■ Ln02 ■ 枝話:高無彰子 Ⅰ




「おぉおあおぁあおおあっ!! あっあっあぁあー!」


 追加DLCをスタートして数日間は本当に楽園だった。

 『この手に貴方の輝きを』通常プレイでは聖女プレシアが学院に入学するところ、つまり十三歳から開始するため、私の好きなショタキャラはダート一人しかいなかったからだ。


 最近のゲーム、ほら原○とかを見習ってもっとショタキャラを増やすべきだと私は強く力説していて、ヘビーユーザーとして私自身そういう意見を一年前までは何度も投げていた。

 ショタは至尊だ。薄汚れきって陰謀だの策略だのに走る老いさらばえた下種どものどこに魅力があろうか。


 キャラとしての深みがある? 知謀策謀に優れた? はっ、そういうのは全部ゴミだ。詐欺師を商売上手と褒めるようなものだ。

 クソに塗れた社会で生きるウチにクソが自分の身体の一部になったウンコマンを賢者と持て囃すようなもんだ。


 この点に関しては地雷犬と意見が無茶苦茶一致してたわね。

 まぁあいつはショタの良さが分からず兄貴キャラに惚れ込んでたのが残念ではあったけれど。


「はっ……ぐぅ、あ、はっ……はぁあああっ、あはっ、はっ――」

「しょ、彰ちゃん大丈夫? ほら紙袋」


 どうやら私が動転して過呼吸に陥ってることに気がついた夫が慌てて紙袋を口に当ててくれて、呼吸を繰り返すウチになんとか肉体が理性の制御下へと帰ってきた。

 はー、危なかった。危うく気絶するところだったわ。

 話によると紙袋を口に充てるのってそこまで効果があるわけじゃないみたいだけど、意識を落ち着ける切っ掛けになるからね。

 いやはや、いい夫を持って幸せだよわたしゃ。


「落ち着いた?」

「ありがとーマコちゃん。助かったわ」

「それは何よりだけど――どうしたのさ一体、光過敏性発作?」


 なにそれ、と思ったけどどうやら昔ポケモンのアニメでそういうのがあったらしい。画面がピカッて光って眩しさに身体が異常反応するんだって。

 へー、そういやマコちゃんも地雷犬もポケモンやってたんだっけ。私は――うーん、あそこまでキャラがデフォルメされちゃうとちょっと萌えないんで敬遠してたけど。


「そういうんじゃなくてね、ほら画面」

「うん?」


 私が震える指でさした画面を見た夫は、しかし分からないかぁー、いや、分かったらちょっと怖かったけどさ。


「なにもなくない?」

「アイズが! ショタなの! 幼少期の立ち絵!」


 そう説明するとどうやら既に我が性癖を知るところの夫は呆れたように「あー」と情けない声を上げて首を振る。

 悪いわね、ゲームキャラのショタ見ただけで過呼吸起こすような奥さんでさ。


「素晴らしいのよマコちゃん! 主人公が五歳から始まるから攻略キャラもまた五歳から開始なのよ! アイズが、あの氷の剃刀が! ショタ! やべぇ、股間が濡れる!」

「……よく彰ちゃん俺と結婚したよね」

「推しと現実は別!」

「あ、そこはそうなんだ」


 あたりまえじゃない! そこを混同して児童を襲う連中なんざクソよ。ショタは手の届かない至尊の領域だからこそ美しいの。

 私如きの手が届いてしまってはむしろいけないのよ! 神聖にして不可侵の領域でなくてはいけないのよ。それが分からぬ輩が事件を起こして調子こいたフェミが……


 いや、この話は止めよう。仁義なき戦いが始まってしまう。

 唯一言えるのはロリショタも思想としては好きに思えばいいけど、それを現実に持ち込むのはNGってだけ。エレナ婆ちゃんもそう言ってるしね。

 私も地雷犬もそれだけは弁えてた。オタクの最低限の義務だからね。


 ただなんにせよ、


「ぐふっ、うひゃひゃひゃひゃは、ふへへ、ヒヒヒ」


 変な笑い声が漏れちゃうのはまぁ勘弁して欲しい。

 長年待ち望んだショタキャラの追加なんだ。このどうしようもない腐女子の心に翼が生えてどこぞに飛び立ってしまうのはどうかお見逃し頂きたい。


「……程々にね」

「わかってるー。ありがとマコちゃん愛してるわー」


 気を取り直した直後に緩む頬をだらしなく下げてプレイを再開する。

 ただまあ、私の極楽はここまでだったわけで――




――――――――――――――――




「オォアアアアッ!! アッ! アッ! アァアアアアッーー!!」


 憤怒の如き声を上げながらヘッドフォンを外して床に叩き付ける。

 チクショウ、幾ら推しとてこのご無体はないよ、あんまりだ!


「彰ちゃん、もういい加減止めにしたら?」


 夫が心配そうに後ろから声をかけてきてくれるが、咄嗟に上手く返事が出来ない。

 今返事をしようとすると、多分八つ当たりをしてしまうだろうから。


 呼吸を整え、汚部屋にログインし、


『ふざけんな! アイズ本当に氷の剃刀だな!』

『ってか好感度最悪じゃん! アーチェはいつになったら八歳になれんのさ!』

『クソがぁ、シナリオ担当愉悦部め、ふざけんなよ! 理不尽さを高難易度と勘違いしてんじゃねぇ!』


 うん、皆同じ事考えてるって分かって心が落ち着いてきた。

 深呼吸をしてゲームチェアに座り直し、ヘッドフォンを拾い上げて定位置へと戻す。


 そう。このDLC主人公であるアーチェ、何をやってもアイズに殺されるのだ。

 グリシアスの命でアイズに侍従を付けるよう言われ、自ら開いたお茶会に行った先でどのように選択肢を選んでも死ぬ。

 このゲームの常で二週間もすれば追加選択肢が表われるのだけど、新規追加された選択肢を選んでもやっぱりアーチェは死ぬ。


 なんなんだこのクソゲー。

 そんなわけで未だ汚部屋も含めた誰一人として通称『凍死お茶会』を抜けられたプレーヤーがいないのである。


 これ絶対おかしいと思うんだけど、スタッフコメントで『仕様です』って返されるから多分バグじゃあないんだろうが。

 そんなことを延々一ヶ月繰り返したせいで、夫の反応は呆れを通り越して心配になってきてしまっている。


「ゲームなんだからさ、心を荒げてまで進めるもんじゃないよ」


 くるりとゲームチェアを回して後ろを向くと、スマフォを片手にも夫は気が気では無いようで、


「そりゃそうだけどマコちゃんだって未だ文句言いながらもあれやってるじゃん。ほら英雄が聖杯巡って殺し合うやつ」


 散々クソゲーだっていいながらも数年前にリリースされたゲームをまだやってるのは夫も同じである。


「あーうん、でも俺は太陽ゴリラ引いた時はちゃんとレアプリにして溜飲下げたし。ヌンノスは公式がコンティニュー配ってたし」


 性能厨である夫曰く、もうNP配る手駒は揃っているから今は心安らかに遊べるんだそうだ。

 へー、よく分かんないけどソシャゲでガチャを楽しめなくなったら終わりじゃない? と私としては思うんだけど。

 だってソシャゲってガチャ引いてる時以外楽しい時間ないじゃん。


「最近はソシャゲも結構シナリオ面白いの増えてるよ?」

「へー」


 シナリオが面白いソシャゲねぇー。でも私としてはシナリオはまとめて読みたいってのもあるのよね。でもさ、


「面白いシナリオの間にゲーム部分挟まってくると没入感台無しにされてイライラしない?」


 純乙女ゲー沼出身の私としてはそこがどーにも性に合わないんだわ。


「あー彰ちゃんの言うことも分かるよ。話の途中でワイバーンは公式がネタにするほどのクソだしね」


 あ、やっぱりそれ皆大なり小なり思ってんのね。

 だってテキストって没入するからこそテキストとして意味があるワケじゃん?


 WEB小説読んでていきなりミニゲームを強制されたら誰だって宇宙猫になると思うんだよなぁ。

 ま、そんなこと考えるヤツはソシャゲやるべきじゃ無いって事だろうけど。上手く棲み分けできてると思っとくのが一番ね。

 なんにせよ、


「で、彰ちゃん何でそんなに荒れてたの?」

「主人公すぐ死ぬ」

「そんな吸血鬼みたく言われても」

「吸血鬼と違ってここでゲームオーバーだからもっと洒落になんない」


 あと何回氷像になったアーチェを見ればいいのか教えてくれないかな神様もしくはシナリオ担当。

 ぶっちゃけショタアイズと兄妹になったアーチェとかテメェ貴様今すぐそこで死ねって思ったけどさ、こう何度もアイズに殺されるの見てると流石に哀れになってくるわ。

 あーあ、


「こういうの真弓美は得意だったんだけどなぁ」

「姉さんが?」

「うん。あいつ自分専用の地雷以外は無茶苦茶回避能力高かったから」


 地雷犬なー、あいつ確定した地雷にだけはどうやってもツッコむくせに、それ以外は正解ルート探すの犬の嗅覚張りに上手かったし。

 だからあいつが配信始めるとみんな寄ってくる人気走者だったし、今でも汚部屋であいつの死は嘆かれてるぐらいだもんなぁ。

 本当、あいつが生きてて私の代わりにプレイしてくれればどれだけよかったか。


「私お茶会での選択肢なに間違えてんだろう、どうして死ぬのかな」

「なに選んでも死ぬの?」

「うん」


 うーん、なんて言いながら立ち上がった夫が近寄ってきて、画面の中で氷の彫像と化しているアーチェを見やり、そっと顎に手を当てる。


「じゃあお茶会が始まるそもそも前に原因があるんじゃない?」

「前って、アイズと出会った瞬間から?」

「それよりもっと前。素行の噂とか生活態度とか。あと通常プレイではNGなことをあえてやってみるとか」


 そんな何気なく放たれた夫の一言に目から鱗が落ちたような気がした。

 そっか、そういうことか。

 私と画面の向こうにいる腐女子たちはなんとかしてアイズが養子入りしてきたとこからやり直してたけど――


「マコちゃん天才!」


 夫のほっぺにキスしてヘッドフォンを被り直し、追加DLCを最初からスタートする。

 そういうことか。私たちが通常版でどういうプレイをしていたか、そのデータを十分に分析した上でのDLC配信だ。

 それを踏まえれば、あの愉悦部シナリオライターのやることだ。多分『通常版の定石をやっちゃいけない』ぐらいのことは考えて然るべきだった。


「待ってろよぉーアイズよぉー、お前を乗り越えて私のピー奴隷にしてやっからなぁ!」

「品がないよ彰ちゃん」




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