第136話 12カ国フリーパス

 「……ま。」


 「陽葵おばさま!」


 「あ、ミラちゃん、ご機嫌よう。」


 「ご機嫌ようって何?陽葵おばさま寝ぼけてるー。」


 陽葵は悪夢を見ていた。

 自分が矢で射られて死ぬ夢だ。


 「嫌な夢見たな、うなされてたかも、でも自分が殺される夢は金運、運気上昇だというからまいっか。」


 そこそこ令嬢の陽葵は占いも好きだった。

 悪夢も割とどうでもいい。


 「とりあえず起きないと、今日から通常営業だもんね、オーダー分もやらないとダメだし。」


 朝から全員で温泉に入り、上がってくつろいでいると朝食が運ばれてきた。


 「すごい量ね、とても食べきれないわね。」


 「陽葵おばさま、昨日の夕食はもっとすごかったよ。」


 カーラちゃんがもうつまみながら言う。


 「そうなんだ、今夜は私も一緒に食べるから楽しみー。」


 ****

 「さあ、みんな着替え終わったらお店に行くわよ。」


 ケモ耳メイドの案内でエレベーターで降りる。


 100階まではノンストップだけどここからは何回か止まりながら降りていく。


 11階の扉が開くと左手だけ黒い手袋をつけフードを被った男性?が乗り込んできた。


 「あ、」


 「あ、」


 陽葵は少し顔を赤くする。


 「陸斗兄さま、なぜここに?」


 「なんだか王国創立祭の関係で役所が閉まってて通行証の申請ができなくて足止めくらってるんだ、どこの宿もいっぱいで空いてるのがめっちゃ高いこのホテルしかなかったんだよ、それで仕方なくここに、陽葵ちゃんもここに泊まってたのか?」


 「はい、このホテルのオーナーもぐら男爵様が最上階のスイートルーム用意してくださって。」


 「え、いいなあ、陽葵ちゃんが泊まってたなら部屋に遊びにいったのに。」

 「でもちょうどよかった、陸斗兄さまに渡したいものがあって。」


 陽葵は昨日のうちにガーベラ王子から受け取った連邦国王の署名の入った特別通行許可証、「リクト・モロボシ」名義の通称12カ国フリーパスをハンドバッグから取り出して手渡す。


 「おおっ!こんなものよく手にはいったな!もしかして陽葵ちゃんってすごい人?」

 ※実はすごい人です。


 「王国創立祭の前夜祭で12カ国の王子殿下にお会いする機会があって、そこでお知恵をいただいたんです、陸斗兄さまこそ、シンビジウム王国で"地の七星の賢者"と呼ばれてるって聞きましたよ。」


 「やめてくれー、地球のチート知識ちょっと使ったら賢者様!とか崇められてしまっただけなんだよ、そんな話になってるのか、まいったな。」


 話している間に1階に到着する。


 「どちらにしてもフリーパスはありがたくいただいておく、これですぐにでも出発できるしな。」


 「それと、このお金を使ってください、もちろん私が明石に帰るためですから受け取ってください、臨時収入があったので追加が必要ならまたお渡しします、


 「むっちゃ念押しするなあ、それなら遠慮なくいただいておこう、実は昨夜のホテル代も厳しかったんだ。」


 ホテルのフロントには支配人がいた。

 陽葵は顔パスである。

 

 「あの、こちらは私の兄なんです、私が払いますので。」


 「陽葵さまのお兄様でいらっしゃるのですか?地を司る七星の賢者様とお聞きしています!知らぬこととはいえ失礼いたしました、陽葵さまのお兄様から代金をいただいてはもぐら男爵様から叱られます、お代は結構です。」


 「陽葵ちゃん、やっぱり君はすごい人?」


 ※そこそこすごい人です。


 「陽葵ちゃん、すぐに発つ、ありがとうね、また連絡する。」


 陸斗が黒い手袋をした左手で陽葵の頬に触る。


 陽葵はゾクリとした。

 

 昨夜の悪夢で陽葵を弓矢で射殺した人間の手が黒かったのだ。

 夢の話である。


 しかし、ここは異世界である。

 無条件に信じた陸斗であったが、陸斗である確証はない。


 陸斗が雑踏に消えた後もいくら否定しても黒い点のようなものは消えることはなかった。

 最近物事が全て良い方にばかり転がっていた反動かもしれない。


 その黒点が大きくなっていくのか消えてくれるのか、そこそこ令嬢の今の陽葵にはわからなかった。


 「さあ、アリスおばさん、ミラちゃんたち!、ドールショップもふもふの開店よ!」

 

 「それでやっぱりさっきのかっこいい男性は陽葵おばさまのカレシなの?」


 カーラちゃんの追及、キビシイ。

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