第171話 もぐらホールディングス眼鏡事業部設立秘話

 陽葵がまだ明石にいた令和18年頃、陽葵は近視であった。

 当時はスマホやタブレットがどんどん薄型化してフィルムタイプのディスプレイや新聞紙サイズの薄膜型メディア、また眼鏡を使わないホログラムなどが乱立競合らんりつきょうごうして眼に過度かど負担ふたんをかける時代でもあった。

 その後目に負担をかけないように脳内に直接画像データや音声データ、匂いや肌の感触まで配信する「ブレインアップローディング」技術が進展するきっかけにもなっていた。


 陽葵も例に漏れず大事なハンドバッグの中にはメガネも入っていた。


 もっとも、異世界に転落してからは圏外けんがいのスマホを使うことはほぼなくなり、薄膜型うすまくがたスマホの背面のペロブスカイト太陽電池を展開して、たまに充電するくらいの使用頻度しようひんどになったため、13歳の陽葵の近視きんし野鼠生活のねずみせいかつも相まって視力は劇的に改善げきてきにかいぜんし、メガネを使うこともなくなっていた。


 ****


 「オーロラ様???」


 本当に久しぶりにフェンリルともふもふしにきた陽葵は、そこにいたお世話係の少女の顔を見て驚愕した。


 服装こそ野鼠人少女のいでたちだったが、顔立ちや気品はオーロラ姫そのままだった。


 「おう、我の飼い主の野鼠っ子ではないか、ずいぶん久しいな。」


 フェンリルも相変わらずだった。


 「え、陽葵、さん、?」


 それ以上に驚愕したのはオーロラだった。


 「本当に陽葵さん、店主さんだったんですね、ワタシはいろいろありましていまアリスおばさんという方にお世話になってます。」


 「まあ!アリスおばさまのところでお世話になってる女の子ってオーロラ様のことだったのですね。!」


 「様、はやめてください、モントレー子爵家は取り潰されてワタシももう貴族ではありません。」


 陽葵は自分が辿ってきたハードモードをトレースするようなオーロラを見て昔のことを思い出した、アリスおばさん、また女の子を助けたのね。


 それから陽葵とオーロラはフェンリルのもふもふに埋もれて、それぞれの境遇、これまでのことを時間も忘れて話した。

 同年代の友達がいなかった陽葵とオーロラはすぐに友達となり本当にいろんなことを話し、笑い、泣いた。


 「そうだ、オーロラちゃん、本が大好きなのよね、お屋敷の図書室にはたくさん本があるから自由に読んでいいよ。」


 「本当ですか?陽葵様、読みたいです!」


 根っからの虫かぶり姫であるオーロラは目をキラキラさせて答えた。


 そこそこ令嬢の陽葵は逆にあまり勉強は好きではなく、本はあまり読まなかった。

 スマホの虫だったのもあるが。


 図書室にオーロラを案内すると、さっそくオーロラは本を読み始めた。

 なんだかすごく目を本に近づけて読んでいる。


 そういえばオーロラちゃん、目がしょぼしょぼしてるなと思った、多分近視なんだ、、


 陽葵はハンドバッグから、最近使うことのなかったメガネを取り出した。


 「オーロラちゃん、よかったらこれを使ってみて。」


 見たこともない物体を見て怪訝そうな顔をしたオーロラであったが、興味旺盛な年頃でもあり、陽葵に教えてもらいながらメガネを鼻に乗せた。




 そこには長らく忘れていた美しい風景が広がった。


 古びた本のほどけかけた装丁、石造りの階段や大理石の模様、陽葵の美しい顔、まるで異世界に転生したかのような衝撃だった。


 窓から外を見ると緑が広がり、枝や葉の葉脈まで見える。

 まるで色が薫る、そんな感動をオーロラは感じていた。



 「ひっ!陽葵さん!これは!」


 「これはね、ワタシの故郷の「メガネ」というものなの、オーロラちゃんは多分近視、だと思うわ、メガネはその病を緩和する医療道具なの。」


 「ありがとうございます!これがあればまたどんどん本が読めます!嬉しい!」


 「あまり本ばかり読まないで1時間に一回は外の緑を見てね。」


 忙しい陽葵は、昔どこかで見たテレビの健康番組の受け売りを言って、仕事に戻った。

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