第107話 異世界転落

 陽葵はボタンを押したその後をはっきり覚えていた。

 空間の裂け目をはっきり認識にんしきして「あそこに落ちてはいけない!」と凝視ぎょうししたけれど、意識を集中したことで逆に引き寄せられて転落してしまった。

 周りの時間が止まっているように感じたけど、あれは走馬灯そうまとうとは違うのかな?

 

 しばらく冷静に考えていたけれど、しばらくしたら急に悲しみや他の感情が一気に噴き出しふきだしてきてボロボロと涙が出て止まらなくなった。


 どのくらい泣いただろう、自分が少し湿った狭い場所に閉じ込められていることに気がつく。


 ハッと気がついて自分の身体からだ触ってさわってみる。

 普通に手足も問題ないし、式典用しきてんようのドレスもそのまま着ているようだ。


 とにかく真っ暗で見えない、持ってきたハンドバッグも手元にあった。

 スマホを取り出してみたけどちゃんと電源も入った、ただ圏外である。


 スマホのライトで周りを照らしてみるけど出口は見えない、完全に閉じ込められているようだ。


 とりあえずハンドバッグがあって良かった、中にはチョコレートと300ミリリットルのペットボトルの水がある。


 チョコレートをひとかけら食べ、水を少し飲んだ。


 とりあえず生きてる?

 

 裂け目さけめには落ちたけど死にはしなかったようだ。


 ただ、状況がまったくわからない。

 推理できるほど頭脳明晰ずのうめいせきでもない、


 ワタシ、誰かに拉致らちされたのかな?

 身代金目的?


 最悪の事態ばかりが頭の中を巡り、また涙が浮かんでくる。


 スマホは相変わらず圏外だし、陽葵はどうしようもなかった。


 ****


 式典会場では大騒ぎとなっていた。

 何百人もの視線が集まる中で陽葵とボタン装置の約半分が消失したのだ、ボタンに付いていたリボンも鋭利な刃物えいりなはもの高速こうそくカットしたかのようにヨレすらなく一部が消えていた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る