第20話 各種運動クラブは夏の大会に向けて練習も活発となっていた。

期末試験も終わり授業は半ドン。各種運動クラブは夏の大会に向けて練習も活発となっていた。


それは朱音あかねの所属するテニス部も同じ。7月下旬のインターハイに向けて、放課後は激しい練習が続いていた。


「貴方たち。真面目にやりなさい」

「そんなこっちゃ1回戦負けだよ」

「素振り1千回。マメが出来るまでやるからね」


多くのメンバーがラケットを手に地道な素振りを繰り返す中、朱音は1年生にしてレギュラーに選ばれコートに立っていた。


「朱音ちゃん。頑張りましょうね」

「はい。手越てごし先輩、お願いします」


朱音がレギュラーとして選ばれたのは2人で行うダブルス。兄には態度のデカイ朱音であるが、相方は3年生の手越てごし先輩とあって大人しく猫を被り練習に励んでいた。


ただでさえ1年生レギュラーとして目立つ朱音。余計な態度でこれ以上に敵を増やすわけにもいかない。


それでも体育会系クラブといえば年功序列。後輩がレギュラーになることを許せないと思う者もいるわけで……


コートに入りお互いがボールを打ち合うショートラリーを練習する朱音。


コロコロ。その足元へ向けてボールが1球、転がっていた。


ラリーに夢中で走り回る朱音は、背後から転がるボールに気づきようはずがない。


哀れ。ボールを踏みつけ転倒する朱音。レギュラーどころか日常生活にも支障を生じる大怪我を負った朱音は残る人生。足首が痛むたびに学生時代のことを思い出し涙することになるかと思われたその時。


「朱音ちゃん。危ない!」


「え?」


2対2でラリーの最中。朱音の足元に転がるボールに気づいた手越てごし先輩の声かけにより、朱音はボールを踏みつける寸前で立ち止まる。


「うっわ! なによこのボール?! 危ないじゃないの!」


朱音が幸いだったのはダブルスの相方が手越てごし先輩であったこと。これが性格の悪い先輩であれば朱音はいじめにより退部。その後は半グレとつるみ東横売春街道一直線となる所であったわけだが……


その面倒見の良さゆえダブルスのレギュラーとなった手越てごし先輩。余計なやっかみから朱音が害されることがないよう気遣ってくれていた。


「手越先輩。ありがとうございます」


それゆえ朱音もまた素直に感謝の言葉で礼を述べるのだが……


朱音を気遣った影響。自身の身がおろそかになっていた手越先輩。ラリーの最中の出来事であったのだから当然、相手の打つボールは手越先輩の元へと飛んで来る。


「あぶない! 手越先輩!」


「えっ? きゃっ!」


身体に当たろうとするボールを避けたようと無理に身体を捻ったその拍子。


「あ、いたっ……」


手越先輩は足首を抑えてコートにうずくまる。


「大丈夫ですか!」


「ええ。ちょっと捻っただけ。大丈夫……いたっ」


立ち上がろうとする手越先輩だが、その痛みに再び座り込む。


「医務室へ行きましょう。付き添います」


「はは。ありがとう。ごめんね。迷惑かけちゃって」


練習を中断。朱音は手越先輩の肩を支えると医務室へ向かって行った。


そんな2人を見送るのは、先ほど朱音の足元へボールを転がした部員の姿。いずれもこのインターハイが最後となる3年生。控えの選手3人。


「んだよ。平良たいらのメスガキを狙ったのによ……」

「まあ良いじゃん。怪我したのは手越てごしだけどさ」

「どっちが怪我しても代役に選ばれるのは、亜空あくうさんすから」


この3年間。他のクラスメイトが男をくわえて遊び回る中、休むことなくテニスに打ち込んで来たのもインターハイのため。それがぽっと出の1年生にレギュラーを奪われ終わるなど、彼女たちに我慢できるものではない。


「俺がダブルスのレギュラーか。へっ。後は平良のメスガキが消えれば……」

「うっす。代役は私になるってわけす。ありがとうございますっす」

「2人とも。インターハイ、私の分も頑張ってよ」


例え他者を怪我させたとしても正当防衛。それだけの練習をしてきたのだからと、何ら恥じる様子のない3人であった。



翌日。テニス部顧問となる先生の前にはダブルスレギュラーである手越先輩と朱音。そして昨年までのレギュラーであった亜空先輩と石田先輩がそろって並んでいた。


「そうなんですか。手越さんが怪我したというのですか?」

「すみません。ボールを避けようとして捻ってしまったみたいで……」


幸いにも大会まで2週間。ぎりぎり治るかどうかという微妙な期間。


「分かりました。もしも来週になっても具合が悪いようなら……」


そこまで言った顧問先生は、手越先輩から亜空先輩へと視線を動かすと。


「ダブルスには亜空さんに出て貰います。良いわね?」


傍らに控える亜空先輩に声をかけた。


「おう。それで先生、1つ良いか?」


「はい。どうしました?」


「ダブルスの相方には平良じゃなくて、この石田を選んでくんねえか?」


そう言うと亜空は石田の背を押し出した。


「どうしてですか? 実力では平良さんの方が上だと先生は判断していますが?」


「相性っつうの? 俺と石田は3年間ずっとダブルスのコンビでやって来てんだぜ? ぽっと出のメスガキと組んだ所で上手くいくはずねーからよお?」


ダブルスでは2人のチームワークが重要。いくら実力があろうとも2人の呼吸が合わないのではチームとして成り立たず、勝利はつかめない。


「分かりました。手越さんの来週の診察結果を見て駄目そうなら、ダブルスは亜空さん。石田さんの2人でお願いします」


その後、顧問先生の元を立ち去る4人であったが……


「ったくよお。この大事な時に怪我するたあ手越も仕方ねえなあ」


「ごめんね。亜空さん。でも何とか治してみせるから」


仕方なく出てやると言わんばかりの亜空のその態度。


「いいっての。平良に気を取られて怪我したんだろ? 手越は何も悪くねえ。悪いのはメスガキだからな」


「うっす。このメスガキ。先輩の足を引っ張るとかとんでもねえビッチですぜ?」


確かに足元のボールに気づかなかった朱音にも原因はあるが……それでも元はと言えば背後からボールが転がって来たのが原因。


「はあ? 何よ? 後ろからボールが転がって来た時、アンタたち後ろにいたでしょ? ボールを転がしたのってアンタたちなんじゃないの?」


朱音のその指摘。亜空は目を見開いて凄んでみせる。


「はあ? おうメスガキ。てめー証拠はあるんだろうな?」


「そんなの状況証拠で十分よ!」

「朱音ちゃん。駄目よ。やめなさい」


食って掛かろうとする朱音を手越先輩が引き止める。


「ったく。いくら頭が悪いからって、いいがかりは勘弁してくれよ?」

「このメスガキ。亜空さんに罪をなすりつけるとは、ふてぶてしいやつですぜ?」


証拠もなしに他者を責めてはただのいいががかり。


「そういやメスガキの兄貴も高校1年を2留してるんだって?」

「マジすか? 1年を2留ってどうやったら出来るんすかね?」


「知らねーよ。おい。お前の家族ってみんなアホなんだな?」


「はあ? 家族は関係ないでしょ!?」


「関係あんだよ。おめー親ガチャ知らねえの?」

「兄が馬鹿なら妹も馬鹿になるって本当すかね」


立ち上がり拳を固めようとする朱音であったが。


「朱音ちゃん駄目、いたっ……」


朱音を止めようとその手を引く手越先輩。捻挫した足首で慌てて動いた影響か、その痛みに思わずしゃがみ込んでいた。


「手越先輩。大丈夫ですか?」

「うん。ちょっと傷んだだけ。大丈夫」


「お前。どこまで足を引っ張るの?」

「おらおら。怪我人は保健室で休んでろや」


言い返そうとする朱音であったが、実際、手越先輩の足を引っ張っているのは事実。


「ごめんね。朱音ちゃん。保健室まで肩を借りて良いかな?」


これ以上に言い返すことなく、手越先輩に肩を貸しその場を立ち去るのであった。


そんな様子を陰から見守る女生徒が1人。東堂さん。


「朱音さんがどうしているか様子を見ようとテニス部に来てみましたが……なかなか面白そうですね」


そう呟いた東堂さん。自身もクラブ活動のためリラク部の部室へ向かうのであった。

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