第202話 ガラスの靴

 男爵令嬢だんしゃくれいじょう陽葵のやかたに一人の来訪者らいほうしゃがあった。


 くだんのドワーフの職人、グエンである。


 「まあ、グエンさんご機嫌よう、こんな街はずれまでよくお越しいただきました。」


 陽葵は応接室に招き入れる。


 「実はの、お嬢ちゃんにはいい仕事をさせてもらったお礼をしたくてきたんじゃよ。」


 「まあ、嬉しいですわ。」


 「早速これを。」


 グエンは一つの箱を取り出し、中からガラスの靴?を取り出す。


 「まあ、綺麗な靴、ガラスの靴かしら、シンデレラ姫みたいね。」


 「これはな、そちらのフェンリルくんが仕えていた氷の巫女マリアから1000年前に依頼されていたものなんじゃ、アダマンタイトとミスリル、オリハルコンの合金製でな、空中に氷の結晶を作り、これを履いておれば空を駆けることができるのじゃ、それ、フェンリルくんが魔獣の姿になっておる時に空を駆けることができるのと同じ仕組みじゃ。」


 「まあ、フェンリルさんのように空を駆けることができますのね!素敵だわ。」



 「グエンきょうよ、我が主わがあるじだった氷の巫女みこマリアを知っておるのか?」


 人型ひとがたフェンリルはグエンに尋ねる。


 「知っておるも何も、わしとマリアは将来を誓い合った仲じゃった、ドラゴンパレスの主人、隻眼せきがんのマスタードラゴンがマリアを所望しょもうし、それを断ったがゆえにマリアは殺されたのじゃ、これはワシからマリアへのプレゼントだったのじゃよ、フェンリルくんにはまだ紹介してもらってなかったがの。」


 「そうであったか、どうりで我が主は王都に行く時に嬉しそうにしておったわけだ、我は主、氷の巫女を失ってからは魔獣の形となりただ惰性だせいで生きておった、野鼠の嬢ちゃんに会うまではな。」


 フェンリルは陽葵の方をみてなんとも言えない笑顔を見せた。


 「それでこれは陽葵殿にもらって欲しいのじゃ、フェンリルくんの新たな主人の陽葵どのにな、それに、1兆6000億ディナールの大仕事をくれたんじゃ、この10億ディナールの靴程度のモノじゃお礼にならんがな。」


 「まあ、嬉しい!でもそんな思い出の品もらえませんわ。」


 「いいんじゃよ、陽葵殿はマリアによく似ておる、じじいの恋の後始末じゃ。」


 「それでは遠慮なくいただきますわ、グエンさん、大好き!」


 陽葵は初めてアダマンタイトニードルを作ってもらった時のようにグエンに抱きつき、頬にキスをした。


 グエンはあの時のように真っ赤な顔となった。


 「そ、それでは履いてみてくれんか。」


 陽葵は裸足になり、透明な靴に足を通す。


 「こいつはオリハルコンも配合してあるから陽葵殿の足のサイズに合わせて伸縮する、ピッタリ合うはずじゃ。」


 グエンの言うように足を通すとピッタリ張り付くような感触で少々暴れても脱げたりはしなさそうだ。


 ガラスの靴のように見えるが、冷たくはなく、むしろ程よい温度で心地いい。


 かかとはピンヒールだけど踏んだら鉄に穴が開くのかしら。


 「陽葵殿の心配はアレだな、普段歩く時は道にめり込んだりしないようにオリハルコンでコーティングして調整してある、ただ、かなりの殺気を込めた蹴りならアイアンやミスリルの盾もブチ破るだろうよ。」


 ピンヒール恐るべし。


 「さて、本題の空を歩いてみるか。」


 「フェンリルくん、陽葵殿をエスコートして差し上げてくれんか。」


 フェンリルが手を引き、陽葵は恐る恐る足を出すが、氷結ひょうけつがキラキラするけどダメだ。


 「もっと思い切って、そうさな、柔らかい雪を踏み固めて登る感じで。」


 「えいっ!」


 陽葵は野鼠人スキル全開で思い切り踏み込んだ!そこに氷の階段のようなものが出現して空に登れる。


 続いてテンポ良く踏み込んでいくと次々に氷が現れて空を駆けることができた。


 「やったわ!フェンリルさん!」


 気を抜いて立ち止まってしまった陽葵はそのまま転落する。


 フェンリルが手を引き、陽葵は空中で宙ぶらりんになった。


 「まあ、初めてにしては上出来じゃ、あとは練習してくれ、しばらくはフェンリルくんと一緒に空を駆けるようにしてくれ、おっと、宮毘羅くびらくんたちもいたな。」


 地上に戻った陽葵は改めてグエンに抱きついてお礼をした。


 こうしてそこそこ令嬢の陽葵はフェンリル同様の「空を駆ける」スキルを手に入れたのである。


 グエンは陽葵の様子を見ながら恋人マリアの姿を重ねていた。


 「マリア、1000年かかったが、プレゼントできてよかった、マリア、マリア。」


 マリアとの日々をまるで昨日のことのように思い出すグエンであった。

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