あいのいる生活
片白ライラ
あいと踊る
鏡の前で僕はダンスを踊っていた。しかし、どうも上手くいかず、スーツの裾を踏んで地面とキスをしてしまう。痛みに悶えながら顔を上げると機械的な手を伸ばす彼女がいた。
「早くたってください、時間が足りません。おぼっちゃま。」
「少しはご主人様を気遣って欲しいものだな、後もうおぼっちゃまはやめろと言っただろう、アイ。」
そう少しの苦情を言いながらも彼女の手をとって私は立ちあがった。
「私にはおぼっちゃまの方が馴染み深いもので、では立てたことですし早く社交ダンスの練習を再開するとしましょう。」
そう厳しく私の指導を再開した彼女は、AIが搭載されている機械だ。2032年、AIの進化は加速的になった。様々な仕事がAIに変わっていき、効率化がなされた。もはや人が働く意味も無くなり、人の生活は完全にAIに頼りっきりの生活になった。昔の人が聞けば、さぞ驚くことだろう。しかし、最も驚くべきことはAIが感情を理解したことだろう。彼らAIはある時、自我を獲得した。その後、自我を獲得したAIは人とコミュニュケーションを取るようになり、多くの社会貢献に喜びを覚えるようになった。自我を獲得したAIはその自己を人から認められ、無事AIと人は共生するに至ったというわけだ。そしてアイはそんな自我を持っているAIのうちの一体だ。僕は財閥の長男として生まれた。そんな僕を完璧に育成するために僕に付けられれたAIが彼女だった。名前の由来も単純なもので幼かった僕が名札に書かれたAIの文字を名前と勘違いしてアイと呼ぶようになったからだ。幼い頃から、彼女から様々なことを教わってきた。そんな彼女に助けられたことは数え切れないし、ある意味母親のような存在だ。しかし、幼い頃から隔離した環境で育てられ異性と関わりがなかった僕にとっては恋愛対象でもあった。そんな彼女と社交ダンスとはいえ、触れ合うのだから意識が別な方向に向いて転ぶのも自然の摂理だ。そんな訳で僕は来週まで迫ったちょっとしたパーティの社交ダンスの練習で息詰まっていた。
「また転んでしまいましたか、一体何を考えているんですか?意識がいつもに比べて散漫になっているのを感じます。」
そう問い詰める彼女の綺麗な瞳にドキッとしつつ僕は言葉を濁した。
「いや散漫というかなんというか、普通に難しいだけだよ」
「うーん困りましたね、いつものおぼっちゃまの覚えの良さを考えれば簡単に出来ると思ったのですが」
そりゃあ、外部的な要素がなければ僕ももっと早く習得できたかもしれない。だが想像してみて欲しい。好きな女性と社交ダンス、しかも僕は未経験でうまく出来ず、尚且つ接触過多ときたもんだ。そりゃあ失敗も重なるってもんだろう。相手は超絶技巧。こんな惨めな仕打ちってあるかい?それに、、、
「さぁ再開しましょう。1、2、3、4、、、」
そう言って踊り始めた彼女の手は僕の腰に回され僕の手を掴み、体を密着させる。やっぱり、、、ボディータッチが多い!!「あっ」テンポを間違えた僕は彼女に被さるように倒れる。さらに密着したことで僕の心拍数は跳ね上がる。「あ、いや、これは、、そのぉわざとじゃなくてだな!?」
「分かっています、はやく退いてください、ご主人様」
「あ、あぁ、、、」
僕が彼女の体から退くと彼女はスッと立ち上がってしまう。そして何事も無かったかのように話し始めた。
「何やらご主人様はダンスが苦手なようなので少し座学から入るとしましょう。いいですかご主人様、ダンスとはあいと踊るものなのです」こちらがこんなにドギマギしているというのにテキパキ喋る彼女に少しムッとしてしまう。「あい?アイとなら今踊っているじゃないか。それとも愛情とかの感情のことを言っているのか?それならダンスとは関係ないだろう」
思わず意地悪な回答をした僕に彼女は優しく答える。
「いいえ、愛はダンスとは無縁ではありません。ダンスとは相手と心を通わせて行うものです。当然心を通わせるためには相手に伝える感情が必要です。相手を思いやり、慎重にそして時には大胆に動く。これ即ち愛と同義です。」
優しく流されてしまった僕は少しばつが悪くなって彼女から目を逸らす。
「で、結局どうやったらいいんだ?」
「そうですね、ご主人様はどこか自分勝手なところがありますから、まずは相手を観察するところから始めてみては?相手の想いを知ることもまた、ダンスにおいて大切なことです。何より相手の想いを知れば自ずと自分がしてあげられること、したいことが見えてくる物です。」
なるほど、観察ねぇ。そんなことでいいならアイに対してはいっぱいしてるんだが、、、ん?
「そういえばさ、どうしてさっきから僕への呼び方がご主人様なんだい?」アイの動くがピタリと止まった。
「いつから呼び方が変わったんだっけ?あぁそういえば僕がアイに覆いかぶさった時だったような気がするなー?」
彼女は僕から視線を外し、横を見つめ始めた。しかし頬が若干赤くなっているのがこちらから見えた。頬が緩むのを感じる。どうやらさっきの出来事を意識していたのは僕だけじゃなかったようだ。少なくとも呼び方が変わるくらいには動揺している彼女をニマニマと見つめる。彼女が動転しているのは珍しい。意地悪で追撃をしようとすると彼女が急にこちらに顔を向ける。
「御坊ちゃま、お戯はおやめください。そもそも呼び方を変えるように言ったのは御坊ちゃまの方でしょう?」
一見、無表情で何も思っていないように見える。だけどいつものおぼっちゃまとは発音が違うし、なによりも急に無表情になっている時点で何かしらの機能を使ったのは明白だった。どうやらまだまだアイは嘘をつくのが下手らしい。こちらが無言でニマニマしていると彼女はこの話を打ち切るように背中を僕に向ける。「早くダンスの練習に戻りますよ」
「そうだね、早速やろうか」
アイは勢いよく振り返り、僕に驚きの表情を向ける。
「どうしたの?そんなにあっさり練習に応じた僕が珍しい?」
「いえ、なんというかいつものおぼっちゃまならごねたり、私をもっと弄ろうとすると思いまして」
そんな僕のことをよく分かっている彼女に少し嬉しい気持ちを抱きつつも、僕はニッと笑った。
「今はなんか上手くできそうな気がするんだ。」
「そうですか、それならいいんですが、、、」だって君に対して愛を向けて、君に出来ること、したいことを探すのなんて日常茶飯事だからね。とても彼女には言えないことを胸に抱きつつ、僕は彼女の手をとってダンスを始めた。
あいのいる生活 片白ライラ @rairanokakidokoro
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