第3話 妹の朱音。15歳。
「ただいまー」
居間でマメチャンを撫でながらドーナツを食べる最中、玄関からもう1人の家族が帰宅を告げる声が聞こえてきた。
「ママいるー? 今日はクラスの友達が一緒なんだけどー?」
そう言ってリビングに顔を出す1人の少女。
「
「わんわん」
妹の
クラスは違うが俺と同じ江ノ山高等学校に通う1年生であるが……
「マメチャンただいまー」
俺の挨拶を無視して、朱音は駆け寄るマメチャンを撫でていた。
昔は……俺が行方不明となる2年前は。お兄ちゃんお兄ちゃんと素直で可愛い妹だった記憶があるのだが……俺のいない2年間で朱音はすっかり反抗期となってしまっていた。
「ふん。反抗期じゃないわよ。黙って家出する腰抜けと話す口はないってだけよ」
母とは異なり、朱音は俺の行方不明を単なる家出と思っているようで──
「何が2年間の記憶はありませんよ? どうせ学校でいじめられるのが嫌で逃げただけでしょ? 聞いてるわよ? 今もクラスメイトから避けられてるって」
いや。それは今の俺であって、2年前の俺はクラスの人気者だった。はず……
「何度も言うけど学校で会っても話しかけないでよ? 2留するようなアホ兄貴がいるとか、クラスのみんなに知られたくないから」
2つ上の兄が2留して同じ学年にいるというのは、妹として嫌なものだろう。妹を相手に他人の振りをするのも寂しい話だが……
「……分かっている。学校では近づかないようにするよ」
些細なきっかけがいじめに発展する学生時代。2留の兄など恰好のいじりネタであるのだから、迷惑をかけるわけにもいかない。
「わんわん」
そんな俺を元気づけようというのか。朱音の言葉にうつむく俺の足元へマメちゃんがまとわりついていた。
寂し気にマメちゃんを撫でさする俺の姿。少し言い過ぎたと思ったのか口を開こうとする朱音であったが……
「アカネちゃん。お帰りなさい。今日は早かったわね」
リビングでの会話が聞こえたのだろう。奥から姿をあらわした母の声に、朱音は母へと向き直る。
「ママただいま。もうすぐ期末試験だから部活はお休み。それで今日なんだけど、友達が一緒に勉強しようって家まで来てるんだけど……」
「アカネちゃんのお友達が? それなら早く部屋に上がってもらいなさい。ママ後で部屋までおやつを持っていくわね」
おやつの準備に向かおうとする母であったが、俺と朱音。2人の通う高校は同じ。つまりは俺も期末試験であることを思い出したのか。
「そうよ! アカネちゃん。勉強ならヒロくんも一緒にすれば良いじゃない!」
いきなりの母の提案。
「「えっ!?」」
思わず朱音とハモる俺であったが、母はいったい何を言い出すのか?
「アカネちゃんのお友達って同じ学校でしょ? それならヒロくんも同じだし丁度良いじゃない」
「いやよママ! アタシ、こんなの友達に見せたくないわよ」
そう言いつつ俺を指さす朱音であったが……
「こんなの……? アカネちゃん。もしかしてだけど……それってヒロくんのことかしら?」
料理途中だったのだろう。ギロリ。包丁を手に母が朱音を振り返る。
「あわわ……いえ。その……」
母が俺を溺愛することを思い出したのだろう。思わぬ失言に顔を青ざめる朱音は俺を指さし口をパクパクする。
おそらくは俺からも何か言えということなのだろうが……
やれやれ。朱音がいくら俺を嫌おうが、俺にとっては可愛い妹。
「母さん。俺のことなら心配いらないよ。試験勉強は1人でばっちりやってるから」
言われずとも当然に擁護するのだが。
「まあ! さすがヒロくん! それならヒロくんが先生ね。アカネちゃんとお友達にしっかり教えてあげてね」
「「……」」
俺はもちろん先ほどの失言のある朱音。これ以上は母の言葉に逆らえようはずもないのであった。
・
・
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朱音に続いて玄関で待つという友達の元へ。
しばらく待たされたにも、黒髪を腰まで伸ばした少女は玄関に綺麗に佇んでいた。端的にいうと黒髪長髪の正統派美少女である。
「
「はい……ですが、後ろの方は?」
少女から感じる不審な目線。友達の家にお邪魔したはずが、いきなり見知らぬ男が姿を現しては警戒するのも無理はない。
「えーと……その、どうも。朱音の兄で比呂といいます」
「ああ。噂の……私は朱音さんのクラスメイトで
少女はそう名乗ると俺に対し、深々とお辞儀する。
「あ、こちらこそ妹がいつもお世話になっています」
つられて俺も深々と頭を下げる。
どこかで見た覚えがあると思えば今日の昼、朱音と一緒に廊下ですれ違った少女が東堂さんである。
「氷香。こんなのに頭なんか下げなくて良いって。それより行こう」
「はい。お邪魔します」
靴を脱いだ東堂さんが朱音と一緒に2階。朱音の部屋へ入るのに続いて、俺も朱音の部屋へとお邪魔する。
「? お兄さんも一緒に勉強されるんですか?」
そんな俺の姿に東堂さんは可愛く小首をかしげる。
「えーとまあ……その、俺も一緒に勉強したいかなと……」
「したいかなと……じゃないわよ! なに勝手にアタシの部屋に着いて来てるわけ?」
プンスカ俺を睨む朱音であるが……
「いや。仕方ないだろう? 母さんが一緒に勉強しろと言うのだから」
「ふん。分かってるわよ。アンタは部屋の隅で勝手にやってて。氷香が汚れるから、こっちを見るのも禁止だからね?」
汚れるとはヒドイ言われようだが、俺とて2人の勉強を邪魔したいわけではない。何か聞かれない限りは黙って静かに勉強することにする。
「朱音さん。お兄さんに失礼ですよ? お兄さんもこちらの机で一緒に勉強しましょう」
そんな部屋の隅で小さくなる俺を見た東堂さん。机の前。自分の隣のスペースを空けると俺に声かけてくれていた。
なんと優しい子であろうか……
せっかくのお誘い。断るのも失礼であるため、俺は立ち上がり東堂さんの隣に正座する。
途端にふわり漂う良い匂い。横目にちらり顔を伺えば相手もこちらを見ていたのだろう。俺と東堂さん。お互いの目が合っていた。
「……アンタ。なに氷香を見て鼻の穴を膨らませてるわけ?」
「いやいや。何も膨らませてなどいないから」
「だいたい何で勝手に氷香の隣に座ってるわけ?」
そうは言っても女性からのお誘い。断っては相手に恥をかかせることとなる。それにだ。
「そもそもが部屋の隅っこでは机もなく、教科書もノートも開けないのだから勉強するにも無理がある」
「ふん。分かったわよ。ほんと仕方ないわね。それじゃアンタはこっちよ」
何が気に入らないのか朱音は座る俺の腕を引っ張り東堂さんから引き離すと、自分の隣に座らせる。
結果、俺は朱音の隣に正座することとなっていた。
同時にふわり漂う良い匂い。そういえば朱音の部屋に入るのも2年ぶり。しばらく会わないうちに朱音もすっかり女性らしく成長したものである。
「お2人。兄妹仲が良いんですね」
「誰がこんな奴と?! 机が狭いんだから、それ以上こっちに来るんじゃないわよ?」
そう言って肘でガシガシ俺を叩く朱音であったが……
うむむ……成長したのは外面だけであったか……
「まあ、その何だ。せっかく一緒に勉強するのだ。朱音も東堂さんも。勉強で分からないことがあったら俺に聞いてくれ」
「ふん。2留するようなバカ兄貴に聞くわけないでしょ?」
朱音はそう言うが、実のところ俺は勉強ができなくて2留したわけではない。
「お兄さんは久しぶりの学校ですが、勉強の方は大丈夫ですか?」
俺が2留したのは2年間の神隠しが原因。つまりは今の質問。東堂さんは俺が行方不明だったことを知っているように思えるが……?
「実のところ俺は勉強には自信がある」
ひとまずは東堂さんに答える傍ら。
(朱音。東堂さんに俺のことを話したか?)
俺は朱音に身体を寄せ、その耳元へと囁いた。
(はあ? こんな身内の恥を話すわけないでしょ?)
(だが、東堂さんは俺の事情を知っているみたいだぞ?)
(……そういえばそうね……つーか、くっつくな!)
朱音は近寄る俺の首を両手でぐいぐい締め付けたかと思うと。
「……氷香。もしかしてコイツのこと知ってる?」
そのまま引っ張る俺の頭を東堂さんの前へと差し出した。
「はい。一時期はお兄さんの顔写真の載った捜索願いのポスターが、そこかしこに張られていましたから」
俺の失踪。結構なニュースになったとは聞いていたが随分と大ごとになっていたようで……
俺も年頃の青少年。自分の顔写真が所狭しと張り出されるのは、少々気恥ずかしくもある。
「朱音さんの前では話しませんが、クラスでも結構な噂になっています。 同じ学年に行方不明だったお兄さんがいるというのは」
「うわー……だから嫌なのよ。このクソ兄貴。もっと良いことで有名なら良かったのに……」
そうは言われても俺とて好き好んで行方不明になったわけではない。
「大丈夫ですよ。クラスのみんなも朱音さんをからかうとかではなくて、朱音さんは被害者だとみんな知っていますから」
朱音を気遣うその言葉。実際の朱音のクラスがどうかは知らないが、少なくとも東堂さんという良い友達がいることが分かったのは安心である。
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