイセントが明らかにホッとしたように表情を和らげた。

 まあ、私は信じないがね。王族ともなれば四六時中の顔芸が基本だ。それができなきゃ話にならん。

 である以上コイツがどんな表情で何を囁こうと一切信じるに足りぬってもんよ。


「私の心はいつだって殿下と共にございます。ただ、この鈍重なる頭と身体は駿馬たる御身に並ぶどころか枷となるばかりで」

「そう――か。よかった」


 安堵したような態度でルイセントが固く握りしめられたお姉様の手をそっと取る。


「他の貴族家は長子相続であるのに、何故第二王子の私にも王位継承権が残されているか、ミスティは知っているかい?」


 おっと、それ私も知らなかったわ。ゲーム中でも別に語られてなかったような気がするし。

 というかゲームではルイセントはお姉様を振って聖女派閥に属するからそこら辺語られないのよね。

 プレシアとくっつくと国王になるし、プレシアが別の男とくっつくと、その周回時の立場によって分岐するし。


「答えはね、国を背負う国王には一族で最も優れた者を付けるべきだからなんだ」


 へー、全人民と王族のみという違いはあれど、方向性はワルトラント獣王国と一緒なんだ。

 王子の中でもっとも優れた者が次の王になるってことか。だから第二王子のルイセントにも王になる目があると。へー。

 胡散くせー、だったらなんでお前今お姉様の手を取ってんだよ。自慢じゃないがうちのお姉様はへっぽこぞ? これは否定できない事実である。


「もし君が私のことを想って身を引こうと思っているならば――むしろ私は君と共にこの先を歩みたい」


 そんなルイセントの言葉を、今度はお姉様の方が理解できなかったらしい。

 背後からでもキョトンとした顔になっているであろうことが丸わかりである。


「は? ……いえ、しかし、殿下。私では王位に手が届く程にまで殿下をお支えするには限りなく遠く――」「構わない」「え?」

「王位よりミスティ。君の支えが欲しい、の、だと……ああ、安い羞恥心が邪魔をするな」


 そう恥じたように笑ったルイセントが真摯の中に柔和さを滲ませた微笑を形作る。


「ミスティ、どこまでも直向ひたむきに私のことを考えてくれる君に――君にこそ。この先もずっと私の側にいて欲しいんだ」


 は? えーと、なに? こいつ、王位よりお姉様を選ぶの? どの周回でも確実に婚約破棄してたくせに今更なんで?

 そりゃあお姉様が頑張ってるのは認めるよ。マジで必死になって愛玩系令嬢からここまで這い上がってきたのは尊敬に値するよ。認められるべきだと私も思うよ。


 でもそれならおめー、なんでゲームではお姉様を振ってんだよ!

 基本的な人格はゲームでもここにいるお姉様もどっちも同じだぞ? 同一人物なんだぞ?


「仮に王位に届かなくても後悔はしない。ミスティ、どうかこの私とともにこれから先もずっと――私の隣を歩いてはくれないだろうか」


 コイツ……なに考えてやがる。ここで並の凡骨ならば「純愛キター!」ってなるんだろうが、生憎なことに私は『この手に貴方の輝きを』ヘビーユーザー様だ。

 二百回以上にも及ぶ貴様の婚約破棄を見てきた私のこの目は海のリハクをも超えるわ! どうせろくでもないこと企んでいるに違いないよ。


「ルイセント殿下……!」


 だがあれだ、王子に手を握られているお姉様は背後からもあからさまな程に、胸キュンな恋する乙女モードになってしまっている。多分目に涙すら浮かべてすらいるだろう。

 チラ、と隣に視線を向けるとモブBまで瞳を潤ませていやがって……チキショウ、モブBはなんだかんだで真面目な秀才系だからな。コロッと騙されちまってやがる。


 だが私は違うぞ、二百回以上お姉様を振り続けてきたこの男をどうしてあっさりと信じられようか。

 どこか困ったような顔で、ルイセントがコホンと軽く咳払いをする。


「その、ミスティ。我慢弱さを晒すようだが、返事を聞かせて貰ってもよいだろうか……まだ、聞けてないん、だが」


 そう恐々と尋ねる態度からして女々しいぞコノヤロー。

 お前二百回もお姉様振っといていざ自分がその番になるとビビったふりをするたぁどういう了見だオオ?


「し、失礼しました……! 私、その、嬉しくて、舞い上がってしまって……! はい、不束者ではございますが、隣を歩ませて下さいませ」

「……ありがとう、ミスティ。不甲斐ない私のことを想ってくれて、なんとお礼を言ったらいいか――」


 チッ、幸福そうな仮面を被りやがって。いつかその本心を暴いてやるぞルイセント。

 その時を首を洗って待っているがいい!




 その後「少し一人にして欲しい」なんてにへら笑うお姉様を残してエミネンシア侯爵家を辞した後に、モブBが、


「ひとまずはあんたの予定通りになったわね」


 なんて言ってくるもので、どこがと言い返してやったら、


「は? だから獣人の件。殿下がエミネンシア候の説得を引き受けてくれたでしょ?」


 はて、そんな記憶はさっぱりないのだけど……モブBはこんなところで嘘を吐くようなキャラじゃない。

 どうやら私が怒りに燃えている間にそういう話になっていたらしい。知らなかったわ。


「知らなかったって……じゃあなんであんたあんな真剣な顔で王子を見てたのよ」


 無論、ルイセントの真の狙いを洞察してたのだと力説するも、


「呆れた……あの状況であんたまだ殿下を疑ってんだ。なに? 『淑女嫌いのアンティマスク』から『紳士嫌いのアンティマスク』に転向?」


 「あの親にしてこの子ありだわ」なんてモブBが肩をすくめてみせるのは納得がいかないわ。

 私は人に言えないゲーム知識に従って正しくルイセントを疑っているのである。

 人の心を知らないお父様なんかと一緒にしないで欲しいわ。ほんと、失礼しちゃう。




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