第181話 交戦×交戦×写真

 最初の戦いは12月王国の北門の外で野営やえいを張っていたポインセチア王国の兵1万人に対し、魔境まきょうでナワバリを張っていた狼人ウルフマン3000人が夜襲やしゅう仕掛けたしかけたことで始まった。


 「敵襲てきしゅう!」


 小さな小競り合いこぜりあい小悪党こあくとうと戦ったくらいしか経験のない徴集兵ちょうしゅうへい1万人は狼人3000人にいいように蹂躙じゆうりんされ、その大半を占める野鼠人や倉鼠人、栗鼠人などは進化前のオオカミの本能を剥き出しむきだしにした魔境の無法集団むほうしゅうだんの前に凄惨な死骸せいさんなしがいを並べた。

 中には敵兵の内臓を貪り食うむさぼりくう狼人も多数いたと言う。


 1000年もの間まともな戦闘せんとうの経験がなく、兵法へいほうもまともに知らない司令官しれいかんによって、半数を超える5000人の兵士を失った12月王国軍先遣隊せんけんたいは北門に逃げ込み、固く門を閉じるしかできなかった。


 まだ鷹人ホークマン等の航空戦力こうくうせんりょくを投入する前にこのありさま、フローラル連邦国れんぼうこく軍は最初からつまづいてしまったのである。


 ****

「はあ、はあ、はあ」


ヘブンズドラゴン川を目指していた陸斗りくと散発的さんぱつてきに襲いかかってくる第13帝国軍の尖兵せんぺい薙ぎ倒しなぎたおしながら進んでいた。

 まだ鷹人からの攻撃は無いが、ハイエナ人などと遭遇そうぐうするたびに戦闘を余儀なくされ、体力を奪われていった。


 敵の攻撃に統率とうそつがないのだけが救いだったがいかんせん、一人では限界がある。


 もう何人殺したろうか、100人斃したたおしたあたりまでは数えていたが、全身返り血を浴びた陸斗は大きな木の根元に座り込んだ。


 これだけ殺せば仲間をやられた連中が怒り狂って俺を追ってくるだろうな。


 厳しい訓練を受けた陸斗は絶望することだけはなかったが、さりとてこの苦境を切り抜ける方策ほうさくも思い当たらなかった。


 あまりにも突然の第13帝国樹立であったため、戦闘の準備などほとんどできていなかったのだ。


 「ははは、これはまいったな、金だけはたんまり持っていると言うのにな。」

 

 おそらく陽葵が積み増ししてくれたもぐペイ残高は1億ディナールを超えている。故郷の明石の物価に換算するなら1億円くらいの大金だ。


 金貨でも持っていれば内閣情報局ないかくじょうほうきょくエージェントの陸斗なら敵兵を買収するのも容易だろうが。


 「明石アカシに帰れたら、渋谷栄一しぶさわえいいちの一万円札で1億円くらいタンス預金するか、、、笑」


 そんなアホなことを考えていた。


 「しまった!」


 気の抜けた妄想をしていたことでハイエナ人の接近に気がつくのが遅れた!

 体術たいじゅつで攻撃をかわして一人、二人と正確に急所をついて斃す。


 敵兵7人全員を殺した陸斗だったが、左の太ももに致命傷ちめいしょうに近い傷を受けてしまった。


 携帯用救護バッグを開いて左の太ももの根元に戦術止血帯C-A-Tを装着して止血を行い、ズボンの左足をハサミで切り開き傷口を確認する。


 「まいったな、これは左足切断ひだりあしせつだんしないとダメか。」

 

 もちろん自分一人で足の切断などできない、陸斗の命は適切な処置ができなければ数時間も持たないだろう。


 陸斗は流石に少し弱気の虫よわきのむしが出た、いくら飛び級とびきゅうエリートだと言ってもまだ16歳なのである。


 「陽葵ひなちゃん、もうダメかもしれない、明石に連れて帰ってあげられなくてごめんね、スマホも借りたまま返せないや。」


 ウエストバッグから陽葵に借りたスマホを取り出す。


 弱気になった陸斗はメール機能に現在の座標と遺書らしき文字、陽葵への謝罪の言葉を打ち込み送信ボタンを押した、もちろんこの異世界では基地局きちきょくなどはなく届くはずも無いのだが。


 スマホの写真、を開いてみる。

 小中学校の時の写真がいくつも出てきた、陸斗の弟たち、海斗と空斗かいと、と、くうととぽっちゃり陽葵が一緒に写ってバカポーズしているものもあった。


 異世界に来てからの野鼠人の人の良さそうなおばさんと一緒に写っている写真、この人がアリスおばさんだろうか。


 


 異世界に来てからの陽葵はかなり苦労したのか、ほっそりしている。

 

 フェンリルのニードルフェルト人形の写真などもあった。


 お店のスタッフと一緒に笑顔で写っている写真を見て、「ああ、陽葵ちゃんともう一度会いたかったなあ、ごめんね、陽葵ちゃん。」


 陸斗は疲労の限界に達していた。

 陽葵の写真を見たら急に睡魔が襲ってきた、そのまま寝たらいろんな意味でヤバい、それはわかっていたが。

 血塗れのスマホのインジケータがチカチカ光って、そして消えた。


 ***



 

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