第18話 「というわけで、今日よりリラクゼーション研究部。その活動を開始する」

1学期の期末試験が始まり───終わった。

部室に集まり勉強した甲斐あって試験の手ごたえは抜群。後は良い結果が出るのを待つだけである。


「というわけで今日よりリラクゼーション研究部。略してリラク部の活動を開始する」


「意気込んでいるようですが、すぐに夏休み。クラブ活動もお休みとなりますけどね」


俺が復学してからまだ1ヶ月というのに、早くも1学期が終わろうとは……


「そういえば朱音は?」


授業は半ドン。今日が記念すべき活動初日だというのに部室に見えるのは東堂さんだけ。2人は同じクラスのはずがいったいどうしたことか?


「朱音さんはテニス部です」


クラブを2つ掛け持ちする朱音であるが、そのメインはテニス部でありリラク部はただの名前貸し。夏の大会に備えて練習が本格化する中、幽霊部員である朱音が顔を出すはずがないのであった。


「そうか。なら俺たちだけで始めるか」


「それでお兄さん。リラクゼーション研究部。まずはどうするつもりです?」


どうするも何も、当然、リラクゼーションを研究するわけだが……その前に。


「東堂さん。前も聞いたと思うが頭の調子はどうだろう? 何か重いとか違和感があるとか、そういうのはあるだろうか?」


以前に俺が癒しスキャンした結果、東堂さんの脳に異物があるのを感知している。期末試験の直前、いきなりショッキングな話をしては試験に影響すると思いこれまで黙っていたが……


「いえ。特に何もありませんが……お兄さん。まるで私の頭に何か問題があるかのような言い方をしますね? 何かあるのですか?」


まあ、黙って誤魔化したところで、どうせ俺の心を読むだろうから言うが。


「前回。東堂さんの疲れを癒した時、東堂さんの脳に異物を感知した」


俺はあらためて東堂さんに目をやり尋ねる。


「過去に健康診断で脳に異常が見つかったことは?」


「いえ。今まで引っかかったことは一度もありません。というより、学校の健康診断で脳までは調べませんから」


それもそうか。


「ですが何の自覚もありません。本当に私の脳に異物があるのですか?」


実際のところ癒しスキャンで異物を感知したといっても、あくまで俺の感覚的なもの。科学的な裏付けは何もない。


患部に魔法を使うだけで癒すことができるのだから、裏付けなどなくとも良いといえば良いのだが……


「……なるほど。お兄さんが問答無用で私の脳を癒さなかったのも理由があると。そういうわけですね?」


見上げるように俺を見つめる東堂さんの言葉。


「分かりました。明日にでも病院へ。脳の精密検査を受けてみます」


俺の癒しスキャン。東堂さんの脳に異物を感知はしたが、現代日本において俺の癒し魔法がどこまで信頼できるのか? 一度、科学的な裏付けが欲しいところである。


CTスキャンなりレントゲンなりで異常を科学的に検知。その後、俺の魔法の後に異常が消失しているなら、俺の癒し魔法に科学的根拠が加わるというわけで。


「俺は今よりさらに自信を持って女体を揉むことができるだろう」


「女体を揉むことに自信を持たれても困りますが……お兄さんは自分の癒し魔法に自信がないのですか?」


「いや、自信はある」


何せ異世界での2年間。俺はこれよりひどい怪我や病気を幾度も癒している。そんな俺の感覚的にも東堂さんの脳にある異物を浄化、癒すことができると確信するが……


俺の実績も自信も、あくまで異世界でのもの。


現代日本に帰ってからの俺はもっぱら疲労を癒すに止まり、本格的な癒し魔法はいまだ試せていない。1度だけ猫さんを癒しはしたが、あれは人間ではないためノーカンである。


「それで私を相手に人体実験をしようと。そういうわけですか」


人体実験とは語弊のある言い方であるが……


魔法が常識として存在する異世界と異なり、ここは科学技術の支配する現代日本。人体。それも脳といったデリケートな部位に魔法を使うとなれば、いかに俺とて慎重になろうというものである。


「分かりました。お兄さんがそこまで言うなら明日と言わず今日。これより検査に行ってきます」


確かに検査が早いにこしたことはないが。


「今からか? いきなり予約もなしに大丈夫なのだろうか?」


「父の保険証を持って行きますから大丈夫です」


なるほど。東堂さんの父は市会議員。大病院にも伝手や裏金、キックバックはあるというわけで、急な来院でも大丈夫というわけだ。


「お兄さん。単にキックバックと言いたいだけですよね? 意味を分からず言ってますよね?」


人間。覚えたばかりの言葉は無性に使いたくなるもの。思わず頭に思い浮かべるのも仕方のないことであった。



翌日。俺は部室で東堂さんの来るのを待っていた。

昨日の話ではあの後、病院で精密検査を受けたはずだが……


ガラリ。部室のドアが開かれ東堂さんが姿を現した。


「東堂さん。検査の結果はどうだった?」


挨拶もそこそこに俺は検査結果について問いただす。


「お兄さん……残念です」


深刻な顔でうつむく東堂さん。もしかして検査の結果、思った以上に脳の状態が良くないのだろうか? 


「検査結果ですが……私の脳には何の異常も見つかりませんでした」


「……マジで?」


「マジです。議員特権を用いて最新の医療機器で検査しましたので間違いありません」


マジかよ……だが俺の癒しスキャン。東堂さんの脳に異常を感知したのもまた間違いのない事実である。それも1度ならず2度も。それが検査で何の異常も見つからないとは……どういうことだ?


「異世界と現代日本の違い。ということですか?」


「いや、分からない。だが……」


現代日本に帰ってからこれまで何の疑問もなく使用していた俺の癒し魔法。その根拠についての自信を揺るがしかねない非常事態。


言っては何だが俺から魔法を無くしては誇れるものは何もない。後に残るのは高校1年生を2度も留年したという輝かしい俺の履歴書だけ。まともな就職もなく、こどおじニート野郎一直線となること間違いない。


「お兄さんの癒し魔法。揉みほぐしで疲労が改善したように感じたのも単なるプラシーボ効果。お兄さんは詐欺師だったということですね」


プラシーボ効果とは偽薬効果。何の効果もない偽薬を本物の薬と偽り飲ませることで、本人の思い込みにより怪我や病気が改善することを言う。


つまりは、マジかよ……俺は詐欺師だったというわけで、残念な物を見るような東堂さんの視線。今にもリラク部を退部させてもらいますと言い出しかねないその雰囲気。ことこうなっては仕方がない。


俺は自分の鞄から文房具、カッターナイフを取り出すと自分の手首に押し当てる。


「何ですか? これまでの詐欺について責任を取ると。現世にさよならということですか?」


そんな東堂さんの言葉に俺はカッターナイフの刃を押し出すと。


ズバーン


ためらうことなく自分の手首を一閃。滴り落ちる血が机に血だまりを作り出した所で。


「癒せ。神の奇跡。メジャーヒーリング」


俺の詠唱と同時。ズタズタに切り裂かれた俺の傷が癒される。

しばらくの後、切り裂いたはずの俺の手首はためらい傷すら残らぬ綺麗な身体となっていた。


「残念ながら俺は詐欺師ではなく、癒し魔法は単なるプラシーボ効果でもない」


最後に机に残る血だまりを浄化魔法で清掃する。


実のところ俺は現代日本に帰ったその時点。すでに自分の身体でもって、ある程度の人体実験は済ませている。そうでなければ誰が他人に、ましてや家族を相手に癒し魔法を使おうはずがない。


そして何より。先ほども言ったように俺から魔法を取っては何も残らないのだから、そんな自分の生命線たる魔法。真っ先に調べずにどうするという。


「その割には科学的根拠が欲しいなど、自信なさげでしたね」


俺が自信に乏しかったのは、あくまで現代人に対する癒し魔法。


「異世界人と異なり魔力を持たない現代人にも同じ効能があるのか? それが不安だっただけだ」


まさか他人を切り裂き人体実験するわけにもいかず、おまけに癒す部位が脳みそであるのだから、確信が持てないのも仕方のない話である。


「そうですね。私のPSYサイアナライズでも、お兄さんの能力に癒し魔法と浄化魔法がありますので、魔法については疑っていません」


マジかよ? 無茶苦茶ゴミを見るような目つきで俺を見ていたように思うのだが……?


「それは仕方ありません。お兄さんの癒し魔法。これまでは精神的なリラックス効果や老体をほぐすなどといった、目に見えない癒しでしか見ていませんでしたから。ですが、こうして実際に目の前で肉体を癒す様を目にすると本当だと実感できますね」


リラックス効果といった精神的リラクゼーションは見た目だけでは分からない。仕方ないといえば仕方はないのであった。

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