■ 11 ■ 新たな関係構築




「おはようアイズ。新しい朝が来たわね! 希望の朝だわ!」

「おはようございます姉さん。でも、その、すみません、どこら辺が希望の朝なのか分かりません。普通の朝と何か違うのですか?」

「あー朝にかかる枕詞だから気にしないで」

「は、はぁ……」


 そんなわけで、あれ以降の朝食はアイズと向かい合って二人で取るようになっており、若干QOLがアップしたアーチェ・アンティマスク伯爵令嬢である。


「アイズそこ肉はもう少し小さく切って。口はなるべく大きく開かないように」

「あ、はい」

「そう、ナイフはお皿に当てないように、かつ優雅にね(馬鹿らしいけど)」

「……姉さん、聞こえてます……」


 まあ、業務効率化って奴よ。弟の貴族教育を加速させつつ、かつアイズには反射攻撃を抑える訓練を積む。

 そんなわけで魔術相殺用にメイが普段から弓と矢筒を持って背後に控えているのは異常な光景だけど……


「魔術制御に不備があるであろうことは予想の範囲内だ。学園に入学するまでに直せ、アイズ」

「はい、父上」


 ひとまず面倒な説明は放り投げて時々暴走する、という説明をこの家の者には伝えてあるので理解は得られている。

 実情を正直にゃぁ言えないよ。

 だってお前ら悪人だから反射的に攻撃しちゃうんです、とか言われたらむかっ腹立つじゃん? それよりは時折暴発、の方がまだ納得して貰えるからね。


 まあその説明のかいあって、アイズに不要不急で近づく人はいないし、将来的に侍従を付けることもお父様の前で確約させたので問題はクリアだ。

 なおその侍従だけど、お父様の息がかかった者を回避するために、


「少なくともアイズの不意打ちを受けても怪我しないレベルの侍従がよろしいかと」


 というぶっとい釘を刺してある。なにせ男爵に続いて私の足を砕いたのは疑いない事実であるからね。

 お父様もこの意見には強く反対はできないわけだ。


 いずれは魔王とも戦えるというアイズ程の力があって、かつお父様に従順な駒ってのはさすがのお父様でも準備ができなかろうよ。

 ハッハー! 魔王ラスボス戦の難易度が変わる程の才能だぞぅ! 用意できるならしてみろやぁ!


 というわけで私としてもこの結果にはご満悦である。脚の一本くれてやったかいがあったもんよ。

 その脚もお父様の金で治ったから実質タダだ。笑いが止まらないね。




 そんなこんなでアイズ的視覚がどのようなものか、時折適当な理由でメイを追い払いながら少しずつ確認してみたのだけど、


「一応、普通に物は見えます。でも人と人型の死体は見えません」


 アイズも別に生まれた時からそうだったわけではないらしい。

 幼少期は氷の魔術が使えるだけの普通の子であって、それが一変したのが、


「あの日以降、人を濃淡でしか識別できなくなりました。外見は全て同じドロッとした人影としか」


 野盗が目の前で母親を殺した瞬間だそうだ。

 成程ね。多分アイズの目は正常に外部情報を獲得しているんだろう。

 人だけが都合よく見えなくなるなんて病気はないし、悪魔だって当然憑いちゃいないわけだし。


 家族の死を認識したくないアイズの意識が拡大作用して、視覚で捉えた人の像だけを認識から削除している。

 その代わりに恐らくは氷神の加護で、アイズは二つ目の視界を獲得した。


「私に見えるのは人の心の温度――だと思います。瞬間その時々のそれではなく、累積か平均値の」


 アイズの善悪感に従い、善人ほど白く悪人ほど黒く見えるらしい。しかし平均値なので誰が誰に悪意を抱いているとか、そういうのまでは嗅ぎ取れないそうだ。

 微妙に使えない反面、助かってもいるよ。だって瞬間的な善悪が分かってしまったら、お父様の前に出た私なんて一瞬にして真っ黒になるだろうし。


「しかし……そっか、歩いてるヘドロが視界内をうろついてるなら冷凍マグロを見るような目にもなるわね」

「冷凍……マグロ? 姉さん、その、もしかして僕、目つき悪いですか?」


 あ、そういやアイズは庶民だったわね、っつか冷凍マグロを見たことある奴なんてこの国にいなかったわ。うっかりうっかり。


「んーだから、腐りかけてる死体でも見るような目しかしてないって」

「……そう、なんですか」


 にしてもそうか、人が見えないんだからアイズの場合、鏡を見ても自分の顔も当然見えないのね。

 だからあのゴミでも見るような視線や乾ききった冷笑を自分で自覚できず、直すこともできなかったんだ。

 まあ、そんなこんなで表情についても現在試行錯誤中だ。氷の剃刀は敵を作るだけだからね。


 ちなみにアイズの視界を利用して悪人を見つけ出すとかは無理みたい。

 何故なら、


「その、この館の人は概ね黒いです。その、あの、姉さん含めて。一番は……父上ですが」


 だよねぇ! そうだと思ったよ!

 そも庶民の視点で善悪を判断したら貴族に関わる連中なんか皆黒いに決まってんじゃん!


 だって上位貴族になればただ相手が庶民、ってだけで暴行していいんだから。

 流石に殺すのはほんのちょっとだけ拙いけど、相手に非があればほぼ問題なし。大名行列の前に出た子供の如く首があっさり飛ぶ。


 首を飛ばされる方の立場から見りゃ、そりゃ真っ黒だよね。

 まあ、そんなわけで、


「あの、姉さん」

「なに?」

「その、何で姉さんはいつも後ろから抱きついてくるんでしょう」

「んー、視覚対策」


 アイズを見つけた時には背後から抱きつく姉弟スキンシップを絶賛執行中だ。


「目で見ると歩くヘドロでも触覚とかは普通なんでしょ? だったら反射的魔術撃たせないにはこれが一番じゃない?」


 なおこれ冗談とかじゃ無くて純然たる事実である。

 下手に距離を置くよりゼロ距離で体温を伝える方がアイズの反射行動を抑えられると試行錯誤の末に分かったのだ。


 一応、あれ以降アイズの魔術を受けても基本的に私は無傷で流すことができているけど。


 というのも反射的魔術はどうやら相手の黒さによって威力が決まるみたいで、私の場合は身体の一部が凍り付けになる程度で済むらしい。

 あの時は調子こいて脚凍らせたまま話してたから魔術の氷にどんどん体温が奪われてボロっといっちゃったけどねー。

 凍らせられたら即座に矢で粉砕すれば精々表面の体温を奪われる程度で済むから、ぶっちゃけそこまでは恐くない。

 ま、それでも冷えるよりは冷えない方が当然いいからね。バックアタック推奨なのさ。


「で、でも、その、流石に距離が近いというか……貴族的にこの距離はおかしいと思います!?」


 おりょ? アイズってば少し早い思春期?

 でもあれよねー私も七歳児だから「当ててんのよ」できる胸が無いんだなこれが。へへっ、ちょっと悔しいぜ。


「まあ、大人になったら厳しいけどねー。子供のうちならへーきへーき」


 第一、早いところアイズには「貴方には人に見えないそれも生きてる人間だからね、凍らせちゃ拙いね」っていう強い認識を掴んで貰いたいのである。

 それを理解させるには視覚以外の情報で「生きている人」を強く意識できるようになるしかないだろう。

 

 そう、人が見えないから人を攻撃できる。

 根っこが善人の庶民であるアイズがどうして人を傷つけられるのか。それは目の前にいる相手は人じゃない、と認識を阻害しているため。


「生きている人間を意識しなさいアイズ。耳で、鼻で、皮膚で」


 人じゃ無いから傷つけていいって。人間相手じゃないから悪いことにはならないって。

 それは自分から家族を奪った野盗を己の手で殺す為にアイズが作り上げた、アイズにとって実に都合のいい逃げ道・・・だ。


 だからそこに逃がさないよう、アイズの手に私の手を重ねて、ぎゅっと握りしめる。


「貴女が今感じているこれ・・が私よ。今ここに生きている私。貴方の視界に映る『それ』とこれは同じもの。貴方と同じ体温を持つ人間なの。それを意識しなさい」

「……はい、分かってます。姉さん」


 そしてアイズは賢いから、自分がそういうズルを無意識で許容しているのだと、もうキチンと理解している。

 私と違って本物の七歳児なのに、本当に頭のいい子だよ。尊敬しちゃう。


 ちなみに一応お父様にもアイズには人間が人間に見えないことは説明した。

 もっとも悪人度検出は秘密のままだけどね。言っても仕方ないし。


 そんなわけでこの触れ合いも治療の一環ということでお父様にも容認されているわけだ。

 ガチ貴族基準だとアイズの言う通り完全アウトだけどね。


「よろしい。あ、でもどうせ姿が見えないなら私は裸でもなにも問題ないのよね」

「止めて下さい! 僕に見えなくても周囲には見えてるんですよ分かってますよね姉さん!?」


 こいつならやりかねないと思ったのか、アイズの声がすっかり裏返ってしまっている。

 やぁねぇ、やんないわよ。お父様の視線が恐いからね。


 いや、その、ちょっとだけやってみたくはあるけど。こっそり。




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