■ 04 ■ 状況確認 Ⅱ
生半可な手段であの男を蹴落とせるはずがない。
それができるならあの男がしたり顔でエンディングに出られるはずがないのだから。
だから疑いなく、私がこれからすることは悪だ。
他の誰が『ただの政治』と言葉を糊塗しようと、私自身がその美しい上っ面を纏うことを許さない。
私自身が疑いなく悪と認める権謀術数。そこに足を踏み入れる。
だから、ならば。
せめて、命と魂を賭けよう。
無論、花京院のじゃない。この私自身のだ。
私が私の推しの未来を切り開くために、真っ先に私自身をコストとして消耗する。
私の策略のツケは、この私がまず真っ先に支払う。無論、私一人が受け止めきれる程度のツケであの男を追い落とすなんてできるはずもないから、周囲にも必ずとばっちりが行ってしまうだろうけど。
だけど、だからその責を、責め苦を最初に負うのは私でなければならない。
兵士たちの背中に隠れて、安全な宮廷から戦を弄ぶようなことはしない。
スローライフも栄達も要らない。平穏なんて望みもしない。
私が求めるのは推しの幸福な未来、ただそれだけだ。その為ならばこの命をも捧げよう。
この私をそんじょそこらの夢小説と一緒にしてくれるなよ。
私に必要なのは幸せな推しの未来であって、そこに私の未来が含まれる必要なんて一切無いのだから。
だから私には知識が必要だが――アーチェ・アンティマスク伯爵令嬢はメイの反応からして勉強好きでも優秀でもなかったのは疑いない。
つまりいきなり発熱後にガリ勉になったりしたら、万が一を疑われる可能性もある。そう考えると素直に受業を受けるのは悪手だ。
「先生、私もっと面白い本読みたい」
だからあえて、初手はわざと
「アーチェお嬢様、こう言っては何ですがアーチェお嬢様の授業は平均的な伯爵令嬢から遅れているのですよ。社交界で恥をかきたくはないでしょう?」
「なによ、そんなの面白いこと知ってればお話なんていくらでもできるでしょ? 私は面白い話を読みたいの! 不思議な話とか、変なこととかの!」
ただ額を抑えた
「仕方ありません、病み上がりですし、今日だけですよ」
そう
うーん、子供向けの図鑑ですらこの偉容とは……まだ活版印刷もなく本が全て手書きの世界かよ。要するにこんな子供向けの本すら高級品ってワケだね。
「ありがとう先生!」
歓声を上げて、本を机の上に開く。いや、五歳児にはこれ抱えて読める重さじゃないからね。
しかし――先生よ、いいチョイスをしてくれたな。これ読めばこの世界の科学水準がだいたい分かるじゃん。
毒による銀の腐食反応、ブロッケン現象、カメラ・オブスクラ、燃える石、温度差で膨らむ不思議な銀色の液体、醸造と発酵、蜂が作るハニカム構造、その他諸々。
他にも前世にはない魔獣の生態や魔術の不思議などが子供にも分かりやすく(ただし何故そうなるのかは謎とされて)書かれているの、めっちゃお手軽な科学知識の把握じゃん。
「先生先生、これ、どうしてこうなるの?」
目を輝かせて
「この本に載っていることの大半はまだどうしてそうなるのかが分かっていないことばかりなのですよ、アーチェお嬢様」
「えー、先生にも分からないことがあるの?」
そう無邪気に聞いてみると、
「アーチェお嬢様はこういうものが気になるのですか?」
「なるわ! よく分からない計算とかよりこっちの方が面白そうじゃない? 皆が分からないことを私が突き止めてみせたら勉強なんかできなくても皆が私のことを頭がいいって思うでしょ?」
馬鹿のフリしてそう聞いてみると、しかし何故か
「ええ、そうですね。ですがアーチェお嬢様。それらの不思議は昔の人々が勉強に勉強を重ねてもなお解き明かせなかったからこそ不思議なのですよ。お勉強嫌いなアーチェお嬢様では一生解き明かすことはできないでしょうね」
あー、この
そうやって私の興味を勉強に向けようって一瞬で作戦を切り替えてきたのか。流石プロだわ。いい仕事してる。
「むー、お勉強すればこういうのが分かるようになるの?」
「簡単には無理ですよ。でもお勉強をしなければ絶対に分かり得ないでしょう」
にこっと私の味方のような顔で微笑む
「本当ね? 嘘吐いたら先生のこと嘘つきってお父様に言いつけるんだから!」
「ええ、五年真面目に勉強してなお不思議を解き明かす取っ掛かりも掴めないようでしたらどうぞそうなさいませアーチェお嬢様。お勉強、なさいますね?」
おうともさ、私としては元々はそれを望んでいるんだからね。
そんなわけで真面目な授業の再開だ。大半は知っている内容だけど、なるべく馬鹿のフリして惚けながら、しかし授業自体は真面目に受ける。
そうして規定の時間勉強をおえると、
「今日のアーチェお嬢様は実によい子でした。この世の不思議を解き明かしたいなら明日も今日と同じくらいに頑張らないと駄目ですよ」
「はぁーい」
どうやら真面目に学ぶ生徒には優しいらしい
知識は必要だからね。些細なことでも、いかなることでも。
「でも、先生でもその本に書かれてる不思議はよく分かっていないのよね?」
「ええ、残念ながら私はあくまで伯爵家相当の
本当の五歳児なら、分からなかっただろうけど。
その声音には自分の限界を悟った学者の老境みたいなものが窺えて――だからまあ、ちょっとだけマセたことを言ってもいいわよね。
「なら、先生の代わりに私がこれらの謎を一つでも解き明かして見せるわ。だから先生が知っていることは全部教えて頂戴?」
そう言うと一度目を剥いた
可笑しそうではあるけど、嫌味の無い、カラッとした陽気な笑みだ。
「宜しい。このティーチが知りうる限りの全てを貴方に授けましょう。努力なさい、アーチェ様」
「はい、ティーチ先生」
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