第5話 「東堂さん。時間も遅いから途中まで送っていくよ」
休憩の後、19時になったところで本日の勉強会はお開きとなった。
「氷香もうちでご飯を食べていけばいいのに」
「いえ。自宅で用意してくれていますので、今日はこれで失礼します」
19時か。この時間ならまだ大丈夫とは思うが……
「東堂さん。時間も遅いから途中まで送っていくよ」
これが異世界なら1人歩きした少女が翌日には奴隷市場に並んでいる時間帯。ここは日本。ある程度の治安はあるだろうが一応は自宅まで送り届けるのが安全というもの。
「はあ? バカ兄貴に送られる方がよっぽど危険だっての。アタシが送っていくわ」
失礼な妹である。しかも朱音が送って行ったのでは、帰り道は朱音1人となってしまい本末転倒。危険なことに変わりはない。
「そうねえ……ヒロくん1人だと危ないわ。また拉致されては大変だもの。マメチャン。ヒロくんを護衛するのよ」
「わんわん!」
というわけで、散歩できると大喜びのマメチャンを連れ、俺と東堂さんは自宅を出た。
「お兄さん。わざわざすみません」
「いやいや。マメチャンの散歩がてらだから気にしないで良いよ」
東堂さんが気にしないよう、軽い感じで答える俺に対して。
「散歩は建前。本音は私と2人きりになる機会を狙っていたというわけですね。汚らわしい」
俺の気遣いは何処へやら。2人になった途端にこれである。
「東堂さんが冗談を好きなのは分かったが、あまり男性をからかっては危ないぞ?」
「お兄さんはMですから大丈夫です」
「確かに俺は大丈夫だが、それは東堂さんが朱音の友達だからであって、俺がMかどうかは関係ないと思うのだが?」
そもそもが俺がMだというのは、どこから出てきた情報なのか?
「2年間も女性に飼われていたのです。誰がどう見てもMに決まっていますよね?」
だから俺は女性に囚われていたわけではないと言うのに……
しかも飼われていたなど。相手が俺だから良いようなものの、他人に言ってはヤバイ台詞である。
「ちなみに私はSです」
言われずともそんな気はしていた。
「もしかしてですがお兄さん。私が誰にでもこういった話をするおかしな女だと思っていませんか?」
「それはまあ、思春期であれば誰だってそういった話題に興味を持つもの。別に恥ずかしがることでは……」
「違います」
前を歩く東堂さん。いきなり立ち止まると俺の鼻先に顔を突きつける。
「私は普通の人間に興味はありません。お兄さん。貴方が普通の人間でないから話すのです」
「……え? いや、いきなり何を……」
普通の人間ではないという言葉に一瞬ドキリとするが。
「普通の人間ではないって……それは男はみんな狼だとか、そういうことだろうか?」
あくまで一瞬。俺は冗談めかして東堂さんに答えを返した。
「違います。人類なのかそうでないのか? 種族的な問題です」
いきなり何を言い出すのか? 種族的とはまたスケールの大きな話であるが……
「ズバリ言います。お兄さんは人間ではありません」
「いや。人間だから」
魔法という異世界の力を使いこそすれ、俺は人間。それに間違いはない。
「あれ? おかしいですね……」
俺の返答に何やら1人ぶつぶつ呟く東堂さん。
「お兄さんは私の仲間だと思ったのですが……」
いや。仲間とはいったい何の仲間なのか? 俺が神隠しとなっている間、地球ではこのような冗談が流行っているのだろうか?
「ですがお兄さん。普通の人間ではないという言葉には反応しましたよね?」
「それはそうだ。人間、誰しも自分は普通ではない。特別な人間だと、そう思いたいものだからな」
特に俺たち思春期の学生にとってはなおのこと。東堂さんが俺に興味を持つのも、そういった俺の普通でない経歴。神隠しについて興味あってのことだろうが……
「俺は神隠しの間のことは何も覚えていない。面白いことは何も答えられないぞ?」
「嘘ですね」
一刀両断。俺が答えると同時、東堂さんは断言する。
そんな東堂さんには構わず、俺はマメちゃんのおしっこにあわせてペットボトルの水で洗い流す。
「……お兄さん。もしかして私が何の根拠もなく嘘だと言っていると思っていませんか?」
「根拠も何も、東堂さんがいかがわしい噂を信じ込んでいるなら、俺が何を言っても仕方がないとは思っている」
人間、自分の信じたい情報を信じるもの。他人がいくら嘘だと言おうが、いくら証拠を示そうが、いちど信じ込んだ考えは簡単には変わらない。
「それは心外です。私は根拠があるから言っているのです」
「その根拠というのは?」
「言いましたよね? お兄さんは私の仲間だと」
俺のことを普通の人間ではないと言った東堂さん。
それが今度は俺を自分の仲間だと言う。つまりは──
「東堂さんは普通の人間ではない。そういうことか?」
俺の問いかけに東堂さんは声をひそめると。
「誰にも言っていませんが、私には特別な力が……相手の嘘を見抜く力があります」
そう俺の耳元でささやいた。
「嘘を見抜くか。それは呼吸が乱れるといった、相手の挙動で嘘を見抜くと。そういうことか?」
人間が嘘をつく時は呼吸、血圧、脳波に何らかの変化があるとされており、その変化を記録するのが嘘発見器と呼ばれる装置である。
2年間の出来事について様々な質問を受けるも「何も覚えていない」という俺の返答。嘘発見器は何も反応しなかったことから、俺の証言は認められたのであった。
「仕組みは分かりませんが、私の場合は直感的なものです。超能力とでも言うのでしょうか?」
直感に超能力か……頭から馬鹿にしたものではないが、一気に信ぴょう性が下がったものである。
「疑っていますね?」
「……いや」
「嘘ですね。疑っているようですので今から証明します。これをどうぞ」
そう言って東堂さんは財布から500円硬貨を取り出すと、何を思ってか俺の手の平に乗せた。
「なんだ? くれると言うなら貰うが?」
「あげません。500円硬貨をコイントスした後、お兄さんは表か裏かを見てください。私は見ないで答えます」
何の考えがあってかは知らないが……話の余興にはなるか。
「分かった。それじゃ」
ピンと弾いたコインを俺は左手の甲で受け止め、すかさず右手をかぶせて隠す。チラリ。右手の下に隠されたコインを覗き見れば……表である。
「それじゃ東堂さん。表か裏かどっち?」
「分かりません。ですので、お兄さんに質問します。全て「いいえ」で答えてください」
なるほど。なかなか本格的な雰囲気であるが……
「では、お兄さんに質問です。コインは表ですか?」
「いいえ」
「コインは裏ですか?」
「いいえ」
東堂さんには残念だが、相手が悪かったと言うしかないこの勝負。嘘発見器ですら脈拍1つ変えず乗り越えたのが俺であり、たかが素人の超能力ごっこに惑わされるものではない。
「分かりました。コインは表です」
「当たりだが……まあ表か裏かの50パーセントだからな」
「はい。ですので続けましょう」
確かにこのまま連続で正解し続けるなら、東堂さんのいう超能力もあながち嘘ではなくなるわけだが……
続いて俺が弾いたコインは表。
「コインは表ですか?」
「いいえ」
「嘘ですね。コインは表です」
即答か……
2回連続で正答する確率は25パーセント。適当に答えたとしても余裕でありえる確率であるが……
念のため俺は東堂さんから渡されたコインを確認するが、何の細工もない。普通の500円硬貨である。
「まあ、まだ2回だしな。続けるが、やめるなら今のうちだぞ?」
「やめませんので、どうぞ」
その後、続けて行う俺のコイントス。東堂さんはその全てに正答する。
マジかよ……これで10回連続の正答となるわけだが……えーっと、コインの表裏を10回連続で正答する確率は……
「1024分の1。約0.098パーセントです」
慌てて計算する俺に対して余裕の顔で答える東堂さん。
……これはあながち出鱈目というには厳しい確率。東堂さん。まさか本当に超能力を使えるとでも言うのだろうか……?
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