第12話 (嘘です)
「朱音さん。勉強を再開する前に1つ報告することがあります」
「ん? なに
「私はテニス部をやめて別のクラブに入ります」
「え!? 嘘……なんで? 氷香、テニス嫌いになったの?」
初めて知る事実。東堂さんはテニス部だったようである。
俺の記憶によれば朱音もテニス部。2人はクラスが同じで部活も同じ。それで仲良くなったというわけだ。
「いえ。テニスは今も好きですが、新しくリラクゼーション研究部を立ち上げることになりました」
「リラクゼーション研究部? 立ち上げるって氷香が新しくクラブを作るってこと?」
朱音の疑問。東堂さんは返答することなく話を続ける。
「リラクゼーションは、くつろぎ、息抜きなどを意味する言葉で、社会における癒しを研究する部活です」
「……よく分かんない」
「先ほど朱音さんのお母さんより紅茶とお菓子をいただきましたが、勉強の合間の息抜き。それがリラクゼーションです」
東堂さん。興味がないと言っていたわりには、なかなか上手く説明するものである。
「うーん……なんとなく分かったような……でも、そのリラクゼーション研究部って文化部だよね? 別にテニス部と掛け持ちで良くない? せっかく氷香と同じクラブなのに……」
俺たちの通う私立 江ノ山高等学校は運動部と文化部であればクラブの掛け持ちが可能となっていた。野球部とサッカー部は駄目だが、野球部と文芸部であればOKというわけだ。
「私はリラクゼーション研究部、長いのでリラク部と略しますが、立ち上げメンバーのためリラク部に専念しますが、朱音さんはテニス部と掛け持ちでも大丈夫です」
「え?」
「ですので、朱音さんをリラク部メンバーに勧誘します」
……なるほど。新クラブの立ち上げには3人のメンバーが必要。
俺と東堂さん。後1人は朱音を加えようという腹づもり。それでわざわざ学校ではなく、自宅を選んで話したというわけだ。
「え? まあ氷香がいるなら……掛け持ちで良いならアタシも入るけど……うん、あまり顔は出せないかもだけど……」
「はい。全然大丈夫です。ありがとう」
朱音の手を取る東堂さんが抱きつき感謝する。
「ちょっ。大げさだってば……あ、でも氷香以外の部員ってどうなってるの? あまり知らない人ばかりだとちょっと……」
「大丈夫です。私。お兄さん。朱音さん。この3人がリラク部の全メンバーです」
「ふーん。なら安心……って、ええっ?!」
驚いたように俺を見る朱音。
「3人だけ? しかも、なんでコイツが……?」
「それはもちろん、お兄さんがリラク部の部長ですから」
東堂さんに抱き着かれての赤面から一転。怒りで顔を赤くする朱音は立ち上がり俺に指を突きつける。
「……なにアンタ? 学校ではアタシに近づかないでって言ったよね? それが何? 氷香を使って、アタシを騙してクラブに勧誘しようってわけ?」
いや。朱音をリラク部に勧誘するという話、俺も先ほど初めて知ったばかりなのだから濡れ衣である。騙したとするならそれは東堂さんであるが……
(嘘です)
(えっ?)
(近づかないでというのは嘘です)
いつの間にか東堂さんは俺の近く。俺の耳元へ小声で告げる。
「勝手に家出した挙句に2留するようなバカな兄貴がいるとか、友達に知られたくないってアタシ言ったでしょ?」
(バカ兄貴も友達に知られたくないも嘘です)
「それが何で氷香に近づいてるわけ? 何で勝手に相談してるわけ?」
(普通、相談するなら妹のアタシが先だよね? です)
「本当。こんなのが兄貴とか最低!」
(もちろん嘘です)
そうか……東堂さんが自宅を選んでクラブ立ち上げの話をした理由。それは俺と朱音とを仲直りさせようと……それが本命だったというわけだ。
朱音は俺を嫌ってなどいない。それを俺に伝えるために……
「……朱音」
「はあ? 何よ? 馴れ馴れしく呼ばないでくれる?」
思えば行方不明から戻って以降、俺は朱音と向き合い話をしてこなかった。
何故なら2年前とはまるで異なる朱音の様子。
お兄ちゃんと呼び慕っていた頃とはすっかり異なるその様子に、俺はこれ以上に嫌われるのが怖くて波風を立てないようしてきたわけだが……
「朱音。リラクゼーション研究部の立ち上げに、朱音の力を貸して欲しい」
今、俺は声を出し朱音に自分の気持ちを伝える。
朱音と仲直りしたいなら。以前と同じように兄妹として過ごしたいなら、まずは俺の気持ちを声に伝えなければ始まらない。
「俺は将来リラクゼーションを商売にしたいと考えている。だから……そのために朱音の力を貸してほしい」
俺は立ち上がり朱音に向き直ると、深く頭を下げる。
「……何よ今さら? 2年前は勝手に家を出て、勝手に逃げ出したくせに……今さら帰ってきて今度はクラブを作るから力を貸せって……お兄ちゃんいつも勝手すぎるよ……」
事実はどうあれ朱音の中での俺は2年前。いじめを苦に家出した情けない兄貴。
「朱音に無断でいなくなったのは悪かったと思っている。すまない」
異世界のことなど話せないのだから言い訳はしない。
「朱音がどう思っているかは分からないが……留年したおかげで俺は朱音と同じ学年、同じ学校に通えることになった。だから、あまり褒められたことではないが朱音と一緒で嬉しかったんだ。これで良かったと今は思っている。だから……」
「それは……それはアタシだって……でもアタシはお兄ちゃんが家出するくらい悩んでいることにも気づかないで……そんなアタシがお兄ちゃんと一緒になんて……」
小さくかすれる朱音の声。俺のいない2年間。朱音は自分を責め続けていたのだろう。いじめを受け家出するまで悩んでいた兄の姿。何故それに気づけなかったのか? と。
「朱音……辛い思いをさせてすまない」
震える朱音の肩に手を回し抱きしめる。
異世界での生活にも慣れ、癒し魔法の才能があると分かったその時。俺は異世界で一生を暮らすのも悪くないと思っていた。
だけどここには俺を思ってくれる人たちがいて、俺がいない間ずっと苦しみ悲しい思いをしてきた人たちが、家族がいる。
そうか……だから俺は帰って来たのだ。
俺の癒し魔法。癒しの力で家族の悲しみを癒すそのために……
抱きしめる俺の腕に光が宿り、触れる朱音の身体を駆け巡る。
「……この光、暖かい……お兄ちゃん。おかえりなさい」
「ただいま。朱音」
・
・
・
その後、勉強会を終えた東堂さんを送るため、俺はマメチャンを連れ出し自宅を出る。
「東堂さん。その、今日はありがとう」
「それは何に対するお礼ですか?」
「朱音のこと。戻ってからずっとぎくしゃくしてたから」
家族への恩返しを口にしながらも、俺は心のどこかで自分が一番の被害者だと思っていた。
突然に異世界に連れていかれ、毎日を生きるのに精一杯の境遇。なぜ俺だけこのような苦労をしなければならないのかと?
だが、愛する家族が突然にいなくなる。何か自分に出来ることがあったのではないか? そんな後悔を抱えたまま、いなくなった人を想い生きるというのも、辛く悲しい人生と分かったから。
「別にお兄さんのためではありません。朱音さんは私の友達ですから」
「そうか、ありがとう。俺が言うのも何だが、朱音のこと。よろしくお願いします」
「言われなくてもよろしくします。友達ですから」
相変わらクールな東堂さんだが……その横顔は少し嬉しそうに見えた。
「俺は明日。担任の先生のところへ新クラブ設立の相談に行ってみる」
「そうですね……1つアドバイスをします。新クラブの立ち上げですが、先生ではなく理事長に相談してみてください」
「え? いや、俺のような一介の生徒が理事長先生に相談って、おかしいのではないか?」
「何もおかしくありません。私立高で一番の権力者が理事長。であれば頭を丸め込むのが一番手っ取り早いというものです」
そう言ったかと思うと東堂さんは俺の手からリードを引き抜くと、マメチャンを連れて走り出していた。
一理あるといえばあるが……ただの生徒がアポもなしに会うのは無理である。
俺は走る東堂さんとマメチャンを追いかけ、東堂さんが住むという高級マンション前まで来たところでリードを受け取った。
「はぁはぁ……マメチャン。凄い力です。本当に豆柴ですか?」
「部屋で見ただろう? 母が毎日トレーニングしているからな」
「いえ。それだとしても変です……マメチャン。ちょっと失礼します」
東堂さんはマメチャンをなでなでしながら目を閉じる。
「
「マジで? いや、俺は他人の能力を見れないから知らないが、地球では能力を持っている者が普通にいるものなのか?」
「いえ。私もお兄さん以外で見たのは初めてです。ただ、他人の身体に触りながらでないとアナライズできませんので、知らないだけかもしれませんが……」
うむむと2人頭を悩ませる。
「……満員電車にでも乗って、おっさんを触りまくればどうだろう?」
「却下します。私を痴女にするつもりですか?」
いきなり俺を舐めようとするなど、十分に痴女と思うのだが……
「朱音はどうなのだ? 朱音にも触れていたよな?」
「いえ。友人を勝手にアナライズするのは失礼ですから、調べていません」
俺なんて握手しただけで勝手にアナライズされたと思うのだが……
「うるさいですね。分かりました。これからはなるべく他人をアナライズしてみます」
地球で魔法を使えるのは俺ただ1人。それがここ数日で東堂さん。マメチャン。この2人も魔法ではないが超能力やスキルを習得していると判明したのはどういうことだ?
もしも他にも能力を使える者が多数いるのであれば……
俺が注意するのは政府の公安だけではない。今後は他の能力者にも注意が必要。より慎重な行動が求められるというわけだ。
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