第117話 鉄の針

 陽葵がアリスおばさんの家にお世話になってからもう数週間が経っていた。

 アリスおばさんは裁縫さいほうを仕事にしており、服の仕立てや修理で生計を立てていた。

 陽葵もお裁縫もそこそこできたので、アリスおばさんを手伝ったり、森で食糧集めや、たまにもぐら男爵のお屋敷に手伝いのアルバイトをしにいった。


 手伝いといっても、陽葵は家事も料理もそこそこしかできないし、プロの仕事とは縁がなかった。

 それで主に雑用や、飼い犬の世話、そんなことをしていた。


 飼い犬というと覚えのある読者の方もいるかも知れないが、例のフェンリルもどきのもふもふである。


 「ねえ、もふもふさん、あなたのお名前はなんていうの?」


 「我か?我には名などない、好きに呼ぶがよかろう、お前がもふもふと呼ぶならそれで良い。」


 「そうだな、500年ほど前に遭ったお前の同族は我のことを麒麟キリンと呼んでおったか。」


 「そしたら私はフェンリル、と呼んでいい?」


 「好きにしろ?」


 フェンリルは大きなブラシをかけてあげると気持ちよさそうに目をつむる。


 あの時は殺されかけたけど今では何とも思ってないから不思議だ。

 

 でもすごい魔力を持ってる魔獣なのになぜもぐら男爵ごときの飼い犬になってるのか全く理解できないわ、何か理由があるのでしょうね。


 でも陽葵はそのあたりの詮索せんさくはしないことにしている。

 

 「それにしてもすごい量の抜け毛ね。」


 「我の毛は生え変わりの時期だからな。」


 「これもらってもいいかな?」


 「好きにしろ。」


 陽葵は久しぶりにニードルフェルトをやりたくなって羊毛ようもうを探していたけど見つからず、その代わりにフェンリルの抜け毛を使ってみようと思い立っていた。


 「毛は細いけど、これ普通の針でできるのかしら?」


 陽葵はアリスから使い古しの太めの縫い針をもらってザクザクやってみた。


 鉄の針はあっという間にグダグダになってしまった。

 

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