第182話 メールだよ。そして陽葵の神技再び

 その日、陽葵は愛用している気の抜けた熊リラックマのパジャマとナイトキャップを被り、天蓋付きベッドには入ったが、何やら胸騒ぎがして眠れなかった。


 魔境の現地調査げんちちょうさしているはずの陸斗兄さま、争いに巻き込まれていないといいけど。


 12月王国と第13帝国との戦争も気になってはいたが、やはり陸斗兄さまのことが心配だった。


 「メールだよ。」


 部屋のどこからか音がする。


 現代っ子の陽葵は反射的に飛び起きるが、考えてみればスマホは陸斗兄さまに渡しているし、電波のないこの異世界でメールなど来るはずもない。


 陽葵が見回すとコフェンが勝手に起動している。


 「ご主人さま、陸斗様からメールが届いております、内容は『陽葵ちゃん、ごめん、どうやらここまでのようだ、明石に連れて帰ってあげられなくてごめんね、きっと明石から助けはくる、信じて待っていて。これまでありがとう。』以上です。」


 「いや、なに、コフェン冗談は言わないで。」


 「これは事実です、陸斗様の現在位置も送られてきております。」


 「コフェン!そこまで案内して!フェンリル!フェンリル!」


 陽葵は飛び起きると枕元のハンドバッグを掴んでフェンリルのもとに向かう。


 隣室りんしつ執務しつむをしていた秘書の「あさひ」も騒ぎを聞いて飛び出してくる。


 「陽葵さま、せめてお着替えを!」


 「そんな暇ないわ!フェンリル!フェンリル!」


 「全く人使いの荒い野鼠っ子のねずみっこだのう、急ぎなのであろう、乗れ!」


 陽葵とあさひが飛び乗ると同時に空に向かって急上昇していく。


 「フェンリルおじちゃん、行き先はね、この座標だよ。」


 コフェンは相変わらずである。


 ※コフェンはゼロ・ポイントフィールドのリーダライターであることは以前に説明したが、陸斗がメールの送信行為そうしんこういをしたこと、実際に電波の形で発信された事実エネルギーの揺らぎはコフェンに即時そくじに共有される。

 そのためにコフェンにメールが届いたのである、いわばゼロ・ポイントフィールドを媒介ばいかいして通信を行なったと考えていただければ良いだろう。

 隔地間かくちかん量子りょうしもつれに似ているだろうか。


****


 「敵襲!敵襲!」


 第13帝国軍の大本営では夜空を飛んでくる一体の航空戦力こうくうせんりょくの接近にざわついていた。


 鷹人部隊が接近を試みるがあっという間に防衛線ぼうえいせんを突破され侵入を許す。


 それはまるで流星のようなスピードで通過して大樹海だいじゅかいに消えていった。


 「おい、あれは単なる隕石いんせきじゃないのか?」


 「そ、そうだな、後続もないようだし、隕石だと報告しておこう。」


 鷹人部隊は引き上げていった。


****


 「…にいさま、陸斗兄さま!」


 陸斗は呼びかける声に意識を取り戻した。


 「ひ、陽葵、ちゃん?」


 これは夢か、最後に夢を見てるんだな、陸斗は朧げな意識の中でそう思っていた。


 「よかった、陸斗兄さま、目を覚ました。」

 陽葵は思わず陸斗に抱きついた。


 陸斗が目を開けると、気の抜けた熊リラックマのパジャマと帽子を被った陽葵がそこにいた。


 「やっぱり夢か、陽葵ちゃん、可愛いパジャマだね。」


 「陸斗兄さま!冗談言ってる場合ではありません、それに怪我をしているではありませんか?」


 陸斗は完全に意識を取り戻した。


 そうだ、俺は致命傷を負って。


 「陽葵ちゃん、そこの人、俺の左足を切断してくれ!」


 「陸斗兄さま!いきなり何を?」


 「おそらく左太ももの大動脈だいどうみゃくを、やられている、早く切り落とさないと俺の命まで危なくなるんだ。」


 「コフェン!そうなの?」


 「最適解、切り落とさなければ確かに命に関わります。」


 「そんな、コフェン他に方法はないの?」


 「最適解、ご主人様の神技と神器アカシックニードルなら大動脈の修復は可能です、私の指示通りに術式を行えば足の切断は不要です。」


 「おい、その人形は一体何を言ってるんだ?」陸斗は少し混乱していた、戦時外傷せんじがいしょうの手当てについての知識のある陸斗にとってそれは全くの常識外れな方法であったからだ。


 「やるわ!コフェン指示お願い、あさひ、助手をお願い。」


 「陸斗兄さま!ワタシを信じてください。」


 陽葵の自信溢れるじしんあふれる表情を見て、これは任せても大丈夫かな、と感じる陸斗であった。

 

 陽葵はハンドバッグから神器アカシックニードルを取り出す。


 陽葵の耳元でコフェンの指示が始まる。


 陽葵の手とニードルが、ゆっくりと陸斗の傷口を開き、損傷部そんしょうぶ剥き出しむきだしにする、止血帯CATの締め付けにより左足の感覚はほぼなくなっているため痛みはさほどでもない、それでも陸斗は額に汗をかきながら痛みに耐えていた。

 まずは裂けた大動脈にアカシックニードルをそっと刺す、絶妙なタイミングで針を抜くとその部分の細胞が再接合さいせつごうされる。

 陽葵はわずか2分で大動脈の細胞修復さいぼうしゅうふくを完了した。

 フェンリルの0.1ミリの2本の獣毛を接合せつごうすることができる陽葵の神技と視力には造作もないことであった。


 その後もコフェンの指示に従い神経を傷つけないように接合していく。

 外科手術と違うところは、糸による縫合ほうごうではなく、傷を溶接のように一旦分子結合を緩めて絡み合わせてから針を抜くという過程のため、術式終了後にはほぼリハビリの時間が不要で回復できることである。

 もう「くっついて」いるのだから。


 陽葵の、目に見えないほどの、高速ミシンを上回る速度の術式はわずか5分で筋繊維きんせんい及び皮膚細胞ひふさいぼう接合せつごうまで終了させた。


 なお、高速の神器アカシックニードルから発する衝撃波しょうげきはと放射線により近距離の細菌やウイルスは死滅するため、患部を洗うだけで感染症はほぼ防止できるという。(コフェン談)


 それを見ていた陸斗は、異世界アニメでよくある、その場で怪我を完全回復するフルポーションを振りかけたみたいだ、などと思っていた。


 「それでは戦術止血帯せんじゅつしけつたいC-A-Tをゆっくり外してください。」

 コフェンが続けて指示を出す。


 陸斗は350mmHgで締め上げていたCATをゆっくり緩める。


 ジンジンという痺れしびれと痛みが走るが、程なくして左足の感覚が少しずつ戻ってきた。


 そして陸斗は立ち上がることができた。


 「歩ける、嘘みたいだ、ありがとう陽葵ちゃん」


 陸斗は陽葵をしっかり抱きしめる。


 「よかった。」

 陽葵は極限の精神状態からそのまま気を失う。


 あさひが二人に声をかける。


 「陸斗さま、さあ早くフェンリルに乗ってください、ガーベラ王国に帰ります。」


 「ああ、そうだな、急ごう。」

 

 陸斗は陽葵を抱き抱えたまま白い魔獣に乗りこんだ。


 しかし、その時には陸斗を捜索していた狼人部隊が陸斗たちを見つけて周囲を取り巻いていた。



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