第9話 おうちで実践。誰でもできる優しいマッサージ入門。

教室でお昼ご飯の後。俺は校内の図書室へ足を向けると、本棚を前に目当ての書籍を探していた。


「余裕ですね。お兄さん」


背後からの声に振り返れば。


「東堂さんか。こんにちは」


「期末試験が目前だというのに試験勉強ではなく、マッサージですか?」


東堂さんは俺が抜き出した本「おうちで実践。誰でもできる優しいマッサージ入門」を見てそう言った。


「別に無関係というわけでもない。勉強で疲れた頭をリフレッシュさせるためだ」


「いえ。私におためごかしは結構です。ずばり。マッサージと称して治療魔法を使おうと考えている。そうですね?」


「……東堂さんと付き合った相手は浮気できそうにないな」


俺は異世界から戻って以降、自身の魔法について考えていた。

せっかく異世界で得た神秘の力。怪我や病気を治療できるこの力を無駄にしては社会の損失である。と。


だからといって表立って使用しては俺の身が危険となる。


そこで考えたのが魔法を明言せず形を変えて使用すること。マッサージを称して治療魔法を使うなら誰にも感知されることはない。


「だが正確にはマッサージではない。俺が行うのはリラクゼーションの1つ。揉みほぐしだ」


「揉みほぐしですか……お兄さんに相応しく、いかがわしい響きですが……」


残念ながらいかがわしさの欠片もない癒し行為が揉みほぐし。その主目的は筋肉を揉みほぐすことで血行を改善、疲労を回復するリラクゼーションにある。


「ですが揉むのですよね?」


それは、まあ揉みほぐしであるからには揉まざるを得ないというか揉むことが仕事であるからには俺の意思とは関係なく揉むしかないというわけで……


「やっぱりですね……」


とにかく。一般的にマッサージと呼ばれる「あん摩マッサージ」であるが、実のところは国家資格が必要な医療行為。


それに対して、揉みほぐしは癒しを目的としたリラクゼーション行為。医療行為ではないのだから資格の必要はない。


「つまりは資格のない俺が魔法で治療するなら、揉みほぐししかないというわけだ」


家族や仲間内でやるならともかく、俺は治療魔法を将来の仕事に考えているのだから線引きは必要。もしも無許可で開業しようものなら即お縄となる。


それを考えると治療魔法という文言も誤解を与えよろしくない。以降は癒し魔法と呼称することにする。


「癒し魔法ですか。説明を聞けば聞くほどいかがわしいとしか思えませんが……」


せっかくの説明にもなんたる失礼な結論。おのれ。いかがわしいと思う者こそ、その心がいかがわしいのである。


「分かりました。とにかく考えることは同じというわけですね。私も自分の超能力を有効活用できないかと考えていましたから」


東堂さんの超能力、PSYサイアナライズだったか。


「対象の思考や情報を読み取ると考えて良いのだろうか?」


「おおむねそうです」


名称こそ異なるものの異世界における鑑定魔法と同じに考えて良いだろう。


「それなら普通に考えれば警察や弁護士あたりだろうか? 相手の嘘を見抜ければ便利だろう」


「そうですね。ですが、まずは何をするにも今は超能力を鍛えたいと思います。つい先日までは嘘を見抜くだけと思っていた能力が、成長すると分かったのですから」


未知の力を鍛えたいという気持ちはよく分かる。俺も魔法が使えると分かってすぐは、とにかく使いまくったものである。


「基本的には使えば使うほど熟練度が上昇する。特に自分よりLVの高い相手を調べるのが効率的となり、いずれランクアップするはずだ。ただし魔法を使えば精神力、ゲーム的にいうならMPを消費するから注意が必要だぞ?」


「この頭痛はそれが原因ですか……」


東堂さん。先程からも俺の考えを読み取っているようだが、まだ慣れないうちから調子にのって超能力を使いすぎである。


「そうだな。東堂さんがよければ少しマッサージ、いや、揉みほぐそうか?」


「……それは性的な意味で言っていますか?」


……いきなり何を言い出すのか?


「俺の治療魔法は精神的疲労を、MPを回復することもできる。頭痛が辛いならと思って言ったのだが……」


「それは失礼しました。ですが男性からマッサージしようか? などという誘い。普通は一発やらせろという隠語ですから警戒するのも当然です」


なるほど。言われてみればそうかもしれないが……

ことリラクゼーションにおいての俺は誠実。揉みほぐしを商売に生きていこうと考える者が、そのような不誠実をするはずがない。


「そうでしょうか? マッサージ師が施術中のわいせつ行為で逮捕されたと、最近ニュースで見た覚えがありますが?」


まあ……プロの施術師といえど男。中にはそんな者もいるということで……


そもそもが鑑定を持つ東堂さん。もしも俺に下心があろうものなら、PSYサイアナライズで即座に見抜くだろうに。


「そうですね。今のところお兄さんに下心はないようですから、少しお願いしてよろしいでしょうか?」


やれやれ。施術するにも大変である。

俺は東堂さんの背後に回ると、その両肩に手をかける。


もみもみ


そのまま肩を揉みほぐしつつ癒し魔法を発動。癒しの魔力を東堂さんの全身に巡らせていく。


「つっ!? これは……なるほど……くぅっ」


癒しの魔力が巡るのか東堂さんが声を上ずらせる中、俺は東堂さんの身体に違和感を覚えていた。


癒し魔法は怪我や病気を治療すると同時に、体内を巡る魔力の流れから異常を判別するCTスキャンの能力を併せ持つ。


今、俺の癒しスキャンが反応するということは、東堂さんは身体に病気か怪我を抱えているわけだが……


これは……違和感があるのは頭……それも脳みそか?

MP切れによる頭痛でこのような反応はないはずが……


残念ながら俺の癒し魔法。異常があることは分かるが、それが出血であるのか腫瘍であるのか? その症状までは分からない。何しろ魔法を使うだけで治療できるのだから症状など知る必要もない。


というわけで、俺は癒しの魔力を東堂さんの脳みそへと重点的に流し込む。


東堂さんの脳に感じる違和感。若干弱くなった気はするが、消え去るまでにはいたらない。


……どういうことだ? 怪我や病気ではないのか?


東堂さんの頭に手をやりながらも俺がそう思案する中。


「んほぉー! もっと、お兄さんもっと、ぬほぉーしゅきぃぃぃー!」


いきなりの奇声に、思わず俺は東堂さんから手を放していた。


実をいうと異世界における癒し魔法。怪我の痛みを和らげるためか、副作用として気分を高揚させる効果が含まれている。


例えるなら医療用大麻のようなもので、ぶっちゃけた話、癒し魔法を受けると若干ハイに気持ち良くなるのである。


といってもあくまで若干。大声を上げるような性的気持ち良さではないはずなのだが……


驚きそのまま東堂さんを見つめるなか。


「コホン……とてもスッキリしました。あれほどひどかった頭痛が綺麗に消えました」


乱れている服装を正した東堂さんは澄ました顔で答える。


「……なんですか?」


「いや、その……頭が重いとかはないだろうか?」


「ええ。まさかこれほどのものとは思わず、少し驚いただけです」


少し? まあ、それなら良いが……


しかし東堂さんの脳。確かに何か違和感はあるが病気や怪我といった理由ではない。


仮にも異世界でAランクに判定される俺の癒し魔法。Sランクにこそ及ばないものの、おおよその怪我や病気であれば治療可能となるはずが治療できない違和感とはいったい何なのか?


まあ東堂さん本人も何も異常を感じていないようだし……怪我や病気でもないのだから今は様子見で大丈夫だろう。


氷香ひょうかどうしたの? 何か声が聞こえたけど大丈夫?」


聞きなれた声と同時に本棚の向こうから朱音が顔を覗かせた。


「なっ? なんでアンタが……」


一瞬、俺の姿に驚く朱音だが、すぐに顔を背けると東堂さんに近寄り話しかける。


「……氷香、大丈夫?」


「はい。少し頭痛があったので、こめかみマッサージの本でもないかと探していました」


「えっ!? 大丈夫? 保健室行こうか? 着いて行くわよ」


「もう大丈夫です。お兄さんに揉みほぐしてもらいましたから」


東堂さんのその言葉に朱音は驚いたように俺を振り向くと。


「なっ?! ア、アンタ。氷香に何てことしてくれたの! このエロ兄貴が!」


「いや。朱音が何を考えているかは知らないが、俺はただ揉みほぐしただけ。あくまでリラクゼーション行為であってやましい気持ちは何もないのだから無罪である」


「何がリラクゼーションよ?! 横文字使えば誤魔化せると思ってない? 男子が女子を揉みほぐすとかアレしかないじゃない! ほんと最低!」


いや。東堂さんにしろ朱音にしろ、なぜにいきなりエロ方面に走るのか? それとも俺が知らないだけで、年頃女子はそのようなものなのだろうか?


いずれにせよ朱音は東堂さんの手をつかむと、俺の前から走り図書室を立ち去って行ったのであった。

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