第28話 「お前は……東堂先生の元秘書か」

食堂で手を取り見つめ合う東堂先生と使用人だった女性。


「氷香さん。東堂先生に対する使用人の気持ちを知って、秘書の投げる松阪牛シャトーブリアン。わざと避けなかったというわけか?」


「いえ。単に反応できなかっただけです」


PSYアナライズ。未来が見えるわけではないのだから衝動的な行動には対応できず、秘書の投げるステーキ肉。反応できないのも仕方がないというわけか。


「ですがこれで良かったのかもしれません。少なくとも私が見る限り使用人。いえ、これからは秘書ですね。純粋に父を想い感謝しているようですから」


心を読める氷香さんが言うならそうなのだろう。


「癒せ。マメチャンの体内を蠢く媚薬。ヒール」


媚薬の影響もあって未だわんわん興奮するマメチャンだが、癒し魔法は毒をも治療する。


「わんわ……くーん」


東堂先生と新秘書の邪魔をしては無粋となる。媚薬を除去して落ち着きを取り戻したマメチャンを連れて、俺たちは食堂を後にした。


「平良さんのお母さん。今日はもう遅いので泊まって行ってください。部屋を用意します」


「あらあ。東堂先生の娘さんにそんな準備してもらうなんて悪いわあ」


本来、来客の対応は秘書か使用人の仕事なのだろうが、秘書は懲戒解雇。新秘書は食堂で東堂先生とキャッキャウフフ中。それで氷香さんが準備してくれるそうだ。


ヤク騒動もあり時刻も遅くなったとはいえ、自宅までは歩いて帰れる距離。わざわざ氷香さんの手を煩わせ、泊まる必要もないとは思うが……


「お兄さんも。部屋を用意しますので、お願いします」


珍しく俺に向けて頭を下げる氷香さん。となれば何やら理由があるというわけで。


「はい。泊まります」

「まあ。ヒロくんが泊まるならママも泊まるわ」


せっかくのご好意とあって泊まることとなった俺たち親子。

その後、氷香さんの準備する部屋に落ち着いたところで。


「俺はマメチャンの散歩に行って来る」


マメチャンを連れた俺はエレベーターを降りてタワーマンションの外へ。


「マメチャン食べすぎましたからね。よく走らせないと太ります」


そう言って俺の隣。散歩に付き添うのは氷香さん。


「それで氷香さん。俺を泊まるよう引き止めた理由は何だろうか?」


「元秘書の女性の件です。彼女、おそらく懲戒解雇されたことに納得いっていません。復讐を考えているように思います」


議員の妻となる夢を邪魔されたのだ。腹を立てる気持ちも分からないではないが、ヤクを悪用したのでは自業自得というもの。復讐よりまずは自分の行いを反省、今後の人生に生かして欲しいものである。


だとしても……復讐を考えているように思います。とはどういうことだ?


「氷香さんのPSYアナライズ。相手の思考が読み取れるのではなかっただろうか?」


「それが……触れたわけではないので詳しいアナライズは出来ていませんが、おそらく彼女も……」


マメチャンを連れて歩く俺たちが公園に差し掛かる。

夜とあって周囲に人気のない公園で立ちはだかる女性の姿が1人。その手に銀に光るナイフが見てとれた。


「お前は……東堂先生の元秘書か」


「ガキが……さっきはよくもやってくれたよなあ?」


ちょうど今、話をする元秘書の姿があった。

懲戒解雇の復讐だとしても、こんな即座に。しかも女性である元秘書が直接的暴力に訴えるとは思ってもいなかったわけだが……


ガサガサ


気配に背後を振り返れば、同じくナイフを手にした男が1人。

なるほど。仲間がいたというわけで、それが理由の襲撃か。


「娘さんよお? あんた随分と邪魔してくれたやん? 料理にヤクが入ってるだの何だの……あんた。どうやって判別したんや?」


それは氷香さんの超能力。PSYアナライズであるが、そのような荒唐無稽な能力。話したところで信じるのは魔法を使える俺くらい。普通の者は誰も信じはしないだろう。


「娘さん。あんた……超能力を使えるんやないか?」


それがいきなり何を言うのか?

まともな大人がいきなり「貴方、超能力を使えますよね?」などと聞こうものなら、気が狂ったとしか思えないわけだが……


「……なるほど。元秘書の貴方も超能力を使えるというわけですか」


何やら納得したかのように返答する氷香さん。


「氷香さん。それは本気で言っているのだろうか?」


つまりは目の前。元秘書のこの女性も何らかの超能力を使うというのか?


「彼女を見た時、ノイズのかかる感じがありましたから」


「アナライズできないということか?」


「少なくとも見るだけでは無理ですね。触れるか舐めるか、詳しく調べてみたいところですが……」


言われてみれば先のヤク事件。氷香さんが思考を読み取ったのは使用人だけ。元秘書については、夏風邪であるとか咳止め薬であるといった、状況証拠から話を進めていたにすぎず、投げつけるステーキ肉にもまるで反応できていなかった。


PSYアナライズを妨害することから、元秘書は超能力を使えるのではないか? そう氷香さんが疑う理由は分かった。


だが、元秘書はどのような理由で氷香さんが超能力を使えると思いいたったのだろうか?


確かにヤクが入った肉を見分けるのは普通ではない。だとしてもそこから一足飛びに超能力とは、普通は考えがいたらないと思うのだが……


「へっ。思い出したのよ。東堂先生の娘が10年前、行方不明になる事件があったことをな?」


氷香さんが行方不明となった過去があるだと?


「高原にキャンプに出掛けた東堂夫妻と娘だが、少し目を離した隙に娘は行方不明。必死の捜索にも影も形も見つからないその翌日、高原から北に20キロ離れた電話ボックスから衰弱した娘さんが電話をかけてきたって事件よ」


何とも不思議な事件であるが……そのような事件があったとは初耳である。


「公開捜査の前に見つかったから世間は知らねえだろうよ。こんな奇妙な事件、東堂先生も公開したくはねーから当時の警察や関係者に口止めしてるからな。俺は秘書の立場から先生の秘密資料を覗いて知ったってわけよ」


もしかしてだが氷香さんの超能力。行方不明が関係するのだろうか?


何せ俺も行方不明の間、異世界に行ったことで魔法を習得している。

だとしても俺が行方不明として異世界にいたのは2年間。それだけの期間があったおかげで癒し魔法と浄化魔法を習得できたのだ。


それが氷香さんの行方不明はわずか1日。例え異世界に行ったとしても、とても超能力を習得できるとは思えないが……


「娘は殺すなよ? 貴重なサンプル。金になるからな」


っと。それより今はこの窮地を脱するのが先。


相手は元秘書とナイフ男の合計2人。いずれも銀に光るナイフを手にするのに対して、こちらは無手の人間が2人と1匹。得物の差から不利にも思えるが、俺がいるのだから負ける要素は存在しない。


ただ問題となるのは超能力を使うという元秘書。いったいどのような超能力を使うのか?


「へっ。俺の超能力が気になるか? でもなあ……もう使ってんだよ! 男と犬を黙らせろ!」


元秘書が合図をすると同時。背後の男がナイフを手に迫り来る。


平和な日本においてナイフで襲われるなど普通は経験するものではない緊急事態。いきなりの襲撃に常人なら驚き反応できないものだが……


「ふんぬ」


ドカーン。


俺は背後から迫るナイフ男を殴り飛ばす。


言わずもな異世界での俺はAランク冒険者。刀剣を用いた命のやり取りをしていた俺が、たかだかナイフを相手に腰が引けるはずもない。


何か武道の心得があるのかナイフ男の動きは素早いものがあったが、無力化した今となっては関係ない。残るは元秘書1人となるわけだが……


「ぎぎぎ」


吹き飛んだはずの男が起き上がると、再び俺たちを目掛けてナイフを手に襲い掛かる。


……少し手加減しすぎたか?

さすがに人を殺しては逮捕される。そんな警察を恐れる俺の心が無意識に力をセーブしたのだろう。それでも骨折程度はしているはずが……


ナイフを振り上げ迫る男。薄闇を通して見えるその目はうつろに口は半開き。とても今から相手を切り殺そうという意思を感じない顔つきに反して、ナイフを振り回す動きは機敏である。だとしても──


「ふんぬ」


ドカ ドカ ドカーン。


俺は再度、ナイフ男を殴り飛ばす。

先程より力を入れた俺の打撃は、ナイフ男の四肢を砕く粉砕骨折。

さらには。


「がうがう」


ガブリ。吹き飛び地面に倒れるナイフ男の足へとマメチャンが噛みついた。


豆柴であるマメチャン。どういう理屈か異世界の能力、筋力上昇スキルを習得しているのだから噛みつく筋力もまた強い。足の腱を噛み裂かれたナイフ男は、歩行不能となる重症を負っていた。


どう考えてもやり過ぎの過剰防衛。ここに警察が来たなら俺とマメチャンまとめて逮捕されるだろう惨状であるが……


俺には癒し魔法があるのだから多少はやり過ぎたとしても証拠隠滅、治療が可能。過剰防衛も許されるというわけだ。


「ぎぎぎ」


だが、そこまで砕いても。折れ曲がり腱を切断された足を動かし立ち上がろうと蠢くナイフ男。


まるで自分の意思ではない。操り人形マリオネットが空から糸で操られているかのようにも見えるその動き……もしかして?!


「へっ。だから言ったろ? もう使ってるって。これが俺の超能力PSYマリオネットや。やれ!」


元秘書の声に従い、突如、何者かの腕が俺の首を絞めつける。


「ごほっ?!」


いったい誰が俺の首を絞めるのか?


元秘書は俺の前。先ほどから身動きするそぶりはない。

ナイフ男はといえば、破壊された足で無理矢理に起き上がろうと蠢くだけで精一杯。とても俺をどうこうできる状態にない。


となればいったい誰が……?


「ごごご」


伸びる腕の先。虚ろな目で俺の首を絞める氷香さんの顔があった。

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