第13話 「お、お兄ちゃん。おはよう。はい」

朝。いつものように目覚めた俺はジャージに着替えた後、階下の洗面所で顔を洗う。


「おはよう。ヒロくん」

「おはよう。母さん」


1階には早朝だというのに早くも台所で調理する母の姿。そして。


「わんわん」


早く散歩に連れていけとばかり、マメチャンが足元にすがりついていた。


「よしよし。それじゃ行こうか」


マメちゃんのリードを手に玄関を出ると、

2人一緒に走り出す。毎朝よく走る犬だと思えば、まさか筋力上昇などといった能力を習得していたとは……


この日もたっぷり1時間。走りに走った俺とマメちゃんが自宅に帰ると。


「お、お兄ちゃん。おはよう。はい」


タオルを手に朱音が出迎えていた。


「お、おお……おはよう朱音」


「ちょっと! 何よ? アタシがタオル渡したらマズイっての!」


少し赤くなりながらも差し出されるそのタオル。


「い、いやいや! ありがとう」


少し照れつつも受け取り俺は汗を拭き取った。


「よーしよし。マメチャンも疲れただろ?」


マメチャンを撫でながら癒し魔法で疲れを取り除く。


「わんわん」


筋肉は運動後に十分な休息をとることで以前より強くなると聞く。マメちゃんが筋力上昇なる能力を手に入れたのも毎朝毎晩、散歩後の癒し魔法が超回復効果として影響しているのだろうか?


「2人ともー。朝ごはん出来てるわよー」


リビングからの母の声。すでに食卓に腰かける父と母に続いて、2人は並んで食卓に着いた。


「ふふっ。2人ともすっかり仲良しに戻ったみたいでママ嬉しいわ」


そんな母の言葉に。


「ん、んなわけないでしょ! こんなのでも一応はお兄ちゃ……コホン。おにいだから仕方なく口きいてるだけだっての!」


うむむ。しおらしい朱音が早くも終わってしまったと同時、お兄ちゃんと呼ばれるのも終わってしまったようだが……


「ああ。朱音のためなら死ねる。そのくらいは仲良しだぞ」


とにもかくにも朱音と仲直りできたのだ。俺の呼び方がどうだろうと、それは些細なことである。



朝の校門。通学する生徒たちは普段とは異なるその光景にざわついていた。


「あれ? 平良 朱音ちゃん……なんで男と一緒に通学を?」

「隣にいるのって平良たいらの兄やん。仲が悪かったんやないの?」

「ばっか。お前知らないの? 行方不明になる前。中学時代はいつも腕を組んで登校するくらいの仲良しだったんだぜ?」


2年振りに朱音と一緒に登校する。単に並んで歩いているだけだというのに……妙に注目されるな。


「そりゃそうっす。私の調べだと高校生活で一番の話題は恋人関連っすから」


いきなり誰かと思えばクラス委員にしてマスコミ部の松田さんではないか。


「そうか? 普通は勉強とかじゃないのか?」


「はあ。いかにも非モテの陰キャが苦し紛れに言いそうな台詞っすね」


また偏見バリバリなことを……


「いかに遺伝子の優れた異性を捕まえるか? それが学生にとって一番の話題に決まっているっすのに……まったくもう先輩は」


「まあ、遺伝子はともかく夏休みも近い。恋人が欲しいという気持ちは分からないでもない」


俺にも恋人がいれば海なりプールなり一緒に行ってみたいものだが……待てよ? よくよく考えれば俺には恋人が、東堂さんがいるではないか。


偽恋人であるのが難点ではあるが、偽とはいえ頼めばプールくらいは一緒に行ってくれるのではないだろうか?


「先輩。浮かれている場合じゃないっすよ? 夏休みでもマスコミ部の活動はあるっすから」


それはご苦労なことであるが、俺はマスコミ部ではない。


「おにい。この人だれ?」


そうか。朱音はクラスが違うから知らないか。


「朱音ちゃんっすよね? はじめまして。私は松田 里美といいます」


「うちのクラス委員でマスコミ部の部員だ」


「ふーん……」


朱音は松田さんをジロジロ頭からつま先まで見ると。


「いかにも男に媚びを売るビッチって感じ?」


いやいや。いきなり何を言い出すのか?


「だいたい先輩って何よ? おにいと同じクラスなんでしょ?」


まあ、それは俺も疑問に思わないでもないが……


「先輩にはクラスでお世話になってるっすから、尊敬の念を込めて。そんな感じっすかね?」


そこは疑問形にならなくとも良いだろう。


「ふん。マスコミとか変な噂をバラまくだけでロクなことしないじゃん」


「いやいや。それは偏見っすよ? 一部そういったマスコミもあるっすけど、大多数は公正公平中立をモットーに、大衆に情報を届けるために活動しているっすから」


「どうせおにいの行方不明の話が聞きたくて付きまとっているんでしょ?」


「それはまあ、大衆にはそういったゴシップ記事が一番受けが良いっすからね」


世の中、需要と供給。確かに俺も小難しい政治の話よりゴシップ話が好きである。


「おにい。こんなの放っておいて行くわよ」


「ああ。それじゃまた」


朱音に引っ張られながらも俺は松田さんに片手を上げ、その場を後にする。


「それじゃまたって何よ? おにい。またあの女に会うつもり?」


「いや。会うも何も俺と松田さんは同じクラスだし……」


会わないとなると学校を休むしかなくなるわけで。


「それに松田さん悪い人ではないぞ? 2留の俺にも優しく話しかけてくれてだな……」


「はあ? マスコミ部なんだから悪い人に決まってるじゃない!」


いったいどうしたことか? 朱音のやつ、妙に松田さんを嫌うな。


「マスコミとか最低! おにいが居なくなった時なんて、毎日朝から晩まで自宅の前に付きまとって……お母さんなんて一時はノイローゼで入院する羽目に……絶対許さないから!」


そうか。俺が行方不明の間にそんなことが……

マスコミの人たちも記事を作るため必死だったのだろうが……それなら朱音が嫌うのも無理はないというわけだ。

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