■ 04 ■ 状況確認 Ⅰ
「それではお勉強を始めましょう。四日も無駄にしてしまいましたからね」
自室に戻り、九時を告げる鐘がなるその前にやってきた
四日も無駄に、とはいい態度じゃないの。流石はお父様が付けた家庭教師ってわけか。
体調崩して高熱出してブッ倒れているのは時間の無駄だってわけね。
……頭から水ぶっかけてやろうかこのアマ。
まあいい、勉強をしなきゃいけないのは事実だからね。お父様が付けた教師だ、無能ってことは無いだろうし。
性格と思考がクソでも能力があるならそれでいいわよ。私に必要な知識を授けてくれるならね。
そう、この世界はゲームの中ではない。
三日三晩高熱で寝込んでいた私に目覚めた直後から受業を受けさせるのは、まああのクソお父様的にも流石に無しだったのだろう。
一日だけ与えられた猶予の中、幸いにも文字は読めたので可能な限りの検証を行なって導き出した結果がそれだ。
この世界は、あくまで『この手に貴方の輝きを』に極めて酷似した、しかし完全に独立した一つの世界だ。
スキルは無い。
HPやMPといった概念はない。
乙女ゲーに必須な親愛度も無い。
レベルアップはない。
ステータスはオープンされない。
異常な魔力の成長とか無理。
資源は有限。
物理法則は無視できない。
国と国とが人の理由で争い合っていて、それにはきちんとした歴史的裏付けと利害の一致不一致がある。
文化に関しても地球との類似はあるものの、全てこの地で芽吹いて育ってきた歴史がある。
誰かが突如として異文化を持ち込んだ、というわけではない。
オーパーツが突如として歴史を変えたという形跡もない。
要するに、ちゃんと一から育った真っ当な世界であるということだ。
だけど、この世界には魔獣と神がいて、人間以外の人類種もいる。
だからゲーム世界への転生ではなく、あくまで異世界転生と捉えるべきだ。
ゲームだからというお遊び的な思考は一刻も早く捨て去らないといけない。私が目的を果たすためにも。
その一方で、私を取り巻く舞台設定は完全に『この手に貴方の輝きを』そのものだ。
――――――――――――――――
乙女ゲーム、『この手に貴方の輝きを』は二部構成になっている。前半は主人公プレシアが聖属性を認められて王立貴族大学院に入学する学園パート。
後半が学園を卒業し、貴族の責務としての徴兵期間中に攻めてくる魔族を撃退する戦争パートである。
要するに前半はADV要素が強く、後半はRPGとSLG要素が強くなってくるわけだ。
魔族のスペックが高すぎて、前半に色ボケしてると容赦なく後半で磨り潰される辺りがあまりに悪辣なんだけど、実世界に当てはめてみればまーしゃーないよなって思う。
だって学園を卒業したばかりのペーペーが敵国の軍隊と相対して生き残らなきゃいけないんだもん。ゲームとしてはクソだけど現実としては――さらにクソオブクソだ。どういう難易度だよ。
つまり、ゲームの舞台と極めて酷似している、と言うか名前もゲーム内と同一であるこのアルヴィオス王国は、いずれ魔族の侵攻を受けると考えた方がいい。
「先生、お勉強とか無意味だわ。どうせ戦争が起きたら何もかもシッチャカメッチャカになって終わりでしょ?」
近々に戦争の機運があるかちょいと探りを入れてみるが、
「戦争なんて起こりませんよお嬢様。アーチェお嬢様のお父君を含む上位貴族が指揮を執る国家騎士団が護りを固めていますので」
そう、現時点では戦争は起きない。
まだ魔王ニクスが表舞台に姿を現さないから。
ぶっちゃけ『この手に貴方の輝きを』第二部でもアルヴィオス王国は完全に寝耳に水状態で魔王ニクス率いるディアブロス王国から攻撃を受けて第一、及び第二騎士団が壊滅。
まともに戦える戦力が激減するから学生上がりが前線に立つようになるわけだもんなぁ。
そして学生上がりという脆い連中を陰日向に支える役目を果たすのがグリシアス・アンティマスク率いる第三騎士団というわけだ。
くそったれ、反吐が出るわ。
要するに
マジでシナリオライター頭おかしいよ。なんでグリシアスを味方認定してエンディングの大団円に加えてるわけ?
要するにこいつら、いずれ聖女と崇められる主人公プレシアとその相棒となる聖剣の勇者を魔族の矢面に立たせて、比較的(悔しいが絶対ではない)安全な場所に潜んでるんだよ?
後詰めや兵站、諜報や攪乱が必要なのはゲームのSLG部で散々お世話になったから理解してるけどさ。
いい歳した大人が自分の子供世代を盾にして出世するとか、あまりに気持ち悪すぎるんだよ。
しかもグリシアスの第三騎士団長って立場すら、策略で他人を陥れ、騎士団員にわざと犠牲を出してまで手に入れた地位なんだよ? おかしいじゃないか。
私がそうボイチャや文字チャで熱く語っても、周囲の反応は極めて薄かった。
だいたい帰ってくる返事ってのは
「主人公を活躍させるためのゲーム的な都合」
って観点を除けば一つに集約されるからだ。
つまり、
「それが政治ってやつでしょ」
である。
んな馬鹿な。
にべもなく返されるこの答えが私は何度聞いても好きになれない。
この手の返答をする奴は、「他人の裏をかいて自分の勢力を拡大し我欲を充たす」事が上手い奴を優れた政治家だと褒めそやす。
要するに他人を騙すことに長けた者こそ優れた政治家だというわけだ。
それはいくら何でも政治を貶めすぎだと私は思う。
そもそも政治ってのは善い社会を構築、維持する為の営みじゃないの。
もちろん万人に共通する『善い』が存在しない以上、善い社会を巡って対立や抗争が起きるのは当然のこと。
だけど、それを他者を踏みつけにして特定個人が利することとイコールにしてしまうのは如何なものか。
「それが政治ってやつでしょ」という台詞には肝心な二文字が抜けている。
正確には、
「それが
である。
政治とは闘争の場であるは真だ。組織はできあがった瞬間から腐敗していくも真だ。
だけど政治とは腐敗した闘争の場である、は真じゃない。その二つが組み合わさっちゃうから結果としてそうなってしまっているだけだ。
無論、私だって現実には善性だけでは悪性を排除することはできないって知ってる。絶対的な紳士は手段を問わぬ卑劣漢には絶対に勝てないのは分かってる。
だから可能な限り世の中を善くしよう善くしようと努力して、それでもどうしようもない時に悪辣な手段を
それが本来の姿であって、楽だからとか気持ちいいからという理由でひょいひょい振るわれる悪辣が政治なわきゃないでしょ。
「世の中にはある程度の悪が必要であって、然るにそれが私であり、故に私が人を騙し私腹を肥やすことは許される」
とか言う奴はただのアホだってわかるじゃん? そんなの自分だけ特別視しているだけのクズだよ。
自分が悪いことをするのは許される。だけど他人がそれをやるのは許せないとか。
そんなクズのために私の推しが殺されるなんて、断じてあっていい筈がない!
……だけど、これから私もまたお父様と同じ道を歩むことになる。
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