第17話 俺が行方不明となるまで、母はコスメショップで働いていた。

夕方。部室に集まっての勉強を終え自宅へ帰った俺と朱音を出迎えるのは、わんわん足元にまとわりつくマメチャン。そして──


「ヒロくーん。アカネちゃーん。お帰りー」


今は専業主婦である母の姿であった。


「「ただいま」」


2年前。俺が行方不明となるまで、母はコスメショップで働いていた。

父は会社員。子供は2人。首都から通勤圏内にある自宅で暮らす一家四人。


だが、そんな幸せな生活を壊したのが俺の行方不明。


行方不明者の捜索には初動が大切。事件に巻き込まれたにせよ家出したにせよ、時間が経てば経つほど目撃者の記憶から俺の姿は消え失せる。


そのため母はコスメショップを退職。専業主婦を続けながらビラ配りやポスターを貼り出すなど、この2年間、俺を探し続けていたという。


俺とて行方不明になりたくてなったわけではない。神隠しに巻き込まれただけの俺に責任はないとはいえ……


早くも2階の自室へ階段を駆け上がる朱音を横目に、俺は台所で料理する母の後ろ姿を見つめる。ギリギリまだ30代のはずが、その頭にはうっすら白い髪が見えていた。


思えば行方不明となる前の俺は子供であった。

2年前。16歳。思春期となれば仕方のない話であるが、親の言うことなどまるで聞かない反抗期。とにかく親の言うこと何でもかんでも反抗したものだが……


異世界への神隠しは、そんな俺に対する罰だったのかもしれない。


文明の利器の存在しない異世界。無償で俺を助けてくれる者など誰も存在しない中、俺はモンスターを相手に生きるか死ぬかの生活を送ることになったわけだが……


「母さん。その、いつも料理をありがとう」


「まあ。ヒロくん。どうしたの? ヒロくんのためだもの。当たり前じゃない」


親が子供のために料理する。無償で奉仕するその姿。ここ日本では当たり前に見る光景であるが、実のところ当たり前ではないその光景。


この2年間。1人、異世界で暮らしたことで遅まきながらそれに気づけたのだから、異世界への神隠しにも意味はあったというわけで。


「母さん。肩とかこってない? 良かったら俺が肩を揉もうか?」


「まあ。ヒロくん……何て優しいの……うう、母さん感激で涙が止まらないわ」


たかが肩を揉むだけでここまで喜んでくれるのだから、いかにこれまで親孝行していなかったか分かろうというもの。


料理する母さんの背後。俺は肩を揉みながら癒し魔法を発動する。


「癒せ。神の奇跡。メジャーヒーリング」


「んまああああ?!」


触れる母の身体。幸いにも病気などは存在しない。ただ日ごろの疲れがたまっているだけなのだから癒し魔法で元気一発。おまけに頭にあった白い髪は黒くなり、目元の小じわまでもがピンと張り詰める。


あまり意識してこなかったが俺の癒し魔法。健康だけではなく、美容にも効果があるのかもしれない。


「なんだか母さん元気はつらつ! 今晩はステーキにするわよ!」


どういう理由かは分からないが、今晩の献立はステーキへと変更されていた。


「ただいま戻りました」


その後。父が帰宅。一家4人がテーブルに着いたところで。


「いただきます」


晩御飯となるわけだが。


「あれ? 今日って平日よね? なんでこんなご馳走なの?」


テーブルに並ぶステーキを見た朱音は首をかしげていた。


「うふふ。それは……お父さんにスタミナを付けてもらうためよ。ね?」


そう父にしなだれかかる母の姿。

うむむ。癒し魔法により元気はつらつとなった影響か? 快楽成分により興奮状態にあるのか? だとするなら。


「父さん今日も仕事おつかれ。肩を揉んであげるよ」


俺は食事の後。くつろぐ父の背後にまわり癒し魔法を発動する。

ぶっちゃけ父が何の仕事をしているかはよく知らないが、母が専業主婦となって以降の我が家の稼ぎは全て父のおかげ。夫婦円満こそが家族の幸せ。俺の幸せへと直結するのだから……


「癒せ。神の奇跡。メジャーヒーリング」


特に病気もない父の身体。それでも加齢による衰えは発生するもの。であるなら俺の癒し魔法。ED治療でもって若かりし頃のパワーを取り戻す。


「……お母さん」「……お父さん」


癒し魔法により活性化した影響か。リビングで見つめあう父と母。


「え? ちょっと……どういうこと? なにこの雰囲気?」


その様子に顔を赤くする朱音と喜び走り回るマメチャン。


「朱音。俺たちは部屋に戻って勉強の続きでもやるとしよう」


俺はマメちゃんを抱き抱えると朱音を促し2階の自室へ移動する。


高齢出産は大変とは聞くが、俺の癒し魔法があれば何の問題もない。日本の未来のため少子化解消のためにも、安心して子作りに励んでほしいものである。


その後。自室に戻り参考書に手を付ける俺であったが。コンコン。ノックも止まないうちからドアが開かれ朱音が部屋に入って来る。


「おにい。勉強教えてよ」


期末試験に備え3人一緒に部室で勉強していることから、朱音も俺の頭が良いことに気づいたのだろう。


「うむ。お兄ちゃんに任せてくれ」


妹に頼られるならお兄ちゃん冥利につきるというもの。俺は朱音と並んで座り勉強を共にした。


「ふわー。がんばったー!」


その後、今日の勉強は終わりというのだろう。朱音は声を上げ伸びをする。


「ねえ、おにい。アレやってよ。アレ」


「アレ? アレとは何だ?」


「は? アレって言ったらマッサージに決まってるじゃん。おにいリラク部なんだし」


俺の癒し魔法がアレ呼ばわりとは、少々扱いがぞんざいではないだろうか?


「そもそもがマッサージではない。揉みほぐしである」


「うっざ。そんなのどっちでも良いじゃん? おにいの将来、絶対嫌味ハゲオヤジだわ」


残念ながら俺の癒し魔法は毛根にも効果的。そして嫌味だろうが何だろうがリラクゼーションで商売を志すのであれば決して間違えるわけにはいかない大問題。そもそもが人数合わせの幽霊部員とはいえ朱音もリラク部メンバーの1人。きちんとした用語を使ってもらわねば困るという。


「それよりほら。さっさとやってよ。勉強で頭使って疲れてるんだから」


そう言って朱音はゴロリ、カーペットにうつ伏せとなっていた。


やれやれ。困ったものだが……俺はシスコン。妹が揉んでくれと言うなら、いや、言われずとも勝手に揉むのがシスコンである。


俺は寝転がる朱音の腰の上。跨るようにもみもみ腰を揉みほぐす。


「ふわー。気持ちいい」


それも当然。俺の癒し魔法はAランク。


「やっぱおにい。上手すぎ……もうこれで商売出来るんじゃない?」


出来るも何もそのつもり。そのためのリラクゼーション研究部。期末試験が終わりクラブ活動が再開となったなら、いよいよ本格的に活動開始するとしよう。

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