■ 42 ■ 根回し Ⅱ




「というのが獣人の現状と、それを打開するために私たちが国へ貢献できる案になるのですが、如何でしょう」


 所変わって貴族街はエミネンシア家冬の館における談話室である。

 獣人に伝手ができたことと、またそれを利用した王国からの難民一掃計画案を披露すると――うーん、お姉様もモブBも固まってしまっているわね。

 ま、私たちが派閥として対外的に活動をするのはこれが初めてだからビビるのは分かるけど、


「……あんた、本気でそれ考えてるわけ?」

「冗談で言ってるように見える? シーラ」

「冗談に見えたら良かったとは思うわ」


 モブBが軽く呻いて一度紅茶に逃げる。一口啜るも、どうにも紅茶を味わってる場合じゃねぇって顔ね。


「やっぱあんた頭おかしいわ。それ一介の伯爵令嬢が企むことじゃないわよ」

「でもこれぐらいやらないとウィンティ様に対抗できないわよ。実績が違うんだから」


 そう指摘すると、お姉様もモブBも以前の大敗を思い出したのだろう。苦い顔でゴクリと唾を飲む。


「だから一発逆転の大博打を打とう、ということかしら? アーチェ」

「博打をするのは獣人です。少なくともお姉様が困ることはあまりありません」

「……悪辣ね」


 いやほんとそれよ。めっちゃ悪辣。

 なんにせよ王都における獣人の数はこれで減るわけだからね。苦労するのはダートであって私ではない。


「ただまあ楽ができるわけではないですよ? これで話が違うとなったら提案者の私はまず獣人に嬲り殺しにされるでしょうし」


 実質的に私が抵当になってるんだから、仮に説明してたのと違う環境に獣人たちが置かれた場合、真っ先に引き裂かれるのは当然この私である。

 まあろくな死に方はしないでしょう、と告げるとモブBはだいたい想像がついたらしく嫌そうに口元を抑えていた。

 お姉様は、まあ、想像力が追っつかないかな。元々からして超箱入りお嬢様だし。


「話を元に戻しますが、これ実行するにはエミネンシア侯のお力が必要になります」


 そう、私の案にはエミネンシア家の協力が不可欠である。

 アンティマスク家でもモブBのミーニアル家でも駄目だ。私たちの実家は内陸領・・・だから。

 海に面していて、カカオの輸入なども手がけているエミネンシア領の協力がこの案には絶対に必要になる。


「が、チキン――いえ、慎重派であるお姉様のお父上が首を縦に振るとも思えません」


 事なかれ主義の人はまず環境が変わることそれ自体を忌避するからね。それが仮によい方向であっても、だ。


「確かに、私の自由にできる権限ではとても無理ね。でも……お父様が折れてくれるかしら?」

「お姉様の嘆願だけでは無理でしょう。なのでやるならルイセント殿下を巻き込んで王子から侯へ圧力をかけて貰う形になるかと」

「ルイセント殿下に手伝わせるの!?」


 モブBが目を丸くするけど、そんなの当たり前じゃない。


「あのねシーラ、私だって王子に献策ができる手管がお姉様にあるって、それを知らしめるためじゃなきゃこんな提案しないわよ。いい? 王都の下町から獣人がいなくなればワルトラントが攻めこむ口実を潰せる。これは国に対する貢献でしょ? それを以て王子は自分の才覚を父親である陛下に示すことができる。だったら権威ぐらい出させるのは当たり前じゃない」

「……」「……」


 そう。これは私たちがやるにはあまりに大事過ぎて、正直貴族令嬢如きが手を出せる領分じゃない。

 既得権益に食い込む話なんて、大人の手を借りなきゃ何一つできやしないってのに――私の場合はお父様が敵だからなぁ。


 お父様無視して商人と組もうにも――中小商人では大店おおだなに潰されるし、直接大店に持ち込んだら案だけ奪われてポイだ。

 爵位持ちが背後にいるかいないかってのはそれぐらい重要なのよ。ましてや跡継ぎですらないガキでは話にならんわい。


「第二王子であるルイセント殿下の手柄とするために私はこんなことを企んでるのよ。王子が手を貸さないっていうならやる気もないわ、こんな面倒なこと」


 ……まあ、これは嘘だけどね。私の場合はダートの手助けって意味もあるし。


「ま、そんなわけで次のお茶会ではいい加減王子の腹を見せて貰いましょう。殿下が王位を求めないなら提案する意味もないですし」


 ルイセントが断るならウィンティにでも話を流して動いて貰うさ。

 将来の王妃たる器があるなら、ウィンティも発案者が私だからってだけで難民を排除できる利点を無視はしないだろう。


 もし足蹴にするようなら――ジョイスじゃないけど器不足、ルイセントもウィンティもその程度だったって諦めてダートに策は中止、実現不可能って謝るしかないね。実行に移す前なら害はないし許して貰えるでしょ。


「……王子が、王位に就くための手柄を。成果を求めたら?」

「その時はお姉様のよきに計らって下さい。この案はエミネンシア侯の協力無しには実現できませんし、そこに干渉する手段は私にはありませんから」


 後はお姉様次第だ、と伝えるとお姉様がビクリと肩を震わせる。


「でも……仮に殿下も協力してくれて、お父様も頷いて。だけどお父様がもし約束を違えたらアーチェは死ぬ、のよね」


 おお、お姉様も着実に成長しておるなぁ。何事にも消極的な父親が裏切った時のことにまで視点が向くようになったとは。


「獣人たちから殺したい程恨まれるのは間違いないですね」


 まあルナさんが王都にいる間は大丈夫だろうけど。ルナさんをダートの元に戻して、その時に獣人の扱いが私の話と違ってれば――命の危険は確かにある。


「ですがお姉様、部下に死ねと命令するのは命令系統の最上位にある王族の最も基本的な仕事ですよ?」

「……ッ。ルイセント殿下を王位に就けたいならその覚悟を持て、というのね。アーチェは」

「仰せの通りです。ウィンティ様なら当然の顔で王子のために死ねと言えますよ。内心ではどうあれ、ね」


 ただまあ、私にはアイズとケイルがいる。二人がいればスラムから逃げ帰るくらいはできるだろうけど、ダートとの仲は完全におじゃん。対魔王戦でダートの力を借りるのは絶望的ね。

 だから多分私は死にはしないけど、王子であるルイセントが対魔王戦に参戦するか分からない現状、ダート抜きだと魔王に勝てるかどうかが正直危うい。

 でもそんな半未来予知なんて伝えても誰も信じないし正直に話すだけ無駄だから、身内に死者が出ますよぐらいの危険度だと二人には思って貰えばいいだろう。


「ま、仮に王子が頭を垂れたならエミネンシア侯は裏切らないと思いますけどね。チキ――いえ、慎重派なら事を荒立てはしないでしょうし。だから今回の件は単なる練習で済みますよ」


 正直私からすりゃあルイセントには王位継承争いなんかから身を引いて王国のために身を粉にして働いて欲しいまであるよ。

 でも現状だとどうなんだろうね? このままお姉様との婚約関係が続いた場合、ルイセントが対魔王戦に参戦する流れが全く見えてこないわ。


 普通に考えりゃお姉様が婚約破棄されてルイセントもプレシア親衛隊になってくれた方が国の未来という意味では安心。

 だけどダートが暴動で死んでしまったらそれはそれで困るし、そのためにダートがスラムから脱却できる筋道は用意したいから、現状ではどっちがいいのか分からない。


 だったら――ダートの生存を優先させた方がいいだろう。

 生きていれば騙くらかしてでも戦わせることはできるけど、死んでしまったらどうしようもないのだから。


「何にせよ我々はミスティ派閥です。お姉様の一存に従いますわ」


 ただ配下の仕事は献策と実行。方針を決めるのはあくまで派閥のトップの仕事だ。


「わかりました。ルイセント殿下の意向次第では献策してみましょう」

「「仰せのままに、お姉様」」




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