■ Ln01 ■ 枝話:高無彰子




 棺桶の中で目を閉じている悪友の側に、そっと献花を添える。

 某有名古典野球漫画では「きれいな顔してるだろ。ウソみたいだろ」なんて言われていたけど、死者はあくまで死者だ。

 死化粧をしたところで、寝ているのとも違う、ピクリとも動かない蝋人形を見ているような違和感を覚えて――胸がかき乱される。


 『おつかれわんこー』なんてボイチャの一言が別れの言葉になるなんて。本当に、死んでしまったなんて。

 実感がないのに、死体はこれでもかと死の気配を纏っていて、この二つがどうにも頭の中で結び付いてくれない。


 しかし私の親友、高無真弓美は死んでしまった。死んでしまって、こうやって数多の花と悲しみと共に棺桶の中で横たわっている。

 喪服に身を包みながら、こいつの人生は良いものであったのだろうかと、軽い罪悪感に囚われる。


 県で唯一の女子高で一年生の時に同じクラスになって友人となって。そして乙女ゲー沼に引きずり込むことになって。

 大学は別々になったけどラインとチャットで毎日のように会話してたから疎遠になることもなくて。


 そのままコロナ禍のままに就職して、運悪くパワハラ上司に当たったコイツは入社一年で休職して。

 そしてその後は上司に恵まれ、独り身ながらも人生を楽しんでいる兆しがようやく見えてきた最中での急逝だ。


 棺桶が火葬場の無骨な扉の奥へと消えていく。

 あいつの死体が骨になるまでだいたい一時間。スマホを取り出す気分でもなく火葬場をうろついて消費していると、駐車場に出たところで、


周東すどうさん、来て下さってありがとうございます」

「お、マコちゃんおひさー。昔みたいに名前で良いよー」


 あいつの弟が背後から声をかけてきた。

 高無たかなし真古人まこと。我が親友の弟で、あのクソ腐女子の弟とは思えない――いや、反面教師と考えれば納得はできるのだが――真面目なヤツだ。


 こいつもこいつで多少オタク入ってるんだけど、どちらかといえばリアルに身を置く側の存在で、その点は多少羨ましくもある。

 まあ、今日のコイツを羨ましいと言えるヤツは人としてクソだろうけど。


「次に式場で会うなら結婚式場だと思ってたわ」

彰子しょうこさんのですか?」

「馬鹿言え、君のに決まってんじゃん。私もあいつも結婚は無理無理ってね」


 私もあいつも重度の腐女子だ。人と話すのは画面越しの方がいい。人の集まる場所は苦手。

 リアルの人間関係なんてめんどくさくてやってられないから、一人でできる趣味に没頭している寂しい女。それが周東彰子と高無真弓美だ。

 それでもお仲間が欲しいという寂しさだけは人並みにあるから、チャット越しで好きな時に会話して好きな時に切る。そういう雑な付き合い方ができた親友は――


「先に逃げられちまったなぁ」


 もう、この世にはいないわけで。


「酒飲んで熱湯被って脳の血管ブチリって、何のためにあいつ毎晩ビタミンサプリ飲んでたんだよ。血管ボロボロ、意味ねーじゃん」

「姉さん曰くおまじないだそうですし、効果は期待してなかったんじゃないですかね」


 まーね。私も鉄分とチョコラ○Bは飲んでるけど、こればっかりはどうしても単調な食事ばかりだと不足するからね。


「あいつの部屋はもう引きはらったん?」

「いえ、まだです。ひとまず見られてアレなものとハードディスクは処分しましたが。ドリルで」

「ドリルで」


 ……あいついい弟持ったわね―ホント。私一人っ子だし、私が死んだら私のPC誰がぶっ壊してくれるんだろう。

 中を見られたら死ぬ。社会的に死ぬ。黒死○以上の生き恥で身体が散りじりになって死ぬ。


「マコちゃん悪いんだけどさ、私が死んだら私のPCもドリル頼むわ。両親にはとても見られたくないし」

「あれ、彰子さん隠れでしたっけ?」

「隠してはないけど軽いオタ程度だと思わせてるから」


 まー私は地雷犬と違ってグッズには手を出してないからね。

 その代わりSk○bとかには投資してるし。だからデジタルデータは見られると、その、困るのだ。名誉的に。


「てなわけでライン交換しない?」

「いいっすよ。……はいバーコード」

「お、サンキュ」


 ラインのIDを交換すると、


「彰子さんのライン名『食む太郎』って、案外可愛いですね」

「あーそれ、真弓美が付けたのよ」

「……姉さんが?」


 そこで訝しむ辺り、流石はあいつの弟だわ。あいつがまともな名前なんて考えるはずないもんね。

 私があいつに地雷犬なんてHNを付けてやったこれは報復である。食む太郎はあくまでHNの一部に過ぎない。

 ま、恥ずかしくてこの場じゃと手も口に出せないからね。後で気が乗ったら教えてやろう。




 なーんて考えてた頃が懐かしいわ。いや、懐かしくもないか? よく考えたらまだ一年だしね。


「彰ちゃん、どう?」

「んーマコちゃんが気に入ったならいいんじゃない?」


 マンションの下見を終えて、まあ問題は無いだろう。2DKで鉄筋。家賃は十二万。管理人は常駐。

 二人で済むには悪くないだろう。


 そう、高無真古人と高無・・彰子が二人で住む程度には丁度よかろう。


 あれからなんだかんだで弟君と付き合うようになって、まあお互い既知であり気安かったせいもあったのだろう。

 一年間は喪に服した後、私と弟君は籍を入れることになった。


 真弓美もやったという、先に死んだ方がお互いのPCを破壊するって『ストゼロ家飲みの誓い』も交わし終えている。

 なんだかんだで私たちはよい関係を築けていると思う。


 そうやって不動産会社と賃貸契約を結び、引越しを終え。

 安い挙式も終えて安定した生活が始まった頃に――


「ん? 『この手に貴方の輝きを』のDLC?」


 ぼーっと流していたアニメの間に挟まったCMで、どっかで見たことあるような絵を見たと思ったら。

 独身のころ、毎晩のようにプレイしていた超クソゲーがここに来て追加コンテンツだと?

 ってかこのゲーム、TVにCM挟める程売れてたんだ。そっちの方が意外だったわ。


「追加シナリオでは新しい主人公を操作してIFの可能性を模索することが可能です! 新しい『この手に貴方の輝きを』の世界をどうぞご堪能下さい!」


 ……へぇ、IFの可能性ねぇ? あの愉悦部だろうシナリオライターが提示するものだ。

 どうせクソみたいな内容であろう事は間違いないんだけど。


――もしかしたら地雷犬の推しが生き延びるシナリオとかもあるんじゃないか?


 そう考えると、ああ、まだやはり私も引きずっているみたいね。

 あいつが最後まで望んでいた状況がはたして成立しうるのか。少しばかり頑張ってみてもいいだろう。


「悪ぃマコちゃん。しばらく寝不足になるわ」

「いいけど健康を損ねない程度にね」


 なお付き合って分かったけど弟君、いや我が旦那様はソシャゲー趣味だった。私たちみたいにPCではあまりゲームはやらないみたい。

 今はたしかブル垢とかいうなんか可愛い女の子がいっぱいでてるゲームにハマっているそうで……でも無課金な辺りやっぱりライトなチョイオタねー。ちょっと羨ましいわ。


 あと美少女ゲーやってるのに完全に性能厨なの、あんたオタクとしてそれでいいの? 普通好きなキャラに投資しない?

 いや、人のプレイスタイルにケチ付けるつもりはないけどさ。

 人は人、私は私だ。他人の生き方に文句付ける迷惑な大人にはならないようにしないと。はい反省終わり、ゲーム開始!


 キャッシュで追加コンテンツを購入して、久々にクソゲーを起動する。

 さーて、やってみますか。地雷犬の弔い合戦だ。新たな主人公とやらで私が盛大に爆死してやろうじゃないか!

 主人公は……


「アーチェ・アンティマスク……?」


 おいおい、もしかしなくてもこれグリシアスの娘じゃねぇの?

 始める前から不安な匂いがギュンギュンするので久しぶりにボイチャ起動して汚部屋にログインしてみると、


『あぁああああまたアーチェ死んだ!』

『こっちも駄目! この主人公死に急ぎすぎ! レミングスかよ!』

『スペランカーだってもうちょっとは生き延びるわこの惰弱がぁ!』


 ……うわぁ、阿鼻叫喚だ。

 声だけでなく文章チャットの方も死屍累々であるようで、やってくれたな愉悦部シナリオライター!

 やっぱり一年経っても新規DLCでもクソゲーはクソゲーかよ!


「……プレイしていいのか、このゲーム」


 始める前から不安になってきたよ。

 目の前に広がるのは先の見渡せない程に広大無辺な泥沼だ。

 果たして私はこの泥沼を沈みきる前に走り抜けられるのか?


「ええい、ままよ!」


 覚悟を決めてDLCスタート。

 さぁあの世から力を貸しなさい地雷犬、あんたの推しを生かすためにこの泥沼、走り抜けるわよ!




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