第118話 ミスリルの針

 ある日、陽葵は野鼠人アリスに連れられて王都のバザールにやって来た。

 陽葵はアリスからお給金も貰っていたし、もぐら男爵のアルバイト代はなかなかの高給だった。

 もぐら男爵は地下資源ちかしげん魔宝石魔法石採掘さいくつざいをなした実業家じつぎょうかでもある。


 陽葵はたまに来るバザールが大好きで、珍しい品物とか美味しい食べ物を探しに来る。


 不思議なことに日本の回転焼き、御座候®️ござそうろう、商標登録まで売られている。

 いったいどう言う世界観なのか見当もつかなかったけど、そこそこ令嬢の陽葵には「御座候」が食べられる。という事実だけが大切で、あとはわりとどうでもよかった。


 明石っ子陽葵にとっては母と一緒に御座候の姫路本店の工場で食べた思い出の味だった。


 それはさておき、陽葵は毎回探し物をしていた。

 「針」である。

 

 アリスおばさんが針を仕入れるプロショップのみならず、手芸ショップなどもいろいろと探してみたが、やはりアイアンとかカッパーの針しかない。


 「ミスリルかアダマンタイトの針とか流石さすがに無いわよね、需要じゅようないし。」


 ふと、ショーウィンドウを見ると、ミスリルの武器が置いてある。

 ミスリルの剣が一振り7000万ディナール。

 とても家事手伝いのそこそこ令嬢に手が届く金額ではない。

 別に剣が欲しいわけじゃないけどね。


 ものは試しだし、武器屋さんも覗いてみようかな。


 「こんにちわ!」


 職人風のヒゲもじゃのドワーフがこちらを一瞥いちべつする。


 いかにも場違いばちがい野鼠のねずみルックで入ってきたもんだから何か言われそうだな。


 壁にはいろんな種類の武器が飾ってある。


 巨大な針のような武器もあるが、陽葵の目的には無用の長物むようのちょうぶつである。

 そもそも1,000万ディナールもするものが買えるはずもない。


 「あの、ミスリルの針って扱ってないですよね、数センチくらいの細いのでいいのですが。」


 「裁縫用かい?ミスリルなんて必要なのかい?」


 陽葵は詳しく説明した。


 「そうかい、魔獣の毛ねえ、そりゃアイアンやカッパーの針ならすぐにダメになるだろうな。」


 ドワーフは少し考えて足元の箱から透明な10センチほどのガラス針のようなものを取り出す。


 「コイツはこの前ドラゴン討伐で「劈開へきかい」したアダマンタイト製アカシックニードルの残骸ざんがいさ、嬢ちゃんの用途ならこの先端せんたんだけあればいいんだろう?劈開へきかいしたアダマンタイトは再生が難しいから扱いに困ってたんだ、嬢ちゃん用に柄のほうを加工してやるよ、1万ディナールでどうだい。」


 陽葵の目がきらりと光る。


 アダマンタイト製の剣なら一振り1億ディナールは下らない。

 アダマンタイトという響きにもうっとりするし、世界中、いや全ての異世界中でもアダマンタイト製のフェルト用ニードル持ってる人なんて絶対にいないだろう。


 「ありがと!ドワーフさん、大好き!」

 陽葵はヒゲもじゃのドワーフに思いっきり抱きつく。


 職人顔のヒゲもじゃドワーフが真っ赤な顔をしてアタフタする、どうやら女子への免疫じょしへのめんえきはあまりないらしい。


 陽葵が一万ディナール支払うと、ドワーフは工房に入った。


 1時間ほどかかったが、根本をL字に曲げ、バリを取りなめらかにする。

 アダマンタイトの曲げができるのだ、相当の腕の持ち主なんだろう。

 

 ドワーフが持ってきた虹色に輝くアダマンタイト製のニードルフェルトアート用ニードルを手にした陽葵は感涙かんるいを流した。


 こうしてハードモードで始まった陽葵の異世界転落人生は、アダマンタイト製ニードルを手にしたことで転換点てんかんてんを迎えることとなるのだ。

 

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