第21話 俺は部室を出ると保健室へ向かい移動する。

リラク部の室内。椅子に腰かける俺が「大全集。これが人体のツボである!」を読み進める中。バタン。ドアを開けて入室する東堂さん。


リラク部が活動を開始したというにも随分と遅い出勤であるが、期末試験の結果。赤点で補修でも受けていたのだろうか?


「お兄さんではあるまいし、一緒にしないで貰えませんか?」


「いや。俺とて赤点で補修はないのだが……」


そもそもが東堂さん。ナチュラルに俺の思考を読み取るのはよろしくない。人には誰しもプライバシーがあり、それは当然、俺にも存在するわけで……


「ですが私のPSYサイアナライズ。使えば使うほどランクアップすると。特にLVの高い相手に使うのが効果的と言ったのはお兄さんですよね?」


……言われてみればそうであるが……


「でしたら問題ありません。それよりです。今日、私が遅れたのはテニス部に顔を出していたのが原因です。朱音さんがテニス部に所属しているのは知ってますよね?」


「ああ。それはもちろん」


「でしたら朱音さんがインターハイ。ダブルスのレギュラーに選ばれたことはご存じですか?」


「マジかよ!?」


朱音はまだ1年生。入部したばかりの新人がインターハイのレギュラーとは凄いもので、流石は俺の妹である。


「レギュラーは凄いことですが、喜んでばかりはいられませんよ?」


というと、何かマズイことでもあるのだろうか……?


考えられるとすれば……レギュラー。試合に出るとなれば道具もある程度は良い物が必要。ユニフォームにシューズ。ラケット。ボールなどなど。我が家にとっては手痛い出費となるであろうことか。


「なるほど。私はお金に苦労したことがないので気づきませんでしたが、そういった悩みもあるのですね」


流石は議員の娘様。たいしたものであるが。


「お金でないとするなら東堂さん。いったい朱音のレギュラーの何が問題というのだ?」


やれやれとばかり肩をすくめる東堂さん。


「お兄さんは神隠しとなる以前は陸上部だったと聞きました。でしたら分かるのではないですか? インターハイにかける3年生の意気込みが」


3年生にとって高校生活最後の大会がインターハイ。

青春を捧げたクラブ活動の総決算となるわけで、それがぽっと出の1年坊にレギュラーを取られては不満に思う者も出て来るというわけだ。


もちろんレギュラーを目指すなら努力により上を目指すしかないわけだが、中には間違った方向へ。相手を引きずり降ろす方向へ努力する者もいるというわけで……


「つまりはレギュラーを奪われた3年生から、理不尽な嫌がらせを受ける可能性があると?」


「はい。ですが正確には既に遭っているというべきですね」


東堂さんのその言葉。ガターン。俺は勢いよく椅子を立ち上がる。


「お兄さん。どちらへ行くつもりです?」


無論。


「テニス部へ。朱音をイジメる連中をぶっ殺す」


静かに答える俺は東堂さんの脇をすり抜けドアに手をかけるが。


「いえ。殺しては殺人罪、駄目ですね」


マジかよ? 俺が2年を過ごした異世界は無法地帯。肩がぶつかるだけでも武器を持ち出し決闘となるのが日常で、勢いあまってやり過ぎようとも2、3人までなら憲兵も見逃してくれたというのに……


「半殺しで止めろと。そういうことだろうか?」


「半殺しも駄目ですね」


おのれ。無理難題を言いやがる。

だが、思い起こせば確かに現代日本で人を殴っては傷害罪。そうなっては俺は行方不明どころではない。今度は婦女暴行犯として全国放送されてしまうだろう。


「やむをえん。とりあえずは朱音の様子を見に駆け付ける」


「それなら朱音さんは今は保健室です」


「まさか朱音が怪我をしたのか?!」


慌てて聞き返す俺とは異なり、落ち着いた様子の東堂さん。


「いえ。朱音さんは無事ですからご安心ください」


それなら結構。後の話は朱音に会ってからとするべく、俺は部室を出ると保健室へ向かい移動する。



ドアをノックの後。


「入ります」


俺は保健室のドアを開け入室する。


「はーい。あら? 貴方は……確か行方不明で留年した……どうしたの?」


俺を出迎えるのは白衣を着た女性。薬師寺やくしじ先生。

江ノ山高等学校の健康管理を担当する養護教諭。いわゆる保健の先生であるが。


「すみません。妹が、平良 朱音が保健室にいると聞いて来たのですが……」


「おにい?! なんでここに?」


そんな俺の挨拶に応えるのは保健室の奥。椅子に腰かける女生徒に付き添う朱音の姿。


「東堂さんから聞いて来たのだが……そちらの女生徒は?」


朱音の前。椅子に座り薬師寺先生から手当を受ける女生徒が1人。


「同じテニス部の手越先輩。アタシとダブルスを組む先輩よ」


であれば俺は頭を下げ挨拶する。


「どうも。朱音の兄の比呂です。妹がお世話になっておりまして……」


「え? いえいえ。そんな。私の方こそ朱音ちゃんに保健室まで付き添ってもらっちゃって」


そんな俺に対して、手当を受けながらも頭を下げる手越さん。

なかなかに人当たりの良さそうな女性であり、朱音を任せるにも安心できるといった雰囲気であるが……


手越さんの足首を固めるテーピング。捻挫でもしたのだろうか?


(朱音。手越さんはどうしたのだ?)


(ちょっと。ね……)


ズケズケものを言う朱音にしては珍しく、はっきりしないその言い様。つまりは普通に練習中の怪我ではないという可能性。


「あの。先生。来週に大会が……私たち3年生最後の大会なのですが……それまでに治るでしょうか?」


「あらあらそうなの? でも昨日より腫れてるわねえ……ちゃんと病院には行ったのかしら?」


「すみません。一晩すれば痛みもひくかと……」


「駄目よ! 先生に出来るのは応急手当だけ。ちゃんとした診断と治療は病院へ行くよう言ったじゃない。もう! 今から先生が一緒に行くからちょっと待ってなさい」


そう言うと薬師寺先生。何やら手配するのか携帯電話を片手に保健室を後にする。


「たはは。怒られちゃった。ごめんね。朱音ちゃん。大会が近いのに足を引っ張っちゃって」


朱音を振り返る手越さんは力なく笑みを浮かべていた。


残念だが薬師寺先生の言うとおり。数々の傷病を癒してきた俺が見るに、あの腫れ具合。おそらくは捻挫といったところだろう。日常生活なら支障はなくともコートを走り回るテニスは無理がある。


自分でもそれは分かるのだろう。それゆえ正式な診断を受けてのドクターストップ。大会に参加できなくなることを恐れ病院に行かなかったのだろうが……


まあ怪我をしたのが朱音でないなら問題ない。


「ダブルスのレギュラー。私は無理そうだけど、朱音ちゃんは出られるよう、監督と亜空あくうさんに相談してみるから」


「そんな。手越先輩……」


朱音は手越さんをダブルスの相方だと言っていた。となればダブルスの相方が変わるだけ。大会直前になって相方が変わるのは大変だろうが、朱音のレギュラーに問題はないというわけで。


手越さんには残念だが、まだ高校3年生。人生、先は長いのだから無理せず身体を休め養生してもらいたいものである。


などと俺が見守る前。


「手越先輩が出ないなら、私も大会に出ないから!」


「マジかよ!? 朱音。なんでだよ?!」


何やらとんでもないことを言い出す朱音の姿。


「はあ? おにい人の心とかないの? 手越先輩はあいつらのせいで怪我したのよ? それで何でダブルスなんて組めるのよ!?」


いや……すまないがその話。俺は初耳である。


「駄目よ。朱音ちゃん。私が怪我したのは自分のせい。他人を疑っては駄目よ。それに実力から言って朱音ちゃんがレギュラーに選ばれないのはおかしいから。ね?」


その様子に朱音を説得しようとする手越さんであるが。


「ふん。あんなのとダブルス組むくらいならアタシ、テニス部やめるから」


朱音は頑固者。こうと決めたらそう簡単に考えは変わらない。しかも嘘か本当か? 朱音は亜空さんとやらが怪我の原因と考えているようで、そうとなればなおさらである。


「ほーん。それならテニス部やめれば良いんじゃねーの?」


ガチャリ。そんな保健室のドアを開けて新たに入室する女生徒が3人。


「?! アンタたち? なんでここに?」


「なんや薬師寺先生からテニス部に連絡あってよお? 手越が怪我で今から病院連れて行くってよ。それで俺らが様子を見に来たってわけよ」


「おらおら。怪我人は怪我人らしくとっとと病院いきやがれっすよ」

「うっす。大会は俺らに任せるっす。手越は安心して引退するっす」


どうやら言動から彼女たち3人も朱音と同じテニス部員。先ほど話題に出た亜空さんたちというわけだ。


そして、なるほど。朱音が嫌うのも分からないではないその言動。怪我した手越さんを励ますかと思えば、なかなかに手厳しい言葉を投げかける。


もっともお互いレギュラーを争う立場にあるなら、それも仕方のない話。


俺が2年を過ごした異世界においても、勇者パーティなどの人気パーティで追放欠員コンボが出たなら、空いた座席を巡り血で血を洗う肉弾戦。人の2、3人は消し飛ぶのが日常で、それを考えれば嫌味の1つや2つ可愛いもの。元気があってよろしいというところであるのだが……


「それで平良よお? テニス部やめるだあ? おめーそんないい加減な気持ちでテニスやってんの?」

「俺には分かるっす。こいつビッチっすから野郎を目当てにテニス部に入っただけっす」

「おらおら。こちとら大学のヤリコンテニスサークルじゃねーんだぞ? メスガキビッチがとっとと辞めろや」


ふむむ……知り合って間もない手越さんに対する嫌味はどうでも良くとも、これまで俺を支え育ててくれた家族に対する嫌味は別である。まさかとは思うが……


「その、君たち。少し良いだろうか?」


突然の部外者の声かけに誰だこいつ? といった雰囲気で眉をひそめる亜空さんたちであったが。


「俺は朱音の兄で平良 比呂という者だが……」


俺が朱音の兄であり1年坊主であると知って再び声を荒げる。


「おめーかあ! 家出した2留のアホ兄貴ってのは」

「なんでも2年も女に飼われてたって聞いたっすよ」

「ひくわー。兄貴がこれじゃ妹もああなるっすよね」


俺が2留したのは事実。よってそれは良いのだが……


「君たちの言うメスガキビッチとは誰のことだろうか?」


些細な疑問。俺は亜空さんたちに投げかける。


「ぶっはっはっは。やっぱおめーアホだし留年するわ」

「おめー自分の妹見れば分かるやろ? こいつのエロい身体」

「メスガキビッチはおめーの妹に決まってるっす……」


ドカーン。


喋るその途中。突如、女生徒の身体が後ろに吹き飛び壁に激突する。トラックに跳ねられたかのような衝撃に、倒れる女生徒は白目のままピクリとも動かない。


「お、おいおいおい!? 何ごとや?」

「ひいい! な、なんすかあああ?!」


なんすかも何も手近でわめく女生徒の1人。俺がその胸部を殴り飛ばしただけである。そして──


「いったい誰の妹がメスガキビッチか? ビッチは貴様らである」


俺の耳は地獄耳。妹に対する嫌味を聞き逃すほど、俺の耳穴は詰まってはいないのである。

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