第30話 つまりはどちらに転ぼうとも氷香さんに未来はない。
氷香さんの脳に埋め込まれたインプラント。
通常の外科手術で取り出そうとした場合、電撃が流れ、脳が死亡することが判明した。
となれば無理に取り出さず、今までどおり。そのままにしておけば良いのではないかと思われるかもしれないが……
「ごごご」
元秘書の超能力PSYマリオネットにより、何かスイッチが入ったのか?
元秘書は脳死したにも、氷香さんの状況は変わらない。
両目は虚ろに意味不明な呟きで暴れ回る氷香さん。今は俺のTシャツを用いたロープで四肢を拘束。動きを封じてはいるが、いつまでもこのままにはしておけない。
インプラントを残したままでは、意思なく暴れ回るだけの危険動物。今後の人生、檻に閉じ込めたままとするしかなくなるだろう。
かといってインプラントを除去しようとすれば脳が死亡する。今後の人生、病院のベッドに横たわる植物人間として過ごすしかないというわけで……
つまりはどちらに転ぼうとも氷香さんに未来はない。
「くーん……」
そんな悲惨な未来を想像したのだろう。マメチャンが悲し気な声を上げるが……まあ、助ける術がないというのは21世紀の現代医療における話である。
幸いにも俺にあるのは異世界の技術である癒し魔法。
それも治療院で数々の怪我人を癒して来た経験を持つAランクヒーラーたる俺なのだから、氷香さんも余程に運が良いというものである。
「わんわん」
でも、どうやるの? さっきは癒し魔法でインプラントを取り出そうとして失敗したよね? などとマメチャンは疑問に思うだろうが……心配は不要である。
脳みそにあるインプラント。
取り出そうと触れた瞬間、高圧電流が流れるというその仕組み。
要はインプラントに触れなければ良いというわけで……
「俺が異世界で習得した魔法は、癒し魔法。そして浄化魔法である」
浄化魔法は物体を浄化する。
つまりはインプラントを浄化。触れることなく消滅させれば良いというわけで、その要領は体内に弓矢の矢じりが残ったままの患者を治療するのと同じである。
ただし注意する点が1つ。それは──
「浄化魔法は文字どおり浄化する」
例えるなら塩素系の漂白剤。キッチン汚れなどの掃除に便利であるが、人体。特に目などのデリケートな部位に触れようものなら致命傷となりかねない危険がある。
それと同様。浄化魔法がインプラント以外の患部へ触れようものなら、逆に患部が損傷する。
これが腕や足であれば、言っては何だが多少は浄化魔法が触れたとしても、後から癒し魔法で癒せば良いだけ。大きな問題とはならないわけだが……
今回、浄化するのは脳みそにあるインプラント。
もしも浄化魔法が脳みそを傷つけては、脳みそが死ぬ脳死状態。俺の癒し魔法でも治療は無理となる。
「そこで今回、浄化魔法と癒し魔法。相反する2つの魔法を併用した
癒し魔法で患部をコーティングしながら、浄化魔法でインプラントを浄化する。これなら万が一の事故もない。
高難度の手術にも匹敵する高度な魔法操作が要求されるこの作業。
異世界における俺はAランクヒーラー。幾人もの重傷者を癒してきた俺の腕の見せ所というわけだ。
「わんわん」
マメチャンの応援する中、俺は氷香さんの頭を両手で抑え固定する。施術の際に動かれては手元が狂わないとも限らない。
そして──
「癒し浄化せよ。神の奇跡。ヒーリング&ピュリフィケーション」
俺の浄化魔法は狙いたがわず脳の奥底。インプラントを直撃、浄化を開始する。
ジリジリと浄化するその間も、癒し魔法は周辺の脳みそを保護し続ける。インプラントから外に一切の損傷は派生しない。
微塵の狂いもなく高難易度の
俺は氷香さんの脳みそ。インプラントの浄化に成功した。
「氷香さん? 大丈夫か?」
癒しスキャンで体調を確認。何の問題もなさそうである。
ぺちぺち。頬を叩くそのうち。
「……痛い」
ようやく意識を取り戻した氷香さん。
「大丈夫か? 気分は何ともないだろうか?」
「……ええ。その、どうもお兄さんにはお手間をかけたみたいね……」
後ろめたい気持ちがあるのか俯き目を合わさない氷香さんのその様子。どうやら操られるまま「ごごご」と俺の首を絞めたことを覚えているようで……
ウーウー
騒ぎが始まってから時間が経ち過ぎたか。付近に木霊するのはパトカーの近づくサイレン音。
氷香さんと話すより先。面倒なことになる前、まずはこの場をトンズラしたいところであるが……
公園の地面に倒れる、元秘書とナイフ男。
このまま公園に放置したのでは、どう考えても大問題。殺傷事件として警察の捜査が始まるだろう。
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