第15話 「浄化魔法Aランク。お兄さんをアナライズした時、そのような記載がありましたね」
期末試験までの間、部室に集まり勉強することが決定した。
「それじゃアタシちょっと飲み物買って来る。氷香も何かいる?」
「私は大丈夫です」
東堂さんの返事を受けて朱音が部室を飛び出すその間、俺はスマホを取り出し母にメッセージを送信する。無断で帰りが遅くなっては拉致だ何だと母が騒ぎ出しかねない。
メッセージを送り終えた所で、あらためて俺は部室となる室内を見回した。
朱音と東堂さんで少し片づけたとは言うが長らく放置された資料室。その程度の掃除で降り積もった埃は落ちはしない。
「何をするつもりですか?」
「東堂さんなら分かるのではないか?」
俺はしゃがみ込み、その右手を床に押し当てる。
「浄化魔法Aランク。お兄さんをアナライズした時、そのような記載がありましたね」
その言葉に答えるべく。
「浄化せよ。部室に降り積もりし
右腕を発する魔力の光が室内に充満。放つ光に降り積もる埃は全て浄化され消え去っていく。
「凄いですね……これなら清掃会社でもやっていけるのではないですか?」
ただ埃が消え去っただけではない。その床面はまるでモップがけの後にワックスを塗り、さらにはポリッッシャーで磨き上げたかのように輝く光沢。つまりはAランク浄化魔法。ただの30秒で清掃会社に匹敵する清掃を完了したというわけで。
「確かにそれもありだが……」
俺の中に清掃で生計を立てる予定はない。
「何故です?」
社会においてなくてはならない仕事が清掃。
ゴミを掃除してくれる人たちがいるおかげで俺たちは快適な生活を送れるのだから、まさに感謝と尊敬の心しか存在しない。だとしても──
女体を相手にくんずほぐれつ揉みほぐすのと。
ゴミを相手にくんずほぐれつ清掃するのと。
どちらを仕事にしたいかと聞かれれば、健全なる男子高校生たる俺としてはやはり……などと正直に言うわけにもいかない。
「清掃なら俺でなくとも清掃会社で同じ事ができる。だが、人体治療となれば話は別。現代医療では治療できない傷病だろうが、俺の癒し魔法なら癒せるからだ」
俺は人道的。人助けという点を含めて考慮するなら、癒し魔法を活用するのが一番である。
「……やっぱり最低ですね」
いや。俺の心を読むにしても、いったい何処を読み取ったのか? どうせ読み取るなら俺が真面目に考えている部分を読み取るべきである。
「はあ……朱音さんに同情します。変態な兄を持つなんて」
ガラリ。ドアが開き電話を終えた朱音が戻る。
「戻ったよー……って、あれ? この部屋。こんな綺麗だっけ?」
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勉強開始から1時間。
「あー疲れた……なんか凄い勉強したんじゃない。アタシ?」
まだ1時間とはいえ集中したのでは疲れも出る頃合い。身体がこったのだろう朱音は両手を上に伸びをしていた。
「お兄さん。朱音さんをマッサージしてあげてはどうです?」
……いきなり何を言い出すのか?
せっかく仲直りしたばかりの今。ここで妙なことをして嫌われては台無しとなる。
「嫌われるも何も妙なことをしなければ良いですよね? 純粋にマッサージだけを行えば」
なるほど。確かに一理あるその理論。だとしても──
「無資格の俺が行うのはマッサージではない。揉みほぐしである」
しつこいようだが、あん摩マッサージは国家資格が必要となる治療行為。素人ならともかくリラクゼーション研究部の人間が間違えては駄目である。
「というわけで朱音。お兄ちゃんが少し肩を揉みほぐしてあげようか?」
「はあ?! 何がというわけなのよ? それにいきなり肩をも、揉むとか? この変態バカ兄貴が!」
勉強がはかどるよう。疲れを癒そうと提案したのだが、肝心の朱音には何やら頬を赤く断られてしまった。
「同級生男子が肩を揉んでやろうなどという提案。いやらしい下心しか感じられません。普通は断ります」
言われてみればそうかもしれないが……元々は東堂さんの提案に思うのだが……?
「やれやれ。仕方ないですね」
非難するような俺の目線に、東堂さんは朱音に話しかける。
「朱音さん。疲れがたまったままでは勉強もはかどりません。私もお兄さんに肩を揉んでいただきましたが、お上手でしたよ?」
「ええ!? 大丈夫だった? こいつ絶対に変な所を触ったでしょ?」
うむむ。東堂さんに対する朱音の返答。兄に対する信頼はないのか? 悲しい現実である。
「お兄さん思ったより紳士でしたよ? それにリラクゼーション研究部を続けるなら一度体験しておいた方が良いかと」
それでも東堂さんの説得が功を奏したか。
「分かったわよ。氷香がそこまで言うなら……でもいい? おにい。肩だけだからね! それ以外のところを揉んだら殺すから!」
話がまとまったのなら俺は席を立ち上がり、座る朱音の背後に回り込む。
「えーと。それじゃ朱音。お兄ちゃん揉みほぐしが得意だから任せてくれ」
「う、うん」
「揉みほぐしが得意な高校生というのも、いやらしいですね」
いちいち一言多いやつである。そもそもが俺と朱音は兄弟だからして、いやらしいも何もない。
「ま、まあその。疲れてるのは確かだし? 肩をもんでもらうだけだし?」
椅子に座りガチガチに緊張する朱音を背後から見下ろせば、制服から除く鎖骨が妙になまめかしい。そんな朱音の肩に手を押し当てると──
もみもみ。癒し魔法を併用しながら俺は一心不乱に揉みほぐしていく。
「あっ!? ちょっ? いや待って、ああっ?!」
誤解しないよう言っておくが、俺はあくまで肩を揉んでいるだけである。
「あっ、えっ、なんかむっちゃ気持ち良いんだけど……あっ!?」
もしも俺が一般的な男子高校生であれば。脳みその9割がエロで埋まっている男子高校生であれば、このままなし崩しに肩以外を揉みはじめるものだが……
俺は誠実。妹を相手に自重する理性は持ち合わせている。
そもそもが揉みほぐしを商売にしようというのだから、この程度の誘惑に動揺してはリラクゼーションは務まらない。
「いいっ。おにい……もっと揉んで……ああっ」
適当に揉みほぐす。ただそれだけで癒し魔法に含まれる快楽誘発成分が天にも昇る気持ちとさせるのだから、リラクゼーションとしてこれ以上の効果はない。
「毎日マメチャンのお腹を揉んで慣れている成果だ。はい完了と」
この程度の疲労を取り除くだけなら1分とかからない。
「はぁはぁ……なんか頭が冴えてきた。今なら凄く勉強できそう。アタシ勉強する!」
言うが早いか、さっそく朱音は問題集に取り掛かっていた。
「なんですか朱音さんの今の声……もしかして私の時もああだったのですか?」
もしかしてだが東堂さん。前回の揉みほぐしの時、自分の声がどうだったか気づいていなかったのだろうか?
「快感でもって痛みを和らげ気分をリフレッシュさせるのが癒し魔法。ただそれだけのことであって俺に他意はない」
凄い勢いで勉強する朱音はさておき。
「東堂さんも疲れただろう? 少し癒そうか?」
「妹だけではあきたらず、といったところですか……そもそも癒すという表現がいやらしいですね」
あくまでリラクゼーション。治療するとは口にできないのだから仕方がない。
そもそも癒すの何がいやらしいのか? 東堂さんがよこしまなことを考えているからそう思うのである。
「……分かりました。そこまで言うならお兄さんの能力を詳しく知るにも、もう1度経験するのが良さそうですね。少しだけお願いできますか?」
俺は東堂さんの背後に回ると、その両肩に手をかける。
もみもみ
「つっ!? やはりこれは……なるほど。くっ」
癒しの魔力を東堂さんの全身に巡らせる。
前回と同じ。やはり東堂さんの脳からは今も異常を感じる。
かといって怪我や病気ではない。かつて異世界において弓矢で射られた患者を診た時。矢じりが体内に残ったままの患者を診た時と似ている気がする……
もしかすると東堂さんの脳内。何か異物があるのだろうか……?
「んほおー! もっとお兄さんもっと、ぬほぉーしゅきぃぃぃー!」
前回同様、突然の奇声に俺の揉みほぐしは中断される。
「ちょ、ちょっとおにい! 氷香に何したの?」
いや。何と言われても癒し魔法をかけただけなのだが……朱音と比べても大きすぎるその反応。これも東堂さんの異常と何か関係があるのだろうか?
思わず朱音と2人して東堂さんを見つめるなか。
「コホン……とてもスッキリしました。これなら朱音さんの言うとおり勉強がはかどりそうです」
前回、図書室で揉みほぐした時と同様、東堂さんは乱れた服装を正すと澄ました顔で答える。
「……なんですか?」
「……前も聞いたが頭が重いとかはないか?」
「ええ。前回で少し慣れたつもりでしたが……思った以上の効果です」
だとしても、やはり東堂さんの脳。本人に自覚はないとはいえこのまま放置するわけにもいかない。この期末試験が終わったなら東堂さんと話してみる必要がありそうだ。
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