ゲーム:『音楽室』
2023年7月7日午後7時25分
『音楽室へようこそ。人数が揃いましたので、ゲームを開始します』
アナウンスが室内に響き渡る。アナウンスの女が告げる内容に、松本を含めた4人が戸惑いの表情を浮かべる。
『ゲーム「私をよんで」。クリア条件は、演奏時間内に音楽準備室に入ることです』
「はっ?」
そう戸惑いの声を漏らしたのは、堀田だった。それから、辺りをキョロキョロし始める。その様子は、誰かに説明を乞うような仕草に見える。しかし、説明できる者なんていない。
-これから一体、何が始まるんだよ。
松本は、得体の知れない不安に襲われる。堀田は、不安げな表情を浮かべながら、黒板上のスピーカーを見ている。一方の栗花落と小川は、冷静な表情でいる。
『教卓の上にあるテレビに、問題が表示されます。全部で7問あり、皆様にはそれらを順番に解いてもらいます。最後の7問目に正解したら、鍵の在処が分かります。その鍵で音楽準備室を開けて、中に入れればクリアです』
「音楽準備室…、あそこか」
小川が教室の後ろへ目を向ける。黒板の反対側にあるドアへ向かう彼に、松本たち3人が付いていく。
小川は白いドアの前に立ち、ドアノブを握る。左右に回そうとすると、全く動かない。押したり引いたりしても、開かないことを確かめた小川は、小さなため息を吐いた。
「ダメだ。びくともしない」
眉をくの字にし、困り顔を見せる小川に、3人は黙ったままでいる。
『制限時間は、「手のひらを太陽に」の演奏が2回終わるまで。演奏時間内に音楽準備室に入れなかった場合、室内に塩素ガスが充満し、死亡します』
「塩素ガス!?嘘だろ」
「なんだよ、幸太。そんなにやばいもんなの?」
青ざめる松本に、堀田がおそるおそる尋ねる。松本は彼の質問に、首をゆっくりと縦に振って答える。
「簡単に言えば、毒ガスだよ」
「毒ガス!?」
「プールで嗅いだことあるだろ?刺激臭で、なんか嫌な匂い」
「うん。プールの授業でよく匂うやつでしょ?」
「ああ。ガスが皮膚や目に触れると痛みが生じて、吸い込むと肺がおかしくなる。そしたら、最悪呼吸ができなくなって死ぬ」
「…マジ?」
「さっきのアナウンス通りなら、そうなっちまう」
松本の説明を受け、堀田の表情がみるみる青ざめていく。堀田の側で聞いていた小川と栗花落も同じ表情を浮かべる。
「だったら、こんなとこ出ようぜ!」
堀田がそう言うと、教室のドアへ駆け出した。彼がドアを開けようとするも、開く気配はなかった。
「ちくしょお!なんで開かないんだよ!!」
堀田の悲痛な叫びが、室内に響き渡る。
出入りできないこの室内に毒ガスが充満していき、苦しみながら死ぬ。目と皮膚に痛みが生じ、呼吸ができず身体をジタバタさせて死んでいく自分。
そんな恐ろしい光景を想像し、松本は身体を震わせる。
『クイズに間違える度に、演奏時間が10秒短くなります。もし、答えが分からない際に、「ヒント」と言えば、ヒントを差し上げます。ただし、1回使えば、演奏時間は30秒減りますし、2回までしか使えません。ですから、慎重に使い時を考えましょう。それでは、ゲームスタート』
開始の合図と共に、チャイムが流れ始める。
「とにかく、問題を解こうか」
小川の提案に、首を振る者はいない。彼らは、教卓上にあるテレビへと向かう。
キンコーンカンコーン。
チャイムが流れ終わり、沈黙が訪れる。それと同時に、教卓上にあるテレビの電源が点く。その変化に気づいた松本たちは、画面を見る。しかし、その画面は白一色だった。
「何だよ、とっとと問題を…」
小川が文句を言おうとした時だった。
♪〜
彼らの背後から、ピアノの音が鳴り始めた。それは、この緊迫した空気にそぐわない明るい雰囲気を出している。
彼らは、すぐさま振り返る。その先にあるグランドピアノを見て、皆が目を見開く。
「どうなってんだよ、これ」
松本は唖然とする。演奏者がいないのに、鍵盤がひとりでに沈んだり浮いたりしているのだ。
「生き物みたいに動くガイコツといい、勝手に演奏が始まるピアノと何なんだよ!」
堀田が声を張り上げる。怯えた表情でいる彼を見て、松本も同じ表情を浮かべる。
「何なんだよ、これ…」
そう呟き、松本はその場でじっとする。恐ろしさのあまり、動けなくなった彼と栗花落は違った。彼女は何やら、首を小さく上下させている。それは、まるでリズムをとっているかのようだ。
「…確かに、「手のひらの太陽に」の演奏だわ」
「ピアノやってたのか?」
小川が尋ねると、栗花落はゆっくりと頷いた。
「とは言っても、もう10年以上前だけど」
「栗花落さん。なら、聞きたいんだけど、「手の平を太陽に」の演奏時間ってどれくらいなんだ?」
「確か、3分弱だったと思う」
「てことは、制限時間は約6分ってことか」
尋ねる小川に、栗花落は静かに頷いた。
「なら、今どのくらいまで進んだか分かるか?」
小川がピアノへ視線を向ける。彼の視線を追うように、栗花落もそこへ目を向ける。室内に響き渡るピアノの旋律を、栗花落は目を瞑りながらじっくり聴いている。
「まだ1番の前半くらい」
「この歌は確か、3番までだったよな?」
小川の問いに、栗花落が頷く。
「みんな、とにかく問題を解こう」
小川が辺りにいる松本たちに目配せをする。目を見てしっかりと頷く栗花落と松本に対して、堀田は伏目がちに頷く。
「じゃあ、1問目いくか」
小川の掛け声に、皆がテレビ画面に目を向ける。画面の中央に、問題らしき黒い文が表示されている。
「問題① 私の名前は?『
「漢字?マジかよ、全然知らないのに」
小川が眉根を寄せる。彼の右隣にいる堀田も同じ仕草をする。答えが分からず、頭を悩ませている2人に対し、松本は思い出そうとする。
「どこかで見たことがある」
「幸太、これ知ってるの?」
堀田が心配そうに尋ねる。
「ちょっと待ってくれ。今、思い出してる」
そう言うと、松本は思考に没入する。
早く答えないといけない。松本の心の中で焦りが生じる。焦っていてもしょうがないと、必死に落ち着かせようとするも、脳裏にちらつくある言葉が邪魔する。
"クリアできなければ、死"。そんなのは嫌だと、松本は必死に思い出そうとする。その時だった。頭の中である記憶が蘇ったのだ。
「答えは、"サイ"だ」
ピンポン!
松本が答えた直後、テレビから軽快な音が発せられた。それは、クイズ番組でよく聞く正解を表す音だった。
「すっげぇ。さすが幸太…」
小川は感心し、ほっと安堵のため息を吐いた。
「思い出せて良かったぜ」
「さすが」
堀田が、安心したように笑みを浮かべる。
「安心するのはまだ早い。まだ6問もあるし、次の問題がどれだけの難易度なのかも分かんない」
栗花落がそう告げると、堀田の顔から笑みが消えた。そんな時、テレビの画面が切り替わった。
「問題② 私の名前は?『
「幸太…、分かる?」
「…分からん」
唇を震わせながら尋ねる堀田に、松本ははぽつりと答える。すると、堀田がそばにいる小川の腕を掴む。
「なあ、和也。これ、知ってっか?」
「知るか。こんなの、見たことがねぇよ」
「そんなぁ…」
堀田は失望し、小川の腕を離した。それから、栗花落へ目を向ける。
「じゃあ、栗花落さんは?」
「ごめん。私も知らない」
「まずい。これじゃあ、ヒントを使わざるを得ない」
小川の言葉に、一同は固唾を飲んだ。そこで異論を唱えたのは、松本だった。
「でも、ヒントは2回しか使えない。まだ5問も残ってるんだぞ」
「だけどよ!ここでじっと待っていても、時間が無くなって死ぬだけなんだぞ!」
小川の怒鳴り声に、異を唱えた松本は口を噤んだ。
「みんな。今、1番の演奏が終わった」
栗花落の発言に、3人が彼女に視線を向ける。
悪い状況をさらに悪化させる状況に、松本は焦りを抱く。
答えられなければ、自分たちは死ぬ。ヒントは2回しか使えず、使ったら制限時間が30秒も減る。しかし、このまま答えられずにいれば、全員が死ぬ。死へのリスクを高めることになってでも、死は避けなくてはいけない。
ヒントを使った方がいいと思うものの、なかなか決断には至らない。ヒントを使い切った先に、分からない問題が来たら、ゲームオーバーは必然。
松本は、判断に迷う。その時、小川が素早く手を挙げた。
「ヒント!」
小川がそう宣言すると、画面に変化が生じた。問題文の下に、新たな文が姿を現れたのだ。
「ヒント①:私は、ペットとして人気がある鳥です」
「これがヒント?鳥のペットなんて、どれだけいると思ってんだよ!!」
小川が怒りを露わにする。その時、ピアノの演奏がピタリと止まった。それから、間も無くして演奏が再開された。しかし、それは止まる前の旋律とは大きく変わっていた。
「まずい。2番の終盤に入ってるわ」
「…仕方ねぇよ。でも、こんなヒントで分かるかよ!」
「ある程度は、絞れたかも」
「本当か!?」
栗花落の言葉に、小川は驚きの声を発する。
「漢字の上の"○"は、字数を表している。これだと3つあるから、さっきのヒントと合わせると考えられるのは、"インコ"か"オウム"」
「そのうちのどちらかってこと?すげぇよ、栗花落さん」
堀田が称賛を送るも、栗花落は表情を曇らせる。
「でも!両方とも違かったら、どうしようもない!」
「だが、答えるしかない。栗花落さん!頼む」
小川の言葉に、栗花落は彼から目を逸らす。彼女はきっと、期待に応えられないかもしれない不安を抱いているのだろう。
一回間違えるたびに、演奏時間が10秒ずつ減る。ということは、ゲームオーバーの確率を、微量ながら上げるということ。そんなプレッシャーが今、彼女にのしかかっている。
しかし、数秒の間を置いてから、彼女は決断したようにテレビへ視線を向ける。
「答えは…、"インコ"」
ピンポン!
テレビから正解の音が発せられる。不安げな表情を浮かべていた彼女が、ため息を吐いた。
「良かったぁ」
堀田が脱力したように、大きなため息を吐いた
「よし!次は簡単なやつが来てくれよ」
小川が祈るように、両手を胸の前で組む。前向きな姿勢を見せる彼に、松本は静かに頷く。そして、切り替わった画面を見る。
「問題③ 私の名前は?『
「…"コイ"だ!」
数秒の間を置いて、小川が即座に答えた。
ピンポン!
テレビから正解を知らさせる。
「すげぇ…」
あまりの早さに、松本は驚き、口を半開きにする。
「バカの俺でも知ってるやつでよかったぜ」
「さすが、和也!」
堀田が小川の腕を掴む。堀田と小川が安堵の表情を浮かべている。その時だった。
背後から聞こえるピアノの旋律が、突然止んだ。何事かと、皆が一斉に振り返る。振り返った直後、ピアノの旋律が再開した。
「一体、何だったんだ?」
堀田が不思議そうに呟く。そんな彼に対して、栗花落は驚きの表情を浮かべている。
「まずい。もう一回目の演奏が終わった…」
栗花落の発言に、3人が凍りついたように固まった。
「じゃあ、あと3分もないってこと?」
「そうなるな。だが、問題もあと半分だ。とにかく解くんだ」
不安げな堀田を小川が鼓舞するように言う。
4人がテレビ画面を見ていると、画面が切り替わった。
「問題④ 私の名前は?『
「なんだ、これ」
「…分かんない」
小川と栗花落が、観念したように小さなため息を吐いた。二人の反応を見た堀田の表情が、徐々に青ざめていく。
「なぁ、本当に分からないの?」
「…」
「…」
堀田の問いに、小川と栗花落は何も答えない。すると、堀田は松本へ視線を変える。
「なあ、幸太は?」
「…分からん」
松本は彼に目を合わせず、素っ気なく答える。松本は内心、イラつきを感じ始めていた。
「…マジかよ。これじゃ、ヒント使うしかないじゃんか」
「…これ以降の問題が、誰も答えられないものだったらどうするんだ。ちっとは考えろ」
「じゃあ、どうすればいいんだよ!!」
堀田が突然、怒鳴り始めた。いかりを露わにする彼を見た松本は驚きながらも、さらに苛立ちを募らせる。
「ヒントを使わないって言うんなら、なんとかしてくれよ!!」
「うるせぇんだよ!!このバカ!!」
松本は限界を迎え、怒りを爆発させる。急に怒鳴られた堀田は、顔を強張らせる。
「さっきから何にも答えてねぇ奴が、ギャーギャーギャーギャーうるせぇんだよ!!バカはすっこんでろ!!」
「何だよ!バカで、役に立たなくて悪かったな!!前々から思ってたけど、俺のこと内心バカにして面白がってんだろ!?」
突拍子のない話に、松本は一瞬口を噤んだ。しかし、すぐさま反論に出る。
「何だよ、それ。なんで今、そんな話になるんだよ!」
「勉強でも部活でも優秀だったお前が!落ちこぼれの俺とつるむなんておかしいもんな!バカの俺と一緒にいて優越感に浸ってんだろ!?」
「そんなわけねぇだろ。てめぇ、俺のことそんなやつだと思ってたのかよ!!ふざけんな!!」
松本は怒りのあまり、堀田に殴りかかろうとする。その時だった。
「止めろ!幸太!」
松本の背後に小川が駆けつけ、羽交締めにする。怒りが収まらない松本は、拘束を解こうと暴れる。
「やめろ!今は喧嘩してる場合じゃないだろ!」
「離せ!!」
怒号を上げながら、松本は激しく抵抗する。
「今は目の前のことに集中しろ!」
「離せって言ってんだろ!!そもそも、お前がこんなとこ行こうなんて言ったから、こうなったんだろ!!」
「…っ!」
小川が悲痛な表情を浮かべる。そして、顔を俯かせる。
「それは、すまない…」
小川は謝罪を口にすると、松本の両脇に差していた両腕をだらんと下げた。拘束が緩んだのを見た松本は、前に大きく出る。拘束が解け、松本は荒い呼吸をしながら、堀田に近づいていく。堀田の顔は先ほどの怒りの表情と打って変わって、怯えた表情へと変わっていた。
「この野郎。ふざけ…」
パチン!
室内に何かが弾かれる音が響く。その音の正体は、栗花落が松本の頬に放った平手打ちだった。突然のことに、松本は驚き、身体を固まらせる。
「いい加減にして。今はこんなことしてる場合じゃないでしょ」
栗花落の鋭い眼光が、松本を射抜く。彼女の視線は、静かに怒りを孕んでいるように見えた。そのおかげで、松本は冷静さを取り戻していく。
「今はみんなで生きることが優先。死んでからじゃ、仲直りはできない。そうでしょ?」
栗花落の言葉に、松本は渋々納得する。正面に立つ堀田に目をくれるも、すぐさま逸らした。
室内に、最悪の空気が流れる。自分が起こしたこの居心地の悪い空気の中で、気持ちを切り替えるのは難しい。しかし、そんなことは言っていられない。
罪悪感を感じつつも、松本はこれまでの状況を振り返る。
問題は全部で7問。今までの問題は、全て漢字の読みに関するもの。問題①の答えは、"サイ"。②は"インコ"、③は"コイ"。そして、問題④で行き詰まっている。
状況を振り返っていく中で、松本はあることが気になっていた。
--並び順に何かあるのか?
そう思い、もう一度これまでの答えを思い返していく。その時だった。
「あっ」
松本の声に、3人が反応を示す。
「幸太?」
いち早く反応したのは、小川だった。彼が心配そうな表情で尋ねてくる。
「どうしたんだよ」
「…いや、まさか。偶然か?これ」
「えっ?」
一人で呟く松本に、小川が困惑する。俯きながらぶつぶつと呟く彼の姿に、3人はただ呆然と見つめていた。
それから数秒経った時、松本が急に顔を上げた。彼は何か閃いたように目を大きくし、テレビ画面に向かって言う。
「答えは"イナゴ"だ」
「"イナゴ"?本当にそれで…」
ピンポン!
小川の言葉の途中で、テレビから正解の音が発せられる。
「マジで…」
小川が驚きのあまり、口を半開きにしている。
「松本君、何で分かったの?急に思い出したの?」
栗花落が興味深そうに尋ねる。彼女の質問に対し、松本は首を横に振った。
「いや、こんなの見たことがなかった」
「じゃあ、どうして?」
「しりとりだよ」
「しりとり?」
予想外の答えに、栗花落が目を瞬かせる。
「そう。これまでの問題の答えは、どういうわけか、すべてしりとりで繋がってたんだ。"サイ"、"インコ"、"コイ"ってね」
「…っ!ほんとだ!」
数秒の間を置き、小川が理解を示す。彼の反応を見て、松本は首を縦に振った。
「だろ?それに、もう一つあったんだ。それは、答えが全部動物になっていること。なんでそうなのかは分かんないけど、しりとりでつながっている点と考えたら、"いで始まって3文字の虫"は何かって思ったら、"イナゴ"が浮かんだんだ」
「じゃあ、そうなると次の問題は…」
小川が、松本からテレビへと視線を変える。3人もその方を見ると、問題が切り替わっていた。
「問題⑤ 私の名前は?『
「全く分からねぇ。けど、幸太の考え通りだと…」
「ああ。”ゴで始まる3文字の動物”なんて、あれしか浮かばない。正解は"ゴリラ"だ!」
ピンポン!
松本が答えると、テレビが正解を知らせた。その知らせに、一同が歓喜の声をあげる。
「すごいよ、幸太」
堀田が称賛の声をかける。さっきまでのくらい表情から、希望を見出したように明るいものへと変わっていた。
「この調子でいけば、みんなでクリアできる!」
松本の言葉に、3人が安堵の笑みを浮かべる。そして、4人はテレビ画面を見る。
「問題⑥ 私の名前は?『
「…あれ?」
松本は、戸惑いの声を上げる。そんな彼をよそに、堀田が考え始める。
「さっきの答えが"ゴリラ"だから、"ラで始まる4文字の動物"だよな」
「それだと、おかしくないか?」
「えっ?どういうこと?」
小川の主張に、堀田が首を傾げる。
「"ライオン”しか浮かばねぇが、それだと問題7まで繋がらない」
「その通りだわ」
栗花落が小川に同意を示す。
4人の間に不穏な空気が流れ始める。その時だった。栗花落が、はっと何かに気づいたような表情を浮かべる。
「みんな!演奏がもう2番に入った!」
「マジか!もう時間がねえ!」
「でも、どうするの!?」
堀田が小川に尋ねる。それに対し、小川は何も答えることはない。そんな様子を見た堀田が、表情を暗くしていく。すると、この悪い空気を断ち切ろうと、松本が考えを述べる。
「このまま待っていてもしょうがない。とにかく、"ライオン"でいってみよう。それでダメなら、すぐさまヒントを使う。いいな?」
松本の提案に、異論を唱える者はいなかった。そして、松本が口を開く。
「答えは、"ライオン"」
ピンポン!
テレビが正解を告げる。さっきと違って、正解に喜ぶ者はいなかった。松本が見つけた共通点が無くなった今、次の問題に恐れを抱いているからだった。
不安な気持ちのまま、4人はテレビ画面を見る。そこに映っていたものを見て、全員が唖然とする。
「問題⑦ この室内で仲間外れなのは、①から⑥のだーれだ?理由も合わせて答えてね」
「はは、なんだよこれ。意味が分かんねぇ…」
堀田が絶望のあまり、半笑いを浮かべる。
「幸太。どう思う」
小川の問いかけに、松本は何も答えられない。
--なんでここで、こんな問題が出たんだ…。
松本は、必死に思考を巡らせる。
問題1から6までの答えは、しりとりで繋がっていて、全てが動物。なぜ、答えを動物に揃えたのか、そこに焦点を当てる。しかし、いくら考えても、答えは出てこない。
新たな問題に頭を悩ませている時だった。
「みんな!もう3番に入ったわ」
栗花落が残酷な現実を告げる。彼女の知らせに、小川が焦りの表情を浮かべる。
「てことは、もう一分もないってことか!?」
「うん、多分。この状態でヒントを使っても、確実にクリアできる保証がない!」
彼女の言葉に、皆が黙り込む。そんな中でも、松本は必死に考える。
--全ての答えがなぜ動物になってる。それに、問題文の「室内」って、どこを指してる?ここだとしたら、それがなんだっていう…。
そう考え込んでいる時、松本はピアノの旋律が気になり始めた。
小さい頃によく聞いた曲。懐かしい曲の旋律を聞いて、脳内で歌詞が浮かび上がってくる。しかし、ずいぶん前のことだから、ところどころしか浮かんでこない。そう思った時、松本は閃いた。
「誰か!この歌の歌詞覚えてるやついるか!?」
「いや、ぜんぜん覚えてねぇ」
「俺も」
小川と堀田は、残念そうに伏目がちで答える。一方の栗花落は、
「私、覚えてる!」
「栗花落さん!歌詞に出てくる動物を全部言ってくれ!」
「動物?ええっと、1番に出てくるのは、"ミミズ"、"オケラ"、"アメンボ"。2番は、"トンボ"、"カエル"、"ミツバチ"。3番は、"スズメ"、"イナゴ"、"カゲロウ"」
「やっぱりそうだ!」
松本の独り言に、小川が眉を顰めながら尋ねる。
「どういうことだ?」
「歌詞に出てくる動物!ピアノから流れてる曲が、この問題の鍵なんだ!」
「問題文の"室内"って…、まさか!」
「そう!この曲が流れている音楽室のことを指していると考えれば!」
「じゃあ、正解は!?」
「4番の"イナゴ"!歌詞に出てきているのは、"イナゴ"だけだ!」
ピンポン!
松本の回答の直後、正解の音が発せられた。そして、画面に表示された文が変わる。
「鍵は、ピアノの下」
「ピアノの下!?ちょっと待ってろ!」
堀田がピアノへと向かう。そして、膝を曲げて、ピアノの下へ潜り込む。
「みんな!もう3番のサビに入ってるわ!」
栗花落の知らせに、緊迫感が一気に増す。
「一!」
「今探してる!」
松本の呼びかけに、堀田が大声で応じる。3人が固唾を飲んで見守っている中、堀田が悪態をつきながら探し続ける。
「どこだよ!…あった!」
堀田がピアノの下から上半身を出す。彼の左手には、銀色の鍵が握られていた。
「サビに入った!もうじき演奏が終わるわ!」
「幸太ぁ!先に開けてくれ!!」
堀田はそう叫ぶと、地面に転がすように鍵を投げた。投げられた小さな鍵が松本の上履きに当たる。彼はその鍵を拾い上げると、すぐさま音楽準備室へのドアへ向かう。
音楽準備室につながる白いドアの前に立ち、鍵穴に鍵を差し込む。すんなりと入ったのを見て、右に捻るとガチャと少し重量感のある音が聞こえた。ドアを開けるとすぐさま、松本は後ろに振り返る。
「和也!栗花落さん!先に入れ!!」
松本の指示に、彼らは黙って中に入っていく。松本は中に入らず、堀田を待つ。
こちらに全力で向かってくる親友へ、手を差し伸べる。
「一!!」
「うおおお!!」
叫びながら走る堀田が松本の手を取る。そした、松本は彼の手を引き、一緒に中に入る。ドアを勢いよく閉めると、演奏が断絶された。
「ハアハア」
松本は、白い灯りが照らす部屋の中で息を整えていた。彼だけでなく、3人もが同じ動作をしている。そんな時だった。
ピンポンパンポーン。
室内に聞き覚えのある音が響き渡る。それは、隣の音楽室で聞いたアナウンスのお知らせ音。
『皆様、おめでとうございます。ゲームクリアです』
「クリア…。そうか、よかった」
その知らせにホッとした松本は、背中を地面につけた。
生きている。あんなイかれたゲームに、自分は勝った。松本にとって、それは大きな達成感と自信につながった。
「良かったぁ。俺たち、助かったんだな」
「ああ。みんなのおかげだ」
安堵の笑みを浮かべる堀田と小川を見て、松本も笑みを浮かべる。そんな中、栗花落が真剣な表情で、ある一点を見ていた。
「みんな、あれ」
栗花落が壁を指差す。3人は、彼女が示す方向へ目を向ける。そこには、壁際に置かれた机。そして、その上には小さな鍵が置かれている。
気になった松本はゆっくりと立ち上がり、その机へと向かう。指の第二関節くらいしかない大きさの鍵には、"壱"と彫られている。それを見た松本は思い出す。
「これ、大鏡に付いてた南京錠のやつじゃねぇか?」
「漢数字が彫られてた5つの南京錠か?」
小川の問いかけに、松本は静かに頷く。
「じゃあ、あと4つもあんなゲームに参加しないといけないってこと?」
「そうみてぇだな。踊り場で聞いたアナウンス通りだ」
おそるおそる尋ねる堀田に、松本は冷静に返す。
この先のゲームは、一体どんなものなのか。そして、自分たちは生きて帰れるのだろうか。先の分からない未来に、松本は不安で押しつぶされそうになる。
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